まずは、実家に帰ります
「キャアアア!!!!」
男女二人が向かい合う中、歓喜の叫びが響き渡る。
「はっ?ええっ?声でかっ、おい、ちょっと静かに……あっ……。」
奏人くんと見つめ合い、キスでもしそうな顔の近さに、私の理性が吹き飛んだ。
つつぅぅぅ
「……おまえ……鼻血…出てるぞ。」
奏人くんが呆れたような、若干引き気味の顔で、私を見ている。その冷たい視線が、普段の王子様な奏人くんとは違って、また良い。
私を睨みつけ、不敵に笑うその顔は、いつもよりもセクシーで色気がハンパなかった。
そんな顔面を目の前に近づけたら、私の理性という理性が崩壊して、本能が欲望が爆発して制御不可能に陥る。
「ワル奏人くん。カッコイイ。ステキ。スキ。ダイスキ。」
つつつつううううう。
「ギャー!お前、鼻血!鼻血!」
私は盛大に鼻血を吹き出すと、慌てる奏人くんの支えを失い、そのまま後ろに倒れていった。
♢♢♢♢♢♢♢♢♢
「おい、鼻血女……鼻血は止まったか。」
眉間に皺を寄せ、不機嫌さ全開で私を睨んでいる奏人くんに、コクコクと頷く。
奏人くんの前で、興奮して大量の鼻血を出すとは不覚。
奏人くんの王子様スマイルには何とか耐性があるけれど、あの顔は反則だ。突然、出会ったことのない奏人くんに、理性を失い興奮して、鼻の血管も我慢できずに破裂してしまった。
普段は、鼻血が出ないように、鼻の血管にも気合いを入れて止めているのに、ワル奏人くんの前では、ただの血管には抵抗できなかった。無力だ。
「本当に迷惑な奴だな。ハンカチも選り好みしやがって、貸してくれた植田さんにお礼しろよ。」
「ふぁい、ずみまぜん。ありがどうございます。ゔえだざん。」
鼻血を出した私に、優しい奏人くんはハンカチを貸してくれた。しかし、奏人くんのハンカチだと思うと、歓喜のあまり余計に鼻血が吹き出したので、マネージャーさんのハンカチをお借りした。いやぁ、お恥ずかしい。
鼻を押さえていたハンカチを外してみても、血は出てこない。完全に止まったようだ。見ると白いハンカチが半分以上真っ赤に染まっていた。
「奏人、ハンカチは別にいいから、それより女性には優しくしなさいって、いつも言っているだろう。言葉遣いには気をつけるんだ。」
奏人くんは、マネージャーさんの言葉に、更に不機嫌そうにして横を向く。
注意されて拗ねる奏人くんは何だか可愛い。二人のやり取りを微笑ましく見ていたら、奏人くんに睨まれた。
「おい、お前、鼻血が止まったなら、さっきの話だ。ちゃんと俺の言うことを聞いていたか?」
「はぁ、言ったそばから、奏人!優しく!」
マネージャーさんの言葉に、深い溜め息を吐きながら、奏人くんが「はいはい」と適当に返事をする。
「あの、さっきの話とは、奏人くんが私に、『俺と一緒に死んでくれ』って言ったあの話ですか?」
思い出すと失神しそうなあの言葉。一緒に死んで欲しいなんて、こちらからお願いしたい夢のような言葉だ。
「はぁ?違う!そんなこと言ってないだろ。俺のために死んでくれって言ったんだよ!」
「はい、だから、一緒に死んでくれ……同じ意味ですよね?推しから言われたい言葉10位以内に入る言われたら即、失神確定の大変嬉しい言葉ですよね。」
「全く違うだろ。何だよ、その推しから言われたい言葉って、どこ調べだよ。」
疲れたような表情をした奏人くんが、マネージャーさんを横目で見る。
「ああ、はいはい。えっと、奏人では話にならないので、私が話してもいいかな?奏人の話だと、ここは日本とは違う異世界で、君が死んで転生したのに巻き込まれて、奏人と私が転移してしまった。それで、その、言いにくいけど、君がもう一度死ぬと日本に戻れるって事であってるかな?」
私が鼻血を出している間に、奏人くんがマネージャーさんに事情を説明してくれた。
大まかには合ってる。でも、転生を繰り返したことが本当に私の能力かは、正確な所は分からない。それに、また日本に転生するかも分からない。前回も今回も、気づいたら私の意思とは関係なく転生していたし、場所も指定した訳ではない。
「大体、合ってます。ただ、私も転生については分からないことが多いので、再び日本に転生できるかは分かりません。一緒に死んで欲しいという奏人くんの願いは嬉しいのですが、死ぬ以外で解決方法を探したいと思っています。」
「だから、俺はそんなこと言ってない!」
怒鳴って否定する奏人くん。
(同じような意味なのに、照れてるのかな。)
いちいち否定する恥ずかしがり屋な奏人くんの叫びは一旦聞き流し、これからの事を真剣に考えてみる。
これは、やっぱり迷わず家族に会いに行くべきだ。この状況を正しく説明できて、解決方法を知っているのは、きっと両親だと思う。
「あの、まずは家族の元に帰って知ってることがないか話を聞いてみたいと思います。それで、うちの領地を目指したいのですが、ここが何処か分からなくて、出来れば暗くなる前に、人のいるところへ向かった方が良いとは思うんですが、適当に歩いてみますか?」
右も左も何処までも、木しか見当たらない。こんな場所で夜まで居るのは危険だと思う。私は、なるべく早く、ここを出た方が良い気がしていた。
「それなら、さっき大きな木の上から確認したら、沢山の建物らしきものが見えたから、そこを目指そう。方向も大体分かるから、君の言う通り暗くなる前に移動しよう。」
敏腕マネージャーさんは、木登りも得意なようだ。木の棒を手に歩き回っている時は不審者のようだったが、木に登って進むべき場所も確認しているとは、流石、国宝級イケメンを影で支えるマネージャーは普通と違う。
「それでいきましょう。人が居たら領地のことも聞けます。奏人くんも、それで良いですか?」
「はぁぁ………もう、それでいい。」
目的が決まったので、さっさと行動を起こそうと思ったら、ひとつだけ問題があった。
私は、裸足だったこと。そのまま歩いても良かったけど、マネージャーさんに止められた。どうしようと悩んだ結果、マネージャーさんの上着を破いて足に巻き、少しでも痛くないようにしてくれた。奏人くんも優しいけれど、マネージャーさんも同じくらい優しかった。
「確認した感じ、そのまま行けば暗くなるまでには街らしき場所には着けると思うよ。辛いかもしれないけど、何かあれば遠慮なく言ってね。奏人も無理は禁物だ。二人ともいいね?」
「はい、頑張ります。よろしくお願いします。」
「分かったから、さっさと行くぞ。」
目的地は、私の実家。それまでは、奏人くんとずっと一緒に居られる。不謹慎だけど、一緒に居られる時間が嬉しいと思ってしまう。奏人くんにとっては、迷惑な話でも私にとっては、夢のような幸せな時間だ。
できる事なら、この時間が少しでも長く続くようにと願ってしまう。そんなことは、奏人くんの事を考えたら許されないことなのに。推しを優先できないなどファン失格だ。
この時の私は、奏人くんと居られる嬉しさに浮かれていたし、この世界の事をすっかり忘れていた。
日本人として生きた時間が、この世界で過ごした時間よりも長い。今の私は、日本人としての意識が強くて、異世界での常識が頭からすっかりと抜け落ちていた。
安全な日本とは違って、ここは魔法も武器も戦いも普通にあって、生き物も日本のソレとは全く違うことを失念していた。
♢♢♢♢♢♢
―――その頃、ヴァレンシア公爵家。
「あぁぁ、誰か!誰か来て!お嬢様が、お嬢様が消えました!」
メイドが、エルミアの身支度を整えるため部屋に入ると、彼女が寝ているはずのベットは空になっていた。
「まさか、そんなはずはない!屋敷の中を急いで探せ!」
公爵の指示で、屋敷の者が必死に彼女を探すが見つからない。一人で出歩けるはずはない。何故なら彼女は、この10年眠ったままなのだ。
まさか、誰かに攫われた?いや、エルミアを守るため、警備は厳重にしている。屋敷に刺客や賊が入り込むことなど不可能だ。
それなら、考えられることはひとつだけ。
「父上、エルは何処にもいません。」
奥歯を噛みしめ、苦しそうに顔を歪めるアドクリス。そんな彼を見つめながら、父上と呼ばれた、その男はひとつの希望を口にする。
「これは、もしかしたら……戻ってきたのではないか。」
アドクリスは、その言葉に顔を上げる。
「まさか……エルが……?」
「今すぐに、騎士たちを集めろ!それから、冒険者ギルドにも、依頼を出す。今すぐに、エルミアの捜索を始める!」
ちょうど、エルミアたちが実家を目指して出発した頃、公爵家からは、エルミア捜索の為の騎士が屋敷を出発したところだった。
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