第11話:メッセージ-2
「あっ!来たみたいですよ!」
井手の部屋にてハルからの報告を今か今かと待ちわびていた一同であったが、アイテムボックスの中で光と共に出現した収納ケースを確認するや、部屋の中が一気に湧いた。
井手はお目当てのケースを掴んでアイテムボックスの中から引っ張り出すと、早速蓋を開けて中身を確認する。
中には少女が摘んできたお礼のお花と山菜に加え、A4サイズのクリアファイルが収められていた。
透明なクリアファイルの中に見えていたのは報告書とUSBメモリ。
このUSBメモリはハルの機体に装着されていたものだ。
ハルにはアイカメラなどを通して得た情報を動画ファイルとして出力し、外部ストレージにバックアップする機能が搭載されている。
少女が異世界でどんな様子でいるのかは、ハルの目を通して全てこのUSBメモリに記録されているのだ。
井手は取り出した報告書を伊口に渡し、USBメモリはハルと共に訪れていた八木沢へと手渡した。
八木沢は受け取ったUSBメモリを早速とばかりに持参したタブレット端末にセットする。
中のデータフォルダには複数の動画ファイルが並んでいたが、ちょうどハルを向こうの世界へと送り届けた時刻のタイムスタンプが付けられた動画があったので、八木沢は皆の前でそのファイルを再生した。
ローテーブルの上に置かれたタブレットの画面を、その場の全員が食い入るようにして見つめる。
動画は問題なく再生された。
再生された映像はハルの主観視点によるものだ。
動画はアイテムボックスの前に立つハルが「じゃあ頼んだわよ!」と八木沢に背中を押され、倒れ込むようにして光の中へと入るシーンから始まった。
そして次の瞬間に映し出された光景は、洞穴の地面とハルの足元であった。
「へー!転移と時間停止って本人視点だとこんな感じに見えるんですね。……あっ!この子ですよこの子!俺が夢で見た女の子!良かったぁー!元気そうで!」
井手はようやく出会えたとテンションを上げる。
フードを取って自己紹介を始めたハルの視線の先には、ピンクのジャージに身を包み、目をまんまるにして驚く水色の髪の少女が映し出されていた。
着ている服こそ違いはあれど、巻かれたマフラーは夢で見たのと同じ物。
最初に見た時より血色も良さそうで一安心だ。
それに肩幅も1倍のままだった。
「……ハルまで向こうの言葉を喋っとるようだが、一体どうなっとる?」
佐方が驚くのも無理はない。
映像の中の二人は互いに未知の言語で会話を交わしているのだ。
会話の内容についてはハルが画面下部に字幕を追加してくれたお陰で把握できていた。
「報告書には無意識にあちらの言語で会話をしていたと書かれていますね」
伊口が同封されていた書類を見ながらそう告げる。
「たぶんですけど、それって転移特典みたいなものだと思います」
「転移特典?」
オタク知識のある井手の言葉に佐方が聞き返した。
「日本のマンガやアニメなんかでよくある設定なんですよ。主人公が異世界に転移したり転生なんかをした際に、神様から特別なスキルや加護を与えられて、それで強くなったり魔法が使えるようになったりするんです。中でも定番なのが言語理解とアイテムボックスですね」
井手は佐方にそう説明しながら、そういやステータスオープンって言わせてみたらどうなるんだろうと疑問に思った。
これについてはのちにハル達二人に頼んで検証を行ってみたのだが、どうやら向こうの世界にステータスウィンドウの類いはないことがその後に判明している。
「神か……」
佐方の信仰心が5ポイント上昇した。
そして彼はこの時、真上の空き部屋の7号室に神棚を設け、部屋を丸ごと神専用のワインセラーに作り変えると心に決めた。
「ネフェルちゃんって言うんだ。可愛い子だね」
そう呟く八木沢と、彼女が作ったハルの功績は非常に大きい。
それまでは支援していた相手の顔も名前も分からないままだったのだ。
もしハル無しでタブレットを交互に送り合うだけの方法を取っていた場合、意思疎通に難儀していたであろう。
八木沢も早速ハルが大活躍を成し遂げて満足しているようだった。
「注意書きがありますね。星マークを付けたファイルにネフェルちゃんからのビデオレターが録画されているそうです」
そんな伊口の言葉を聞いて、そっちを先に見たいとみんなが声を揃える。
再生中の動画を一旦止めて、そちらのファイルを視聴する運びとなった。
そうして再生された動画では、先ほどまで見ていた映像よりも少し離れてた位置で、ネフェルがカメラ目線で立っていた。
ネフェルは緊張しているのかジャージの裾を両手でぎゅっと掴んだまま、じーっとこちらを見つめている。
「……もうお話してもいいの?」
「はい。いつでもどうぞ」
その会話は先ほどまでの字幕によるものではなく、二人とも流暢な日本語で会話を行っていた。
どうやらここからの映像はハルが生成AI技術を用いて日本語音声に吹き替えたものが流れるようだ。
ハルからすれば、ネフェルの話す言葉は実際に日本語音声として聴こえている。
それをそのまま機械的に再現すればいいだけなので、声質や翻訳のニュアンスなどもそのまま正確に伝えることができていた。
映像の中のネフェルは緊張した面持ちのまま、子供特有の少しゆっくりとしたたどたどしい口調で話し始めた。
「えっと、はじめまして。私の名前はネフェルです。6歳です。今日はみんなにお礼を言いたくて、ハルにお願いしました。ほんとはみんなにお礼のお手紙を書きたかったけど、私は字が書けないので、代わりに声をお手紙にして、みんなにお礼のお手紙を送ります」
「リョーゴおじさん。私がここにいるのを見つけてくれて、ありがとうございます。とっても嬉しかったです。おじさんがいつも私の為に、おうちやご飯や綺麗なお水や、いっぱい色んなものを送ってくれたから、私は今も元気です。それにいっつも変な顔の絵を描いて送ってくれるから、一人でも全然寂しくなかったです。おじさんが描いてくれる絵は大好きなので、これからもいっぱい色んな絵を見せてください」
「それから、ソーイチおじいちゃん。おじいちゃんが作ってくれた白い麦のご飯も、とってもおいしかったです。おじいちゃんはハルの国にいるとっても偉い人で、いつもみんなを助けてあげてる凄い人だって聞きました。私にはおじいちゃんがいないので、優しいおじいちゃんとお知り合いになれて、とっても嬉しいです。これからもお体に気を付けて、毎日いつまでも元気でいてください」
「それから、ミホお姉ちゃん。すごくおいしくて可愛いお弁当を作ってくれて、ありがとうございます。リョーゴおじさんが作ってくれたお弁当も大好きだけど、お姉ちゃんが作ってくれたお弁当はもっと好きです。一緒に送ってくれたお人形もとっても可愛くて、お友達がいっぱいできたみたいでとっても楽しいです。みんなおうちの中にいて一緒だから、一人で寝る時も寂しくありません。それと、お姉ちゃんが作ってくれた食べられる絵のお弁当は、すっごく可愛くて食べるのがもったいないけど、でも食べないと可哀想なので、食べる前にちゃんと覚えてから食べて、あとでお弁当の絵を描いています。いつか私もミホお姉ちゃんみたいに、おいしいご飯が作れるようになりたいです。もしお料理ができるようになったら、私が作ったご飯をみんなで一緒に食べてください」
「それから、アヤお姉ちゃん。お姉ちゃんはハルを作った凄い人で、ハルのお母さんだって、ハルが言ってました。みんなのおかげで毎日楽しかったけど、ハルが来てくれたからもっともっと楽しくなりそうです。ハルは私よりおっきいけど、本当はまだ4歳だから、私の方がお姉さんだってハルが言ってました。妹とお姉ちゃんが一緒にできたみたいで、とっても嬉しいです。私のところにハルを連れてきてくれて、ありがとうございます。これからはハルと一緒に、毎日仲良くしていきたいです」
ネフェルがカメラに向かってそう言い終えると、少しの間沈黙が続いた。
どうやら動画の尺余りのようだ。
ネフェルを見ると、なぜか小さくプルプルと震えている……。
それに気付いたハルが「はい、もういいですよ」と声をかけた。
少女は喋り終わってからずっと息を止めていたのか、ぷはぁっと可愛らしく息を吐き出し、そこで動画は終了した――
その場を包むように、アパートの一室に僅かな静寂が訪れる……。
佐方はふぅっと息を吐くと、上を向いて目頭を押さえながら呟いた。
「儂が死んだら遺産は全部この子にやる」
佐方の口から相続問題に発展しそうな爆弾発言が飛び出した。
「いいですねそれ!俺も今から生命保険に入っておこうかな!」
井手も佐方の考えに便乗する。
二人とも目が本気だった。
「この子の画像待ち受けに使いたいな……。いや保存するのはマズいかな……。井手君!ここ!このコマのとこ印刷するからプリンター貸して!」
「私の分もお願いします」
そうして皆でわいわい騒ぎつつ、また最初から動画を再生し始める。
その後も同じ動画を何度もリピート再生しながら、四人は推しの少女の為に次の一手を話し合った――




