第11話:メッセージ-1
八木沢が佐方からの勧誘を受けたその日のうちに、ヒューマノイドであるハルは少女のアイテムボックスを介して異世界へと召喚された。
転移はまさに一瞬の出来事であった。
井手のアパートにて装備を整え、アイテムボックスの中へ倒れ込むようにして入ったかと思えば、次の瞬間には目の前の景色も座標データも変化していたのだ。
異世界へ現れたその瞬間、ハルは前のめりに倒れかけていた勢いを殺すように膝を折ってしゃがみ込む。
そして視界の端に映る人の足先に気付いて視線を上げると、そこにはピンクのジャージにマフラー姿の幼い少女が立っていた。
『最初に出会う水色の髪の少女を、何があっても守り抜け』
目の前に立つこの少女が、ハルのプロトコルに刻まれている護衛対象の少女だ。
ハルは事前の打ち合わせ通り、まずは少女に地球の言語である日本語での自己紹介を行った。
「はじめまして。警備用ヒューマノイド試作機のHAL TYPE-0と申します。今後の身の回りのサポートはお任せください、ユーザー様」
一方、話しかけられた少女は口をぽかんと開けたまま固まっていた。
当然の反応だ。
少女からすれば、ただの大きなお人形が送られてきただけだと思っていたのだろう。
それが現れるなり突然動き、知らない国の言葉で喋り始めたのだ。
恐らくロボットなど存在しないこの世界では、そのように驚くのも無理はない。
ハルがあえて地球の言語で語りかけた理由は、現地の言葉を知るためだ。
ハルはこちらの世界へと赴く際に、佐方達から言語解析を行うようにと指令を与えられている。
行き先は別の国どころか、太陽系外惑星と思われる未知の世界。
参考になりそうな言語データなど何もない状態だ。
とにかく現地人である少女とコミュニケーションを図り、身振り手振りや断片的な会話を重ねてそのやり取りから単語や構文パターンを拾い上げ、デコーディングによる言語解析を試みる必要がある。
そこでまずはお互いの名前を知るところから始めようとハルが立ち上がろうとしたその瞬間、少女の方から思わぬ言葉を掛けられた。
「こ、こんにちは」
驚くべきことに、少女は少しおどおどとしながらも流暢な日本語でハルに話しかけてきた。
その予想外の返答に驚きでもしたのか、ハルの反応は僅かに遅れた。
「あなたは日本語を話せるのですか?」
発声に合わせてハルのモノアイの明かりが小さく揺らぐ。
少女はその様子を不思議そうに見つめながら、「に、にほんご?」と言葉を返した。
言葉は分かるが何のことか分からない、といった様子だ。
「私の言葉はどのように聴こえていますか?」
「え?えっと、普通に聴こえてるよ?凄く綺麗な声」
ハルは自身のHUDに先ほど交わしたやり取りの映像データを呼び出した。
視界の隅にPlay Backと書かれた小さなウィンドウが表示され、そこにアイカメラを通して録画した映像が再生される。
その映像の中では、お互いが未知の言語で会話を交わしていた……。
機械であるはずの自分が無意識に未知の言語を扱っている――
ハルは続けてログデータを参照する。
しかし気付かぬうちに未知の言語アプリをインストールされた形跡や、プログラムが改竄されたような痕跡はどこにも見当たらない。
明らかに異常な状況だ。
だがそうだとしても、少女とのコミュニケーションを当初の予定より円滑に進められることがこれではっきりした。
原因は分からないままではあるが、好ましい結果には違いない。
そう判断したハルは片膝を突いた姿勢のまま、少女との会話を試みることにした。
「では改めて自己紹介をさせてください。私の名前はHAL TYPE-0と言います。どうぞお気軽にハルとお呼びください」
「ね、ネフェルです。よろしくお願いします」
「ネフェルと言うのですね。素敵な名前です。こちらこそ、どうぞよろしくお願いします」
ハルはそう言うと握手を求めて右手を差し出した。
ネフェルと名乗った少女もおずおずとした様子で右手を差し出し、二人は小さく握手を交わす。
少女は手のひらから伝わる硬くひんやりとした感触を不思議がるように、握りあったその手を見つめていた。
そうして握手を済ませたあとで、ハルはゆっくりと首を動かし周囲の様子を観察する。
そこそこの広さの洞穴の中は焚き火の炎とLEDランタンで明るく照らされ、井手が送ったテントや折りたたみ椅子といった現代日本の道具類を活用している様子がうかがえる。
剥き出しの地面にゴミが転がっているような様子もなく、土や草木の匂いがセンサーによって検知されるだけで、人間が不快に感じるような要素はない。
岩壁に立て掛けられた現代品の箒やちり取りなども見るに、ネフェルが普段からこの場所を綺麗に使っていることが察せられた。
「ネフェル、あなたにいくつか質問させてください」
当初の予定では質問が可能なレベルになるまで言語解析が進むのは、最低でも数ヶ月は要するものと考えられていた。
しかし既に言語の壁は取り払われており、その理由は不明であるにしろ、それらの手間は省くことができたのだ。
そこでハルは移送中の車内で聞かされていた大まかな計画を元に、少女への質問を試みることにした。
「ネフェルはここで暮らしているのですか?」
「うん」
ネフェルはこくりと頷いて答えた。
「ここではあなた一人で暮らしているのでしょうか?それとも誰かと一緒に住んでいるのでしょうか?」
「えっと、私一人」
「ではこの近辺に、町や村といった人が多く住む集落はありますか?」
「えっと……」
ハルのその質問に、少女は暗い顔をして俯いた。
その反応を見て少し性急すぎたかと、ハルはそこで質問を打ち切ることにする。
そしてネフェルの肩にそっと手を置き語りかけた。
「すみませんでした。もし話しにくいことであれば、無理に話さなくても大丈夫です。ネフェル、私はあなたの味方です。私はあなたがいつもお手紙のやり取りをしている人達に頼まれ、あなたを助ける為にここへ遣わされました。何があっても私が必ずあなたを守りますので、どうか安心してください」
「うん……。ありがと……」
それを聞いて、ネフェルは少しホッとした様子を見せる。
そして少女の方からも遠慮がちにハルへと質問をした。
「ハル、おじさん達もあとでこっちに来てくれるの?」
ネフェルはハルの素性を知らないため、他のみんなも同じようにこちらへ来てくれるのだろうかと期待した。
しかしそのネフェルの問いに、ハルは首を横に振る。
「いいえ。残念ですが、他の皆さんはこちらには来られません。私がこちらへ来ることができたのは、私がロボットだからです」
「ろぼっと?」
初めて聞く言葉にネフェルは首をかしげた。
ネフェルはハルのことを最初は大きなお人形だと思っていたが、しかし今はこうして動いてお話もできている。
てっきり変な仮面を被った大人の女の人だと勘違いをしていたのだ。
「理由をお見せします」
ハルは立ち上がって荷物を椅子の上に置くと、ファスナーを下ろし、着ていたケブラーコートを脱いだ。
そうしてコートの下から現れたのは、白を基調とした無骨な金属のボディであった。
全体的に細身の体躯ではあるものの、各部に取り付けられた外装パネルは装甲車両を思わせるフォルムを与え、実用性を重視した強固な印象を見る者に抱かせる。
関節部や装甲の隙間からは黒いケーブルや油圧シリンダーが僅かに覗き、動作の度にかすかに軋むような音が漏れ聞こえた。
そこに人の体のような温もりや柔らかさはどこにもない。
彼女が人間ではないことは、機械を知らない少女にも明確に伝わった。
「私は人の手によって作られた、動く鎧の人形です。生き物ではなく物であるため、私だけがこちらの世界に来ることができたのです」
ハルが正体を明かしてネフェルを見やると、なにやら少女はキラキラした目でハルを見上げていた。
「触ってもいい?」
「ええ、どうぞ」
ネフェルはハルの平たい胸や腕をペタペタ触ると、今度はノックをするように拳の裏で控えめに装甲を叩いた。
コンコンと硬い感触が返ってくる。
ただの鉄ではなく、新型の強化装甲だ。
技術だけでなくコストもみっちり詰まっている。
ハルのボディを目にしたネフェルには、それがまるでおとぎ話の騎士が身にまとう白銀の鎧のように映っていた。
「かっこいい……!」
「お褒めに預かり光栄です」
少女の口から思わぬ感想が聞かされた。
ハルがフード付きのケブラーコートを着用していたのは、井手のアパートに着くまでの間に人目に触れないようにとの理由もあったが、それとは別に少女が見慣れぬ機械の体を見て怖がることのないようにとの配慮も含まれている。
ハルはもし少女が自分の姿を見て気味悪がったりするようであれば、動きが阻害されパフォーマンスの低下を招くデメリットを覚悟の上で、コートを着たまま活動する予定でいたのだ。
好意的に受け止められたのであれば幸いである。
本当の意味での自己紹介を済ませたところで、ハルは椅子の上に置いた肩掛け鞄の荷物を漁る。
そこから取り出したのはボールペンと、バインダーに挟んだA4サイズのコピー用紙だ。
そしてその場にしゃがんでペンを手に取ると、ハルは紙の上で右手を素早く左右に走らせる。
その特徴的な動きはラスタースキャン方式と呼ばれる、プリンターと同じ描画方式であった。
それを見て気になったネフェルは、邪魔をしないよう横からそっとハルの手元を覗きながら質問した。
「何を書いてるの?」
「私の国にいる皆さんへのお手紙です。ネフェルとこうして無事にお話ができたことを一度伝える必要がありますので」
ハルはそう言って筆記を止めることなく返事を返す。
佐方達からは夕食後や何か進展があった場合など、定期的にネフェルのアイテムボックスを介して報告するよう指示を受けている。
当初の予定では言葉による意思疎通ができないことを考慮し、少女にアイテムボックスを連想させるための収納ケースを写した写真も持参していたのだが、そちらはもう必要なくなった。
あとは箇条書きの報告書と映像データをネフェルに頼んでアイテムボックスの中に入れてもらうだけだ。
しかし何かに気付いたハルは、そこでふとペンを止めた。
「ところで、ネフェルにはこの文字を読むことができますか?」
ハルはそう言うと、日本語で書かれた書きかけの報告書を少女に見せる。
音声が翻訳されたのと同様に、書いた文字も何らかの形で翻訳されて伝わるか試したのだ。
「ごめんなさい。字が読めないからなんて書いてあるか分からないの……」
ネフェルはそう言ってしゅんとうつむいた。
ハルはネフェルの方へ向き直ると、その細い腕にそっと触れる。
「こちらこそ申し訳ありません。あなたを困らせるつもりはありませんでした。確かにあなたくらいの年頃であれば、まだ読み書きができなくて当たり前でしたね?そう言えば、ネフェルは何歳なのですか?」
「6歳……」
ネフェルは落ち込んでいるようで、しょんぼりとうつむいたままそう答えた。
「ということは、ネフェルは私よりお姉さんということになりますね?」
それを聞いた少女は顔を上げ、自分より大きなハルを見て不思議そうに小首をかしげる。
「私の方がお姉さんなの?」
「はい。私は開発期間も含めると、生まれてからまだ4年しか経っておりません。ですので、ネフェルは私より2つ年上のお姉さんということになります」
それを聞いたネフェルはきょとんとした表情を見せたのち、すぐに控えめな笑顔へと変わった。
「ふふっ、変なの。ハルの方が私よりおっきいのに」
「そうですね。どうやら私は大きく育ちすぎてしまったようです。これからはあなたのことはネフェルお姉ちゃんと呼んだ方がいいですか?」
「ううん、ネフェルでいい。ふふふふっ」
多少のユーモアを交えつつフォローを試みたハルであったが、どうやらその試みは功を奏したようだ。
お陰でこの世界へとやって来て、初めて少女の笑い声を聞くことができた。
ハルはネフェルを見つめて体温や心拍数といったバイタルサインの情報をスキャンし、少女が落ち着いたことを確認してから再びペンを走らせる。
ネフェルはその様子を隣で覗き込みながら、お仕事の邪魔をしないようにと控えめに声をかけた。
「ハル、あのね?おじさん達にお手紙を出すなら、私の分のお手紙も一緒に書いて欲しいの。私がお礼を言うから、一緒にお手紙に書いてもらってもいい?」
ネフェルはいつもお世話になっているお礼をずっと言葉にして伝えたかったが、彼女には感謝の気持ちを伝える手段が限られていた。
思っていることをちゃんと伝えられるのであればそうしたいと、いつも贈り物をしながらそう考えていたのだ。
ハルはペンを走らせていた手を止めると、ネフェルの方へと顔を向けた。
「そういうことでしたら、もっとよい方法があります」




