第12話:生活環境改善計画-1
ネフェルからのビデオレターを見終えた四人は、そのまま井手の部屋で今後の活動について話し合う流れとなった。
自律行動が可能なヒューマノイドを異世界へ送り込めたことは非常に大きい。
それまでは子供一人では実行不可能だった作業や、使い方を教えることが困難だった道具の数々も、今後はハルのお陰ではばかることなく投入できるのだ。
既に意思疎通の問題も解消されたと分かった今、金に飽かせてジャンジャン物資を送ってしまおうと、四人はローテーブルを囲んでさっそく話し合いを始めた。
「では井手君、進行役は任せたよ」
「あ、俺そういうの無理です」
佐方のフリに井手はノータイムでそう返す。
陰キャはできるだけ目立ちたくないのだ……。
「ふむ、なら儂が代わろう。意見があれば遠慮なく発言してくれ」
無理に押し付けられずに済んだようで、井手は心の内でホッとした。
「さて、あの子の生活環境の改善についてだが、何から手を付ける?」
「はい!ハイハイ!」
本日より新たに仲間に加わった八木沢が元気に手を挙げ意見を述べる。
「ネフェルちゃんにもっと可愛い服を着せてあげたい!あとシャワーも使わせてあげたい!」
オシャレに興味のない八木沢であるが、人に着せるとなると別らしい。
「確かにシャワーは必要だな。仮設式のシャワールームを向こうに送るとしよう。だがシャレた服は後回しだな」
「ええ!?どうして!?」
佐方は卓上に置かれたタブレット端末のシークバーを操作し画面を指し示した。
「映像を見る限り、井手君が夢で見た通り洞穴の外は森のようだ。枝葉で肌を切る恐れがあるし、ダニやヒルといった害虫もいる。肌の露出は極力避けたほうがいい。井手君がジャージを選んだのは正解だ」
「そっか。確かにハイキングじゃないもんね……」
彼女が頭の中で描いていたネフェルの森ガールファッションは脆くも崩れ去った。
森の中で活動するのにジャージがベストというわけではないが、満点とはいかずとも十分及第点ではある。
ちなみに井手も当初は可愛い服を着せてあげようと考えていたのだが、彼は女児服のファッションセンスのなさからそれを断念し、安さに惹かれて売れ残り品のピンクのジャージを選んでいたという経緯がある。
せっかく褒めてもらえたのにわざわざ自分から評価を下げなくてもいいだろうと、井手はそのことについては黙っておくことにした。
「どのみち採寸は必要になると思います。ハルに採寸を行うよう伝えておきましょう」
伊口はルーズリーフにメモを取りつつそうフォローする。
事前に取り決めがあったわけではないが、どうやら彼女が書紀を務めてくれるようだ。
そして井手も控えめに手を挙げて発言に混ざった。
「あの、シャワーを送るなら一緒に仮設トイレもどうですか?」
「ああ、それもあるな。両方とも最新のものを手配しよう。玄関ドアより大きい場合は、部屋への搬入はそこの掃き出し窓を使えばなんとかなるだろう。カーテンを開ける際に中の光を見られないよう注意する必要はありそうだが」
アイテムボックスは掃き出し窓の対面側に出現している。
不注意で遮光カーテンを開けてしまえば部屋の外からバッチリ見えてしまうのだ。
幸いアパートの周囲にはブロック塀代わりのカイズカイブキが隙間なく植えられていたので、カーテンを開けたからといって遠目から中の様子を見られてしまう心配はない。
「ネフェルちゃんの住まいにも手を加えたいですね。いつまでもテント暮らしというわけにもいきませんし」
伊口も意見を口にする。
ネフェルは現在、井手が送った二人用サイズのポップアップテントを使って寝泊まりしている状態だ。
開口部にはメッシュも付いているお陰で害虫や寒風にさらされる心配はなくなったのだが、やはり防犯の観点からすると今のままでは心許ない。
「となると、やっぱプレハブみたいなのが良さそうですか?」
「ふむ。パーツをアイテムボックスに収まるサイズにしたものを業者に特注で依頼してみるか?」
井手と佐方が意見を出し合うが、そこに八木沢が別の案を出した。
「会長。それだったらリノベの方が早いわ」
「リノベって、リノベーションのことですか?」
井手のその問いかけに八木沢は机の上のタブレットを指し示す。
「ええ。見た感じこの洞穴ってそこそこの広さはあるみたいでしょ?たぶん、20フィートコンテナがすっぽり収まるくらいってところかしら」
20フィートコンテナは物流業界で最も広く利用されているコンテナの規格で、その大きさは奥行き約6.0メートル。幅2.4メートル。高さは2.6メートルほどの大きな金属製の箱である。
「せっかく雨露をしのげる場所があるわけだし、それなら内装だけいじる形で洞穴を再利用しちゃえばいいのよ。ずっとそこで暮らすわけでもないでしょうし、床や壁がウッドデッキみたいな簡素な作りのものだとしても、床板があるだけで住み心地はかなり違うはずよ。材料は今からでもホームセンターに行けば全部そろうし、資材と工具さえ送ってしまえばハルならすぐに作れるわ」
「いいですねそれ!なんか秘密基地っぽくて!」
住むのは小さな子供とロボットの二人だけなのだ。
本格的な住居よりも、ツリーハウスのような秘密基地っぽさのある隠れ家の方が子供は喜ぶかもしれない。
「先に洞穴内部を目測で測るようハルに指示しておきます」
伊口はそう言うとハルへの指示内容を紙にまとめ、連絡用の収納ケースに指示書を入れるとアイテムボックスに投函した。
指示書には次の指示があるまでのしばらくの間、三十分毎にケースが入っていないかアイテムボックスをチェックするようにとも伝えてある。
そしてタイミングよく、指示書を投函してすぐにケースは転送された。
あちらでも返事がないか気になっていたのかもしれない。
「では儂からは畑だな。やはり自給自足の体制は整えておいた方がいい。万が一に備えて種と肥料と農具一式も送っておきたい」
「種や苗でしたら、固定種を取り扱っている店を探すのがいいですね。F1品種だとあちらの世界では自給に不向きです。挿し木や接ぎ木という手もありますが」
伊口が口にしたF1品種というのは、言わばコピーガード対策済みの種苗を指す。
農作物からは種が採れるのでいくらでも無限に栽培できそうなものだが、F1品種の作物を育ててそこから種を得て蒔いたとしても、次の世代で同じようには育たない。
そうすることで、多くの資金と時間を費やし品種改良を重ねた作物が他者に無断で栽培されることを防げるのだ。
しかし固定種の場合は自家採種により同じ作物を何世代でも作り続けることができる。
これは枝や脇芽を使った挿し木などの場合も同様だ。
「あの、農具のことですけど、開墾する時はチェーンソーみたいな聞き慣れない大きな音や匂いを出し続ける機械は避けたほうがいいと思います」
井手が控えめに手をあげながらそう提案した。
彼はなにもエボンの教えに背くからという理由で機械を拒んだわけではない。
ゲーマーゆえに気がかりな点に思い当たったのだ。
「ふむ、確かに野生動物を必要以上に刺激する恐れもあるな。まあ、銃を持たせたハルなら熊や狼程度は出ても問題なかろうが。」
佐方のその言葉に井手は首を横に振った。
「それくらいならまだいいんですけど、もっとヤバいのがいるとマズいです」
「あそっか。そりゃ確かにマズいわ」
八木沢もそれに気付いて井手の意見に同調する。
「マズいというのは、やはり人に気付かれることか?」
佐方が思い浮かべたのは悪漢の類いだ。
ハルが動画の中で集落がないかとネフェルに質問した際、彼女はその手の話題は避けたがっていた。
下手にトラウマを刺激するのも良くないので無理に聞き出すようなことはせず、自然に話してくれるのを待とうということで全員の意見が一致している。
もしホルガ村のようなイカれた風習の村があの森の近くに存在するのであれば確かに危険だ。
しかし八木沢から返ってきた答えは佐方の予想とは違ったものだった。
「会長、それもあるけどあっちは地球とは違う未知の惑星なの。だからゴブリンやスライムやサイクロップスみたいな危険なモンスターがいてもおかしくないわ」
「そうです。その中でも特にいたらヤバいのが、たぶんドラゴンです。もし家みたいにデカいドラゴンがあの森の奥に潜んでたりしたら、ハルに持たせた鉈や拳銃程度じゃ到底太刀打ちなんてできません」
佐方にとっては馴染みの薄かったその発想を聞いて、彼は小さく笑みを浮かべた。
「そうか、そういう場所なのか。異世界というのはつくづく夢のある世界なのだな。ふふっ、月や火星なんかよりよっぽど浪漫がある。なあ八木沢君、いっそのこと儂をサイボーグにする研究を始めていつか向こうへ送り込んでくれんか?そうだな、機体名はマーフィーかオートモで頼む」
「え?いいんですか?ねえ井手君。もしかして治験とかそういうのに興味あったりする?」
「あるわけないでしょ!俺は絶対やりませんからね!」
「会長、彼女が本気にするのでやめてください。では農具については斧や鍬といった手工具に限定しておきます。同じ理由でガソリンを使った発電機なども候補から除外します」
伊口は一言釘を刺しつつメモを取る。
そして彼女にしては珍しく、やや自信なさげに意見を口にした。
「それと、私からももうひとつ。これは提案というより、皆さんに意見をうかがいたいのですが……、有精卵は生き物でしょうか?」
自給自足という言葉を聞いた時、伊口が思い浮かべたのは鶏だ。
もし地球で品種改良された鶏をあちらの世界に送り込むことができれば、肉や卵の心配はなくなる。
そんな伊口の疑問を聞いて、八木沢と佐方の二人は眉根を寄せた。
「どうなのかしら……。細胞分裂が始まる前なら無生物……?」
「それなら細菌や寄生虫の類いはどうなる?勝手に除去されるのか?花や肉は問題なく送られてきておるようだが」
そうして三人がそれぞれ悩むなか、井手が軽い調子で口を挟んだ。
「買ってきて試すのが手っ取り早いですよ。俺も最初の頃はあの中に近所の野良猫突っ込んで実験してましたし」
それを聞いた三人がドン引きするような目で見てきたため、井手は慌てて弁明を始めた。
「ちょっ!なんでみんなそんな目で俺を見るんですか!?猫ならちゃんと生きてますよ!先にアリンコ使って試しましたし、お詫びに俺の昼メシより高い猫缶だって食わせてあげましたよ!犬は時間停止能力が効かないんだから試すなら猫しかないじゃないですか!」
「何を言っとるんだ井手君」
「あなた、うちの四課の研究者と気が合うんじゃない?あの子もあなたと同じで大概だったわ」
「……」
一言多かったせいでやぶ蛇状態に陥った井手であったが、ふと視界の隅にキラリと光るものが目に入る。
「あっ!返事!!返事が返ってきましたよ!」
井手は話題をそらすのにこれ幸いとばかりにアイテムボックスへ駆け寄ると、出現した収納ケースを引っ張り出して中身のクリアファイルをハイどうぞと伊口に手渡した。
「ハルからの報告書です。改装工事の目処がついたようですね」
伊口は書類にサッと目を通し、皆に見えるよう机の上に二枚の紙を並べ置いた。
一枚目は資材リストだ。
柱や板や断熱材といった建築資材の必要数や寸法に加え、施工に使うコードレスタイプの工具類が箇条書きでリストアップされている。
そしてもう一枚の紙にはハルがボールペンを使って精巧に描いた完成予想図が描かれており、その絵を見た面々は洞穴のあまりの代わり映えに驚きの声を上げていた。
「あの洞穴がここまで様変わりするのですね」
「ハルってむちゃくちゃ有能じゃないですか?」
「ふふん、当然よ。私が作ったんだもの」
「なんで今まで凍結なんてされてたんですか?」
「きっ、企業秘密よ」
佐方は改めて資材リストに目を通す。
リストの一部は赤ペンで書かれており、赤色の品目は施工の際にモルタルを用いた場合の追加部材のようだ。
またモルタルを使用しないA案の場合は、一日あれば完成可能とも書かれていた。
「儂は一日で済むA案を推すが、皆はどうだ?」
「俺も早いほうがいいです」
「私もA案に賛成。モルタルが乾くまで待ってたら何日もかかるもの」
「私もA案です。こちらはあくまで仮住まいということで、並行して特注プレハブの案も進めておけばよろしいかと」
その場の全員が一日で完成するA案を選んだ。
「ふむ、ひとまず方針は決まったか」
佐方はスマートフォンを取り出し時刻を確認すると、資材リストをカメラで撮影した。
「建材の買い出しは儂が引き受けよう。畑については家ができてからで構わんだろう」
「あ、だったら俺も一緒に行きます。一人じゃ大変でしょうし」
「助かるよ。伊口君、すまんが軽トラを扱っているレンタカーショップを探してもらえるか?そこへの送迎を頼みたい」
「分かりました。では私は送迎の後で、有精卵と卵を孵すための孵卵器の材料を買い揃えておきます」
さっそく出掛けようと立ち上がった井手達だったが、八木沢がそれに待ったをかけた。
「待って井手君。部屋の主が不在なのはマズいから私が代わる。ハル達から連絡が来るかも知れないし、部屋には井手君が残ってた方がいいわ」
「あー、特に貴重品とかないんで別に気にしなくていいですよ。その代わり!そのカラーボックスの中だけは絶対に見ないでくださいね!」
井手が指差す先には小さなレースのカーテンで隠された棚があったが、やや丈が足りないせいで下の方は隠せておらず、そこには井手の趣味の塊である薄い本の束がちらりと見えていた。
「分かった、じゃあ留守番は任せて。その間に仮設トイレとシャワーの目ぼしいものはこっちでチェックしとくわね。後はネフェルちゃんへのビデオレターの内容でも考えておこうかしら?」
すぐにもネフェルに返事を返してあげたいところではあるが、ホームセンターの営業時間の都合もある。
先に地球側でできることを済ませておいて、できれば明日中にあの子が住む家を作ってあげたいのだ。
ビデオレターのお返しは新築祝いを兼ねる形でもいいだろう。
「では行くとするか。八木沢君、もし何かあれば伊口君に連絡してくれ」
伊口はテーブルの上にある資材リストの端にペンを走らせる。
「私の携帯番号です。何かありましたらご連絡ください」
「オッケー。あ、会長。このNASAで開発された技術を使ってる浄水機能付きの節水シャワーでもいいかしら?ちょっと値が張るみたいだけど」
出掛け際に八木沢からそう問われ、佐方はフッと笑った。
「金に糸目は付けんでいい。全て最高のものを見繕ってくれ」




