握手会
握手会の会場に着くと、人、人、人、人だらけ。今日は特別なイベントで、握手会に参加できる人数は、今までのイベントの中でも極少数のはず。いつもよりファンとの交流を密にするため、握手だけじゃなくて会話は勿論、写真撮影それ以上も、一人に割り振られた時間は何をしてもOK。
流石に、常識外れた事は却下だけど、普通の交流は時間の限り許される。
奏人くんが、いつも応援してくれるファンにお礼がしたいって事で実現した、優しい彼の気持ちの籠った握手会だ。
それなのに、明らかに人が多い。絶対にチケットを持ってない人も来てるはず。それだけ、奏人くんに会いたいってファンが大勢いるってことだ。
会えるか分からなくても、もしかしてって期待してしまう気持ちは分かる。私だって、このチケットが外れていても、会場の近くまでは来ていたかもしれない。
「すみません!チケットの無い方は、他の方の迷惑になるのでお帰り下さい!待っていても奏人には会えません!今すぐお帰り下さい!」
スタッフが、数人で呼び掛けをして帰るように促している。それでも、立ち去る人は少なかった。
会場周辺は人で溢れ、通行人の邪魔になっている。スタッフの呼び掛けにも効果はなく、その場が少し混乱してきた。
―――その時だった。
「みんな、今日は、せっかく僕に会いに来てくれたのに、全員と会うことが出来なくて、ごめんね。来てくれたみんなに会えなくて、僕もとても悲しいよ。それでも来てくれたみんなの気持ちは伝わってるよ。いつも応援してくれて、ありがとう。それで、僕からのお願い聞いてくれる?どうやら通行人の方が通れなくて困ってるみたいなんだ。だから、スタッフの言うことを聞いて、困る人がいないように配慮をお願いしたいな。どうか、僕からのお願いを聞いてくれると嬉しいな。」
一斉に悲鳴が上がる。地面が割れそうな程の女性の歓喜の叫びに、スタッフが今度は静かにするように呼び掛ける。
暫くは、スタッフの声も掻き消されるほどだったが、少しずつ落ち着きスタッフの誘導に従い、その場から関係ないファン達が居なくなっていった。
「奏人くんの呼び掛け……効果有りすぎ。」
本人は現れなかったが、声だけでもイケメンだった。スタッフから外の様子を聞いて、ファンに声だけでも届けたいと呼び掛けてくれたのだろう。どんなものより奏人くんの声は、効果抜群だった。
残ったほとんどが、チケットを持ったファンだけになり、いよいよ受け付けが始まる。
一応、危険物がないかのチェックを受けて、もちろんチケットの確認と注意事項が伝えられる。持ち時間は、一人15分。
いつもの握手会なら、ひと言告げて握手したら、スタッフに背中を押されて退出させられる。奏人くんを見るのも一瞬だけ。
でも今日は、時間いっぱい奏人くんと何でもできるし、何をしてもいい。
この世界に転生して、一番嬉しくてドキドキしているかもしれない。
「それでは、時間になったので握手会を開始します。チケットの番号の順にお一人ずつお入り下さい。時間が来たら、スタッフの指示に従って下さいね。」
いよいよ始まった。私の番号は30番。もうすぐ、大好きな推しを間近で好きなだけ見ることができる。
♢♢♢♢♢♢♢
「それでは、30番の方、中にお入り下さい。15分したら終了です。注意事項に違反した瞬間、時間に関係なく退出になるので気をつけて下さいね。」
「は、はい。よろしくお願いします。」
緊張でロボットみたいな歩き方で中に入ると、数人のスタッフと憧れの推しが目の前に立っていた。
(ヤバっ。イケメン過ぎて直視できない。心臓が止まる。)
目の前には推しが、キラキラの王子様スマイルで立っている。眩しすぎて目が潰れそうなので、両手で顔を隠し指の隙間からうっすら覗く。
「アハハ、そんなに緊張しないでよ。それに君の顔を見てみたいな。出来れば手を下ろして顔を見せて、お願い。」
奏人くんの『お願い』の言葉に、素早く両手を下げる。
(うひゃあ!眩しい!カッコいい!笑顔が……笑顔が……ヤバい。鼻血出そう。)
両手を下ろしたことで、目の前には奏人くんの顔がハッキリ見える。いろいろ奏人くんに伝えたいことや、一緒にやりたい事が有ったのに、全部どっかに飛んでいった。
「やっと顔が見えた。ふふ、今日は来てくれてありがとう。時間も余り無いから、君から何か要望はあるかな?何か僕にして欲しい事はある?」
そうだった。時間は15分だけ。その間に、何か奏人くんにお願いしたいこと。早くしないと終わってしまう。しっかりしろ、ミア。私は何のために、ここに来たの。
「えっと……私、いつも奏人くんには元気を貰っていて、悲しい時も辛い時も奏人くんの歌や舞台を見て、私も頑張ろうって気持ちになってました。その、だから、いつも元気をくれてありがとうございます。」
異世界から6歳で転生して、初めは日本での生活に慣れず苦労した。
学校に通い始めたら、親に捨てられた子だと、いじめにもあった。悲しくて悔しくて辛くて、もちろん味方になってくれる人も居たけれど、それでも駄目な時に、初めて奏人くんの歌を聞いた。その透き通った声に、優しい歌声に心惹かれた。
それから、奏人くんのファンになって、歌だけでなく、舞台やドラマにも挑戦して頑張っている姿に元気や勇気を貰えた。
私も頑張ろうって思えて、少し勇気を出したら、いじめられることもなくなった。
私の転生後の人生が、幸せだと思えた一つには、奏人くんの存在も影響している。
だから、真っ先にお礼を伝えたい。そう、思っていた。
「奏人くんに出会うことができて、奏人くんのファンになれて、私は幸せです。」
静かに聞いていた奏人くんが、嬉しそうに泣きそうな顔をして笑っている。
「僕の方こそありがとう。そんなふうに言ってもらえて、とても嬉しいよ。僕だってファンのみんなから元気をもらっているんだ。僕もみんなに会えて幸せだよ。」
奏人くんが、王子様スマイルで私に向かって手を差し出した。
(ぐはぁっ、なんて眩しい笑顔なの。まさか、その手は握手してくれるってこと。ヤバい。握手した瞬間に鼻血でるかも……。)
奏人くんの差し出された手に、震えながら手を伸ばす。
(ひぇぇ……手が、手が…触れる。)
もう少しで、奏人くんのイケメンな手に触れそうな瞬間だった。
「奏人!こんなに好きなのに、どうして会ってくれないの。もう……私……」
突然、入り口から女性の声がした。振り返ると、スタッフの格好をした女性が、思い詰めたような顔で立っている。
「……ちょ、こいつ、ナイフ持ってる……。」
奏人くんの後ろに控えるスタッフから、慌てた声がした。
確かに、スタッフなのにナイフを待っている。何のために?
私は、妙に冷静な気持ちになって、ナイフをこちら側に向けたままの女性を見つめていた。奏人くんも身動き一つせず、彼女を見つめている。
「奏人、一緒に死んで!」
「女を取り押さえろ!」
同時に叫ぶ声が聞こえた。
私に迷いなど無かった。
「……くっ!」
ドンッ!という音の後に、背中に衝撃が走る。
「こいつ!すぐに押さえろ。おい!救急車だ!女の子が刺された!」
ナイフを持って走ってきた彼女を見た瞬間、私は咄嗟に奏人くんに抱きついた。
背中に何かぶつかったけど、その後から背中が熱い。
「あっ……おい!しっかりしろ!クソッ…どうして庇ったりなんか……」
私は奏人くんに抱きついたままで、彼にも抱きしめられている。
(えっ……咄嗟に抱きついちゃったけど、奏人くんにも抱きしめられてる。えっ…ヤバ。鼻血でそう。)
見上げるようにチラッと奏人くんの顔を見ると、必死に何か叫んでいる。
(あれ?何だか…奏人くんの顔が……辛そう。)
この表情には、見覚えがある。苦しそうな悲しそうな、見ている私の心が締め付けられるような、そんな表情だ。
(あっ……もしかして、私……また……)
「おい!しっかりしろ!目を開けろ!おい!」
大好きな推しに最後に会えたなら、それはファンとして幸せな最期だ。
一つ心配なのは、私がいなくなったら、美子姉さんがきっと大泣きするだろうな。
(ごめんね……美子姉さん……)
推しの叫びを聞きながら、ゆっくり目を閉じると、私の体は光に包まれた。




