どんな貴方でも好きは変わらない
「二人とも疲れてない?大丈夫?」
マネージャーさんが気を遣って話しかけてくれる。本当にいい人だ。
「私は平気です。バイトを掛け持ちしてたので、体力には自信があるんです。」
力こぶを見せようと思って腕を曲げると、ほっそい腕が袖からのぞく。
(あっ、この体はエルミアの体だったな。)
労働で鍛えられた自慢の体は、細くてか弱い女性らしい体に変わってしまった。
日本での私よりも全体的に細いのに、お胸は大きくて、筋肉が減ったのは残念でも、そこは嬉しい。
「おい、何をニヤニヤしてるんだよ。気持ち悪いから、顔を引き締めろ。」
奏人くんが、ギューと眉間に皺を寄せて、冷たい視線で私を見ている。
不機嫌な顔までイケメン過ぎてツラい。彼の睨み付ける視線に、ゾクゾクする。
「すみません。なるべく顔面は引き締めますが、余り奏人くんが格好良いと、それも難しくなるので、格好良すぎるのは止めてもらえると助かります。」
「はぁぁ?何言ってるんだよ。そんなの無理。これが俺の普通だから、今すぐ慣れろ。」
顔を真っ赤にして、奏人くんが照れている。格好良いは、今まで散々言われ慣れた言葉の筈なのに照れる奏人くんが可愛い。
これは、もしかして私を殺しにきているのかしら。一緒に死んでくれないからと、別の方法で私の息の根を止めようとしてる?
奏人くんの国宝級イケメンの見せる王子様な笑顔も、その同じ顔で冷ややかで色気駄々漏れの鋭い視線も、どちらも好きすぎて気を抜くと、私の心臓は一瞬で止まる。
「奏人くん、私は死ぬ以外で解決希望なので、心臓を止めようとするのは止めてくださいね。」
怪訝そうな顔で私を見る奏人くんに、ドキドキする。こんな顔も初めて見た。この世界に転生して、奏人くんのいろんな表情が見られて幸せ。
「何を意味の分からないことを……。お前は嫌じゃないのか?お前が好きなのは、王子様のようなアイドルの橋本奏人だろ?今の俺は、王子様とは……かけ離れてる。素の俺を知って、裏切られたとか思わないわけ?」
奏人くんは何を言っているのだろう。推しの素の表情を見られて嬉しい以外あるわけ無い。奏人くんのいろんな表情を見られるのは、幸せ以外あり得ない。
「初めは少しだけ驚きましたが、裏切られたとは絶対に思いませんよ。逆に嬉しすぎて鼻血出そうです。奏人くんは確かに国宝級イケメンで、王子様みたいな所も素敵です。でも、それだけじゃなくて、奏人くんの元気の出る素敵な歌声と、どんなことも頑張って努力してる姿に惚れました。私は、奏人くんだから好きになったんです。王子様でも態度も口も悪くても、奏人くんは奏人くんです。好きな気持ちは変わりません。」
奏人くんは、私をどん底から救いだしてくれて、勇気をくれた人。そんな簡単に嫌いになれるものじゃない。そんな私の気持ちは、世界中のどんなものよりも大きくて重いものだ。
「………そ、それは、かなり……変な女だな。普通は王子様の橋本奏人を好きだろ。」
首まで真っ赤になった奏人くんが、口元を手で隠して何やら話しているが、小さくて聞こえない。もしかして、照れているのかな。
「おい、お前、特別に名前を聞いてやるよ。名前を教えろ。」
奏人くんに言われて気がついた。そういえば、まだ一度も名前を名乗っていない。自己紹介もまだなんて失礼だ。
「自己紹介が遅くなってすみません!この世界での私の名前は、エルミア・ヴァレンシアと言います。今は16歳です。日本ではミアと名乗ってました。」
日本人でエルミアは違和感があるから、山田ミアと名乗っていた。
「それなら、ミアでいいな。俺の事は奏人と呼んでいい。特別に許してやるし、敬語も無しだ。堅苦しいのは好きじゃないんだ。」
前を歩いていたマネージャーさんも振り返り自己紹介をする。
「ああ、それなら、私もミアちゃんって呼んでもいいかな?知ってると思うけど、私は奏人のマネージャーで、植田裕貴と言います。よろしくね。」
まさかの呼び捨て。奏人くんの口からミアと私の名前が聞こえた。これまでの人生で一番幸せな瞬間だ。余りの感動に、申し訳ないけどマネージャーさんの自己紹介は、ほとんど聞こえなかった。
「おい、分かったか、ミア。」
「わか、分かりました。」
ミアと呼ばれ緊張している私に向かって、奏人くんが、不敵な笑みを浮かべた。
「ねぇ、違うよね。ミア、僕の名前をちゃんと呼んで?僕の名前は何?」
ひぇぇぇ、突然の王子様な奏人くんに、心臓が対応しきれずドクンドクンと速くなる。
甘えるようなその顔と声に、また理性が吹き飛びそうになるが、何とか意識を保って耐える。ついでに、鼻の血管も破裂しないように手で押える。
「かな……かな……奏人くん…です。」
必死に名前を呼んだ私を、楽しそうな奏人くんが見つめている。
「うーん、まだダメかな。ほら、僕の名前は何?」
これは、あれかな。呼び捨て敬語無しで呼ぶまで永遠に続くやつ。
「か…奏人……これでいい?」
「うん、それでいいよ。」
満足そうな顔をして、国宝級イケメンの王子様スマイルに、私は心臓を鷲掴みにされた。
これは、私は実家に到着するまでに無事に生きていられるのか、鼻の血管が無事に耐えられるのか不安になった。
「二人とも私がいるのに、そんな恥ずかしい雰囲気出すの止めてくれる?それにね、ちょっとマズいかも。あそこ何かいる。」
植田さんが指差す方を見ると、カサカサと草を揺らす音がする。風はないから、何かが動いているようだ。
三人で、じっと音のする方を見て警戒する。すると突然、黒い大きな生き物が飛び出した。
「…っ!これは………犬?」
日本で見た犬とは比べ物にならないくらい大きいが、見た目は犬っぽい。
「いや……これは狼じゃないか?」
植田さんの言うように、犬よりも狼の方が近い気がした。しかし、狼にしても大きく見える。その狼っぽい何かは、牙を剥き出し唸り声を上げ、今にも襲いかかってきそうだ。
「ミアちゃんは、この世界出身って言ってたけど、これは知らない?」
植田さんの質問に、直ぐに首を横に振る。
「ちょっと、マズいな。二人とも走れる?」
私と同時に奏人も頷く。
「ミア、お前は俺が運ぶ。だから……しっかり掴まってろ!」
そう言うと同時に奏人が、私を抱き上げる。
「走れ!」
植田さんの合図で、奏人が私を抱き上げたまま走り出す。
「奏人、私も走れるよ。重いでしょう。今すぐ下ろして!」
「うるさい!黙ってろ。」
憧れのお姫様抱っこ……ではなく、奏人の肩に担がれるよう持ち上げられ、荷物のように運ばれる。それでも、人一人を持ち上げていると思えないほど奏人は速い。
それでも狼っぽい何かも速くて、唸りながら追いかけてくる。
(ヤバいヤバい。このままじゃ追い付かれる。)
もう直ぐそこまで、迫ってきている。飛びかかって来られると、鋭い爪が奏人に触れそうだ。
その鋭い牙が、鋭い爪が、奏人に襲いかかると思うと恐怖で思わず目を閉じる。
このままでは、大好きな推しが大怪我どころか死んでしまうかもしれない。
(奏人が怪我をするのも、死ぬのも絶対だめ!)
―――守らなければ―――
その時、私の体の中を何かが流れて体中が熱くなる。それは、体の中心から全身に広がり溢れてくる。
(推しのためなら、私は何だってできる。)
私は、ゆっくりと右手を狼っぽい何かに向けた。
「そこの二人!今すぐ避けろ!」
進行方向、つまり私にとっては後ろから誰かの切迫した大声が聞こえた。
その声に反応して、奏人と植田さんが直ぐに左右に分かれた。
その瞬間、狼っぽい何かが上に跳ね上がった。
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