推しが優し過ぎるのはいろいろ問題
突然、目の前で狼っぽい何かが跳ね上がる。そのまま地面に叩きつけられ動かなくなった。
「君たち、大丈夫か。」
声を聞くに男性だろうか。奏人に担がれているので、顔は見えないが声の主が助けてくれたようだ。
「はい、助けてくれてありがとうございます。」
植田さんが、男性らしき人にお礼を告げる。
「見たところ一般人に見えるが、武器も無しで、この森に入るのは危険だ。一体どうしてこんなところに?」
先程とは違う男性の声がする。少なくとも助けてくれた人は二人いるようだ。私は、ずっと奏人に担がれたままで、彼らにお尻を向けた状態だ。対応する植田さんと、彼らの話し声しか聞こえない。命の恩人にずっとお尻を向けたままっていうのは、いい加減、失礼ではないだろうか。
「奏人、あの、下ろして下さい。」
私は、奏人の背中をパシパシ叩いて、下ろしてくれと合図する。
「ああ………そうだね。他の言い方をしてくれたら下ろしてあげるよ。」
こんな時なのに、言葉遣いは許してほしい。人前だから、王子様仕様の奏人なのに、意地悪な所は変わらない。
「奏人、いい加減に私を下ろして。」
小さく笑った奏人が、私をゆっくりと下ろしてくれる。見上げると、優しく微笑む奏人と目が合った。ああ、眩しすぎて目がつぶれる。私が思わず両手で顔を隠すと、目の前からは、クスクスと笑い声が聞こえた。
「私を担いで走るなんて、何を考えているの。奏人がイケメンなだけじゃなくて足が速いのも知ってるけど、私だって走れたよ。」
指の隙間から奏人を覗き見て、先程の彼の行動に抗議する。奏人の負担になるのは絶対に嫌だ。しかも、今回は奏人を危険に晒した。ファンとして許せない失態だ。
「僕が担いで逃げた方が、ミアが走るよりも絶対に速いよ。それに、その足で走って怪我をしたら大変だろう。」
奏人が私の足を指差す。裸足だった私の足には、植田さんの上着が巻かれている。あの一瞬で、私の足では上手く走れない事や、怪我の心配までしてくれた。奏人の優しさに嬉しくて頬が緩む。
「それは……そうかも。心配してくれて、ありがとう。」
「うん、別にいいよ。」
そう言って見せた国宝級の微笑みに、心臓がトクンと跳ねる。その顔は、反則だ。
「二人とも、この方達が街まで同行してくれることになったよ。二人は冒険者で、アストさんとハリオさんだ。」
話が終わったようで、タイミング良く植田さんが声をかけた。あのままだったら、鼻血を出して倒れたか、心臓が止まっていた。流石は植田さん。声をかけるタイミングもバッチリだ。
「助けて頂きありがとうございます。僕は奏人と言います。どうぞよろしくお願いします。」
王子様スマイルで、二人と握手を交わす奏人に、アストさんとハリオさんも好意的だった。
私的には、少し複雑だ。奏人と握手をするために、女の子達がどれだけのお金と努力と執念を燃やしているか、この二人は知らない。
奏人は、簡単に触れて良い人ではない……というか、正直言って簡単に握手ができて羨ましい。
「あの、助けてくれて、ありがとうございます。私は、エルミアと言います。街までよろしくお願いします。」
二人に若干の嫉妬を抱きながら、バイトで培った営業スマイルを見せる。
「あっ……ああ、街までよろしく。」
「………よろしく。」
植田さんと奏人には好意的なのに、何故かアストさんとハリオさんは、私から視線を逸らして避けている様に見える。
もしかして、私が二人に嫉妬しているのを感じて、敵認定されてしまった?
これから、一緒に行動するのに敵認定は困る。奏人を好きすぎる故なので、私が彼らに敵意はないと分かってもらおう。
奏人以外に本気の笑顔は無理だが、バイトでお客様に見せるスペシャルバージョンの営業スマイルで、二人に笑いかける。すると、真っ赤になった二人が視線を逸らすだけでなく、ジリジリと後退し、思い切り顔を背ける。今の態度には、普通にショックを受けた。見るのも嫌なほど、敵認定されたってこと?
「え…と、エルミア嬢、すまない。貴女のその格好は、俺たちには刺激が強すぎて、出来れば、上着で前の方をもう少し隠してもらえないだろうか。」
「それは、すみません。」
どうやら、真っ赤になって視線を逸らしたのは、照れていたからのようだ。
奏人から借りた上着で前の方を隠すと、二人は恥ずかしそうにしながらも少し視線を合わせてくれた。
それにしても、異世界の人は薄手のワンピースくらいで女性を見られないなんて、照れ屋さんが多いようだ。
少しだけ胸元が開いているが、このくらいなら日本では普通だし、ワンピースも普通に着ていた。こっちの方が、高級そうで外出用にしては少し薄手だなくらいで、至って普通の服だ。
「彼にも聞いたが、大変な目に遭ったんだな。寝間着のまま、こんな森に置いていかれるなんて可哀想に、なるべく早く家族に会えるようにするから、安心してくれ。」
アストさんが赤くなりながら、照れたように話す。
(えっ?アストさん…今…寝間着って言った?)
もしかして、私が着てる服は普通のワンピースじゃなくて、家の中だけで着るような種類の服なのだろうか。言われてみれば、前世にもあったネグリジェに似てる。
アストさんに言われて、初めて気がついた。急に恥ずかしくなってきて、私の顔も真っ赤に染まる。
無意識に奏人にも寝間着を見せていたとは、恥ずかしくて彼の顔が見られない。
「アストさんのその言葉は頼もしいですね。それでは急いで森を出たいと思いますが、今日中には街に着きますか?」
「ああ、今からなら大丈夫だ。時間も惜しいし、また魔物が来ても困る。そろそろ出発しよう。」
奏人が二人から遮るように私の前に立ち、話題を変えてくれる。
その後も、二人から隠すようにして歩いてくれた。奏人の優しさに胸が熱くなる。
「ミア、足は平気か?」
不意に、振り返った奏人が私の顔を覗く。その気遣う優しい顔に、胸がドキリとする。
「へ…平気です。」
突然の事で動揺した私は、また敬語で話してしまった。奏人の意地悪が始まるかと覚悟したが、彼は何も言わない。その視線は、私の足に向けられていた。
「ミア、少し足を見せて。本当に平気かちゃんと確認させてね。」
奏人が屈んで私の足を入念に確認する。
「イタッ…」
奏人が足に触れると痛みが走る。奏人の事で頭がいっぱいで痛みも感じなかったが、足には負担がかかっていたようだ。
「やっぱり布を巻いただけじゃ無理があったか。ミア、もう少し歩くようだけど、今のままじゃ歩き続けるのは無理だ。だから、僕がミアを運んであげる。」
そう言って笑った奏人が、屈んだまま背中を私に向ける。
「奏人、私は大丈夫よ。ちゃんと歩けるから立ってちょうだい。」
遠慮する私に、奏人が拗ねたような顔を向けて誘惑してくる。
「ミアは、僕に背負われるのが嫌なの?もしそうなら、すごく悲しいな。僕はね、君の役に立つなら何だってやりたい。ミアが痛いのは、嫌だな。だから、お願い。拒絶しないで僕を頼ってよ。ミア。」
きゅいぃぃぃ。これは、無理、むり、ムリ。国宝級イケメンの誘惑に勝てる者は、絶対にいない。
「……はい、よろしくお願いします。」
私は、奏人のがっしりした広い背中に抱きついた。
「しっかり掴まってろ。」
一瞬、素に戻った奏人が、私を背負って歩き出す。彼の背中から伝わる温もりにドキドキして、心臓が爆発する寸前だ。
これはもう、実家に着くまで生きていられないかもしれない。奏人の優しさに私の心は耐えられない。これは、好きすぎて辛い。
どうか、私の心臓に鼻に理性よ。実家に着くまで何とか耐えて。お願いよ。
♢♢♢♢♢♢♢♢
その頃、王宮では―――
「やっと、やっと、目覚めたんだね。この日をどんなに待ちわびたか。ああ、やっと会える。」
第一王子が、エルミアが目覚めたという情報を聞き、歓喜に湧いた。
10年前、婚約者となり将来を誓い合った愛しい彼女。その直後に、毒を盛られてしまった私の大切な人。
あれから10年間眠り続けていたが、ようやく目覚めたようだと情報が入った。
「愛しいエルミア。私は、君を手離さない。絶対に君を私の妃に迎える。」
愛しい彼女に会うために、第一王子も動き出す。
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