10年ぶりの兄との対面
暫く歩き続けると、整備された道に出た。
「ここを真っ直ぐ行けば、ヴァレンシア領だ。」
アストさんが、目の前を示しているが、街はまだ見えない。これは、思ったよりもまだまだ距離がありそうだ。
「奏人、大丈夫?私って重いでしょう?奏人が疲れてしまうのは申し訳ないから、出来ればすぐに下ろして欲しいな。私は、ちゃんと街まで歩けるよ。」
ここに来るまでも、時間が掛かっている。その間、ずっと奏人が私を背負って歩いてくれている。植田さんが代わると言っても、「大丈夫」と言って聞かなかった。
「ミアは黙って運ばれてたらいいんだよ。それに、全然重くないし、逆にもう少し太ってもいいんじゃないかな。ミアは軽すぎるよ。」
王子様な奏人が、少し揶揄うように笑って、顔を横に向ける。背負われてるので、顔が近くて心臓がドクドクと速くなる。ピッタリと体がくっついてると心臓の音が伝わりそうで、私は少しだけ背中から離れた。
この人は、何度私の息の根を止めようとするのだろう。国宝級イケメンは、息の根を簡単に止められると理解して、適正距離を守って欲しいと思う。
「アストさん、この道は先程のように魔物は出てこないのですか?」
植田さんが、アストさんに尋ねる。彼は、ずっと森から警戒して歩いていた。ここでも同じように気を抜かない。敏腕マネージャーとして、奏人を守るその姿は、マネージャーの鑑と言える。ファンの私から見ても尊敬できる素晴らしい人だ。
そんな素晴らしい植田さんが、ここまで警戒するのは理由がある。実は、襲ってきた狼っぽいものは魔物らしい。さすが異世界、ファンタジーな世界。魔物が出没するとは、正直すっかり忘れていた。
冒険者というのも、かなり異世界っぽい。アストさんは剣士で、ハリオさんは魔法士だとか。狼っぽい魔物は、ハリオさんの魔法で一発だった。実は、かなりの実力冒険者と見た。
「安心してくれ。ここは安全だよ。魔物はカヌレの森にしかいない。以前は、人の住む場所にも魔物が出たんだが、魔物の被害を防ぐ方法として、領主様がカヌレの森を作ったんだ。あそこは、魔物が寄り付きやすい様になっていて、定期的に冒険者が魔物を狩っているんだ。あの森のお陰で魔物被害も殆ど無いんだよ。」
美味しそうな名前をしているのに、魔物が住む森だったとは、結構物騒な森に飛ばされていたようだ。領主様が森を作ったと言うことは、お父様が作った森だったみたい。魔物被害の対策で森を作ってしまうとは、やっぱりお父様は凄い人のようだ。
「魔物が出ないなら安心しました。これも、ミアちゃんのお父さんのお陰なんだね。きっと、国民の事を考えてくれる立派な人なんだろうね。」
植田さんが、私を見て微笑んだ。お父様の事を褒められて私も嬉しい。
記憶の中のお父様は、笑うと目尻に皺ができて、素敵な笑顔の優しい人だった。
いつも、領地を良くするために頑張っていて、領民からも慕われていた。自慢のお父様だ。
「エルミア嬢のお父上もカヌレの森に何か深い関わりがあるのか?」
ハリオさんが、植田さんの言葉を聞いて、私の父に興味を持ったようだ。そういえば、私の自己紹介の時にエルミアって名前しか名乗ってなかった気がする。
「えっと、そうですね。私の父は、この領地の…」
そこまで話したところで、前を歩いていた二人が突然立ち止まった。それと同時に、奏人も植田さんも立ち止まる。
「そこのお前たち、冒険者か?少し聞きたいことがある。」
どうやら、誰かが前から歩いてきて呼び止められたようだ。
「は、はい。一体、何でしょう。」
ハリオさんの言葉から緊張しているのが伝わってくる。
(誰と話しているの?)
冒険者が怯えるくらい緊張する人って、どんな人なのか気になり、奏人の背中から思い切り体を乗り出す。すると、急に私が体をずらしたことで、奏人がバランスを崩してしまう。
「あっ!おい、動くな。落ちるぞ。」
素の奏人が慌てて、バランスを取り、何とか落ちずに済んだ。急なことで、私も驚いて奏人の首に思い切り抱きついてしまった。
「うわ、ごめんなさい。」
「次は、落とすぞ。今みたいに、しっかり掴まってろ。」
謝る私に、素っ気なくも優しい言葉を掛けてくれる奏人にキュンとする。
「あっ、ああぁぁ!エルミア様!貴女はエルミア様ではありませんか?おい!エルミア様が見つかったぞ!アドクリス様!エルミア様が見つかりました!」
私が奏人にときめいた瞬間、前方からは、慌てた叫び声が聞こえた。
(……うそ、今……アドクリス様って言った?)
ハリオさんと話していた男性は、よく見ると腰には剣を差しており、冒険者よりも上品な格好が騎士の様に見える。
「奏人、お願い。今すぐに私を下ろして。」
何となくだが、今すぐに奏人から離れた方が良い気がする。
「いや、ダメだ。」
険しい顔をした奏人は、私を支える手に力を込めた。絶対に下ろさない意思を感じる。
だけど、このままでは良くないことが起こる気がして、奏人の肩を叩いて下ろすようにお願いする。それでも、奏人は聞いてくれなかった。
「エル!エル!嗚呼、本当にエルなんだね。本当に目覚めたんだ。俺だよ。アド兄様だよ。」
先程の叫びを聞いて、今にも泣き出しそうな顔で一人の男性が飛び出してきた。
その顔は、大人の男性ではあるけれど、どこか見覚えのある顔をしている。
私は、10年前に同じような金色の髪と瞳をした男の子を、アド兄様と呼んでいた。
「……えっ…あっ、アド兄様?」
「そうだよ!アド兄様だ。嗚呼、私の可愛いエル。目覚めてくれて嬉しいよ。」
愛おしそうな目で私を見つめて嬉しそうに微笑む。その顔は、確かにアド兄様に似ている。
「それより、私の可愛いエルを攫ったのは、お前達か。どうやって屋敷に忍び込んだかは知らないが、エルを返してもらおう。」
アド兄様からの言葉の後に、一斉に剣が向けられる。いつの間にか私たちは大勢の騎士っぽい人達に囲まれていた。
「ちょっと待って下さい。私たちは…」
植田さんが話すと、一瞬で喉元に剣が突きつけられる。
「黙れ!話す許可は出していない。それよりお前、今すぐエルを下ろせ。汚い手でエルに触れるなど、許されないこと。今すぐ切り捨ててやる。」
アド兄様が、奏人に剣を向ける。それでも、奏人は私を離さなかった。黙ってじっとお兄様を見ているだけ。いや、今すぐ私を下ろしたら、奏人がお兄様に切られてしまう。
奏人が傷つけられたら、例えアド兄様でも、私は許せない。国宝級イケメンの顔に傷でもつけたら、日本中の奏人ファンに申し訳が立たない。
「あの、アド兄様……。それ以上、奏人に剣を向けたら、私は許しませんよ。傷でもつけたら、一生アド兄様を嫌いになりますからね。」
奏人の首にギュウとしがみつき、アド兄様に向かって睨みを利かせる。
「……エル……一体、どうしたんだ。」
戸惑うアド兄様に、もう一つ訂正して欲しいことがあったので、全力で叫ぶ。
「アド兄様!一つ訂正して下さい!奏人の手は決して汚くありません。この世のどんなものよりも美しく簡単に触れることの出来ない尊い物なのです!分かりましたか!」
私は、奏人の首にしがみついたまま、アド兄様に向かって堂々と言い切った。
「ぶふぉ……くっ、アハハハ、何を言うかと思ったら、そこまで力を込めて言うことかよ。」
私の訴えに、奏人が爆笑している。その笑い声で、緊迫した空気が変わり、皆が呆然と私たちを見ていた。
(ひぇぇ、爆笑する奏人を初めて見た。やった)
奏人の初めてを見られて喜ぶ私と、そんな私たちを見て、何故かショックを受けたような顔のアド兄様。
この世界に来て、10年ぶりの兄との対面は、何とか無事に終えられた……のかな?




