あれから10年経ちました
「美子姉さん、時間がないから、私もう行くね。帰りは少し遅くなるよ。いってきまーす。」
今日が楽しみすぎて夜は余り眠れず、明け方近くにやっと眠れたと思ったら、少し寝坊してしまった。急がないと間に合わない。
「待って、ミア。遅くなるって、今日もバイトだっけ?」
「今日は違うよ。推しに会いに行ってきます。」
嬉しさが抑えきれず、特大の笑顔で返事をする。
「ああ、それじゃあ楽しんできてね。いってらっしゃい。」
美子姉さんに送り出され家を出ると、空はどこまでも青が広がり、雲ひとつない良い天気。
最近は、平日は学校にバイト、休日は朝から晩までバイトばかりで、空を見る余裕もなかった。それもこれも、全て今日この日のため。
今日は、待ちに待った大好きなアイドル橋本奏人くんに会える日。バイト代を全てつぎ込んで、今日の握手会のチケットを運良く手にすることが出来た。
チケット当選したときは、驚きと嬉しさで、心臓が止まるかと思った。イベントは、毎回ハズレで、やっとやっと……やっと手に入れた幸運。もう、握手できたら死んでもいいってくらい嬉しい。
(奏人くん。早く会いたいよ。)
私は、嬉しさでニヤけそうになるのを、頬を引っ張り必死で我慢する。
全速力で走って、何とか時間ギリギリで間に合って、そのままバスに乗り込んだ。
もうすぐ大好きな推しに会える。私は、きっと、この日のために転生したんだ。
♢♢♢♢♢♢♢♢
―――10年前のあの日。
私は、どうやら一度死んで転生したらしい。
「えっ?わたしなのに、わたしじゃない。」
お姉さんの手鏡に映る私は、見慣れた姿とは違っていた。
顔は確かに私の顔だったけれど、微妙に違う。まず、瞳と髪の色が全く違った。
私の髪は金色で、瞳は青色だった。でも、鏡に映る私は、黒髪黒目の女の子。瞼も二重が一重になって、ぱっちりした目だったのが、少し小さく見える。
「顔は似てるけど、わたしと違うわ。」
手をかざして魔法を使おうとするが、そもそも魔力を感じない。
「魔法が使えない……。魔力もなくなってるわ。」
「えっ!エルミアちゃんの世界は魔法が使えたの?すごっ、本当に転生者なんだ。しかも、異世界から……。」
更に驚きの声を上げ、何だか感心したように頷いているお姉さんだったけど、私は不安でいっぱいだった。
体の大きさから、多分この体も6歳くらい。でも、エルミアの記憶以外は何も覚えていなかった。
生まれてから今までの記憶が何もなく、どうして此処にいるのかも分からない。
知らない場所で、親も住んでる場所も何も分からない中、これから一人でどうやって生きていこうか考えると不安で、また涙が溢れてくる。
「ねえ、エルミアちゃん。行く場所がなければ私と来る?私の家は近くなの。家には旦那がいるけど、こんな可愛いお客さんなら歓迎すると思うわ。どうかな?」
私と目線を合わせて、優しく語りかけてくれるお姉さんに、心がホワッとして安心した。
「……うっ……はい。わた……うぇっ…わたし、いっしょに……行きたい…です。」
溢れる涙を拭いてもらいながら、頭を撫でてくれた優しいお姉さんに、アド兄様を思い出した。もう、兄様たちには会えない。それがとても寂しい。それでも私は、これから此処で生きなければいけない。
「ハハハ、そうと決まれば一緒に帰ろう。エルミアちゃんは疲れてない?少し歩いても平気かな?」
「体は平気です。あの、お姉さん、ありがとうございます。」
お姉さんは立ち上がると、私に左手を差し出した。私は少し迷ったが、お姉さんの手を取る。力強く握ってくれたお姉さんの手は温かくて、とても優しかった。
「そうだ。私の名前は山田美子よ。最近結婚して、さっきも言ったけど家には旦那もいるの。名前は山田結斗よ。よろしくね。」
お姉さんの家に帰ると、私を見て驚いて固まったお兄さんが、お魚みたいに口をパクパクしていた。
それでも事情を聞けば、お姉さんの言う通り、とても歓迎してくれて、三人で美味しい夕食を食べた。初めて見る料理に戸惑ったけれど、お兄さんの作った夕食は美味しくて、忘れられない味になった。
あの日、美子姉さんに見つけて貰えた私は、本当に幸運だったと思う。
頭の変な子って思われてもおかしくないのに、美子姉さんは私の話をちゃんと聞いてくれて、私自身を見てくれた。
結局、あれから私みたいな面倒な子を迎えてくれて、大切に育ててくれる。私も16歳になり、高校一年生になった。
今では、異世界人じゃなくて、日本人としての意識の方が強い。公爵令嬢だったのが嘘みたいに思える。
突然死んで、転生して知らない世界に飛ばされたけど、今の私は幸せだ。
もしも、アド兄様やルカ兄様、両親に会えたら胸を張って『私は幸せだから、安心してね。』と言える。
そして今日、私の幸せが、また新たに更新される。
「最愛の推しに、もうすぐ会える。」
待ちきれなくて今すぐに飛んで行きたい気持ちになる。取り敢えず、それは無理なので会場近くのバス停で降りたら、自然と早足になる。
ああ、早く会いたいよ。奏人くん。
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