第12話:生活環境改善計画-2
ハル達の元に資材が揃ったとの知らせが届いたのはその日の夕食後のことである。
家作りに必要な資材を確認した井手達は、ハルの報告を受けたその日のうちにホームセンターで調達し、それらの品々はアパートの裏庭へと積み上げられた。
仮設トイレやシャワールームについてはネットにて注文済みで、そちらは後日届く予定だ。
しかしこれらの資材を一度にアイテムボックスの中へと仕舞うのは容量の問題から不可能であるため、ピストン輸送の要領で数回に分けて転送を行う流れとなった。
「ここでいいの?」
「はい、その位置にお願いします」
異世界ではハルとネフェルがメモ書きと一緒に送られてきたタブレット端末を片手に、洞穴の外に広げたブルーシートの上で資材の転送作業を行っていた。
タブレットの画面にはいくつかの塊ごとに撮影された資材の写真が表示されている。
ネフェルはその写真を見ながら指定位置に資材を召喚し、ハルがスワイプ操作でページをめくってはまた次の写真を見て召喚と、これを何度も繰り返している。
ページをめくるうちに井手や佐方が両手でバツ印を作った写真が現れればそこで一旦打ち止めだ。
タブレットをアイテムボックスに収納して地球側へと返却し、向こうで空になったアイテムボックスに次の資材を入れ終えたら、またタブレットを召喚して写真を見ながら中身を取り出すといった作業を繰り返した。
そうして全ての資材をその日のうちに転送し終えると、洞穴外のブルーシートの上にはちょっとした資材の山が築かれていた。
「これが全部おうちになるの?」
ネフェルはスベスベでツヤツヤなフローリング材を物珍しそうにペタペタ触り、そばに立つハルにそう問いかけた。
ハルを見れば資材に被せる雨よけ用のブルーシートを広げていたので、ネフェルも反対側を持って作業を手伝う。
「はい。今日はもう遅いので、おうち作りは明日の朝にします。一日で完成させますので楽しみにしていてください」
楽しげにぶぁさっとシートを被せ終えると、ハルからそんな言葉が飛んできた。
作業自体はやろうと思えば今からハル一人で夜通し作業を行うことも出来る。
しかし深夜に大きな物音を立てるとなると、ネフェルの睡眠を妨害したり夜行性の危険な猛獣を呼び寄せてしまう恐れもある為、夜間作業は控えることにしたのだ。
「一日でおうちができちゃうの!?」
それでもハルの言葉にネフェルは驚いた。
ネフェルはハルが描いていた完成予想図をたまたま見ていなかったので、一体どんなおうちが作られるのかはまだ知らない。
「はい。ですがそれはネフェルの力のお陰でもあるのですよ?ネフェルがアイテムボックスの力を使って物を自在に出し入れ出来るからこそ、おうちも簡単に作れるのです。ネフェルは私やおじさん達よりも凄い特技を持っていますね?」
ハルはそう言って少女を褒めるが、ネフェルはどこか浮かない顔だ。
「ハル、あのね?私の力のことは内緒にして欲しいの。ハルやおじさん達は特別だけど、他の人には秘密にしてね?」
不安そうに見上げる少女の目を見つめながら、ハルはその言葉にうなずき返す。
「分かりました。秘密は絶対に守ります」
「うん……、ありがと」
そうしてネフェルを見やると、彼女は立ったまま少しうとうとと船を漕いでいた。
今日は喋る人形であるハルがやって来たり、資材運びのお手伝いをしたりと、一日で多くの出来事があったのだ。
疲れるのも無理はない。
ハルは半分寝ているネフェルを横抱きにして抱え上げ、テントの前で靴を脱がせると新たに持ち込んだ布団の中へとそっと寝かしつける。
既に眠りに落ちたようで、小さな寝息が聴こえてきた。
ネフェルが寝入ったことを確認すると、ハルはそのついでに枕元に置かれた孵卵器の様子も確認する。
伊口の試みは上手くいき、見事こちらの世界に十個の鶏の有精卵を持ち込むことに成功したのだ。
その発泡スチロール製の手作り孵卵器は、箱の周りに伊口と八木沢が描いた卵やヒヨコやニワトリ達のポップなイラストで可愛く飾られている。
そしてアクリル製の蓋の中を覗いてみれば、鳥さん達が寂しくないようにとネフェルが入れたミニフィギュアやぬいぐるみ達が卵にそっと寄り添っていた。
ハルは手作業で転卵し、卵に異常がないことを確認し終えるとテントの中を見回した。
すやすやと眠るネフェルの枕元にも、井手と伊口が贈ったぬいぐるみ達が少女を見守るようにして並んでいる。
よほどぬいぐるみ達を気に入ってくれたのか、テントの幕にはそれらのキャラクターをクレヨンで描いた絵がテープでいくつも貼られていた。
そこには少女が描いた絵だけなく、井手達の集合写真や押し花の栞なども一緒に貼られており、それらに混じって3の倍数でアホになった時みたいな顔をした井手の写真もランタンの光に照らされていた。
ふと一枚の絵にハルが目を留める。
そこに描かれているのは少女と成人女性の絵だ。
水色の髪の少女はネフェルと分かる。
気になったのは隣に並び立つ女性の方だ。
緑色の髪をポニーテールに結ったその女性は、ニコニコ顔で隣のネフェルと仲良く手を繋ぐ形で描かれていた。
もしかするとこの女性はネフェルの母親か、もしくは親しい誰かなのだろうか?
そう考えたほんの一瞬、ハルの視界にノイズが走った……。
私はこの女性を知っている気がする――
人が起こす既視感にも似た感覚を抱いたハルは、すぐさま自身の記憶領域を参照した。
さほど多くもない人物データベースの顔写真から緑色の髪の女性を検索するが、該当する人物のデータはやはり見つからない。
言語学習の件も含めて機体に不可思議なことが続いている。
故障の兆候は見られないが、予定しているメンテナンスの日程を早めてもらうべきかもしれない。
ハルはタスクリストを更新すると、最後にネフェルのバイタルサインを確認してから吊り下げられていたLEDランタンの電源を切ってテントを出た。
そして腰の後ろに下げていた一振りの剣鉈と拳銃を引き抜き洞穴の入り口で立ち止まると、アイカメラを複数のモードに切り替えながら、目の前の暗闇を静かに見据える。
視界の先に広がる木々の奥では鳥や鼠に似た小動物が動く姿は確認できたが、今のところ茂みの向こうから何かがこちらをうかがう様子は見られない。
ハルはその場に立ち尽くしたまま、物音ひとつ立てることも、微動だにすることもなく警戒を続け、そうして翌朝ネフェルが目を覚ますまで哨戒任務を遂行した――




