ここは……天国?
賑やかな音に目を開けると、キラキラ光る眩しい明かりに、目の前には見たこと無い大きな建物。あっという間に目の前を通り過ぎて行く大きな何か。そして、見たことない服を着た大勢の人が、忙しそうに通りすぎていく。
「あれ?わたし死んじゃったよね?」
殿下からのお茶を飲んだら苦しくて痛くて、声も出なくて、多分……毒を盛られた。
わたしが第一王子殿下の婚約者になると都合が悪い人が仕組んだんだ。
殿下から頂いたお茶だと言っていたが、きっと嘘だったんだ。殿下が、こんなことをする筈がないもの。
「死んだとしたら……ここは天国なの?」
目の前には見たことない物ばかり。前にも後ろにも上に下にも横にも、ぜーんぶ知らないものばかり。それも天国なら当然かもしれない。
あっ、でも知ってるものが一つあった。
「空は、同じね。お星さまは見えないけれど、お月さまは見えるわ。昨日と逆ね。」
昨日の夜は、アド兄様とルカ兄様と寝る前に夜空の星を見た。
アド兄様にわたしの大好きな絵本を読んでもらって、「寝る前にお月さまを見たいわ」って言ったわたしのお願いを二人が聞き入れてくれた。
わたしの一番大好きな絵本。
それは、お月さまが盗まれ真っ暗になった世界で、一人怖くて泣いていたお姫様を助ける王子様のお話。
どんな困難に直面しても、お姫様を笑顔にするため、諦めずに挑戦し続け最後にはお月さまを取り戻す。そして、二人は永遠に幸せになる。
お姫様の為に頑張る王子様の姿に、心臓がドキドキした。私もいつか、私だけの王子様を見つけたい。
この絵本を好きになってから、お月さまも好きになった。いつも本を読んで後は、お兄様達にお願いすると、一緒にお月さまを探してくれる。
だけど、昨日は残念ながら雲に隠れてしまって、お月さまは見えなかった。
「また、明日一緒に見てみよう。」
「アド兄様、ルカ兄様、二人とも約束よ。」
「ああ、約束だ。」
本当なら、今日の夜も一緒にお月さまを見る予定だった。
アド兄様に絵本を読んでもらって、寝る前に三人でお月さまを見る約束だったのに……。
「……うぅっ…一緒に……お月さま……見るって……言ったのに……ふぇっ……一人で…見ても……たのしく……ないよ。ふぇっ…えっ……。」
わたしは、もう死んじゃったからお兄様たちに会えない。お母様にもお父様にも、ずっとずっと会えないんだ。
これから天国で、わたしは独りぼっちで、どうしたらいいの。
お父様、お母様、アド兄様、ルカ兄様。みんなに会いたいよ。
「ふっ……うぇっ……。」
悲しくて悲しくて涙が止まらない。泣いてもみんなに会えるわけじゃないのに、悲しくて辛くて寂しくて、どんどん涙が溢れてくる。
一人、その場で立ち尽くし、わたしは泣きながら夜空の月を見つめていた。
「お嬢ちゃん、一人でこんな夜遅くに、どうしたの?ママやパパは一緒じゃないのかな?もしかして迷子?」
不意に声をかけられ、びくりと体が震える。声のする方へ恐る恐る顔を向けると、そこには笑顔の女の人が立っていた。
「ああ、ごめんね。驚かせちゃったかな。別に怪しい人じゃないから安心してね。誰かと一緒なら良いんだけど、一人でこんな所にいるのが気になってね。ああ、こんなに泣いて、やっぱり迷子かな?もう大丈夫だよ。私と一緒にママ達を探そうか。お嬢ちゃん、お名前言える?」
女性の優しい声音が心に染みて、余計に涙が溢れてくる。
「あっ…あのね……ふぇっ……わた…わたしね……うっうぇっ……。」
涙が溢れて止まらないから、上手く言葉が続かない。それでも、お姉さんは優しい笑顔で待っててくれる。
「急がなくていいよ。ゆっくりで良いからね。」
お姉さんが、ハンカチで涙を拭ってくれて、優しく背中を擦ってくれる。その手の温かさに気持ちも落ち着いてきて、少しずつ流れる涙も減っていく。
「お姉さん……ありがとう。あのね、わたしはエルミアって言うの。エルミア・ヴァレンシア、6歳よ。わたしは死んじゃったから、一人で天国に来たの。家族はいないわ。」
わたしの自己紹介を聞いて、お姉さんが目を大きく見開いて驚いた顔を見せる。
暫く固まったまま動かなくなったけれど、突然、我に返ったように慌て出した。
「えっと、エルミアちゃん?死んじゃったって…どういうこと?親が死んでいないってこと?それともそう言われて、置き去りにされたとか?それなら警察に連れてった方がいいのかな。日本語話してるけど、名前からして外人さんだよね。」
お姉さんが、ブツフツと何か話しているけど、良く意味が分からない。
もしかして、ここは天国じゃないの?
「お姉さん、あの……ここは天国じゃないの?」
心臓がドキドキと煩いくらい鳴り響く。死んだ筈なのに、心臓が動いているなんておかしいけれど、人それぞれなのかもしれない。
それとも、もしかして……と期待してしまう。
「エルミアちゃん、ここは天国ではないわ。ここは日本よ。あなたは死んでいないし、ちゃんと生きてるわ。」
「ニホン?」
お姉さんが口にしたのは聞いたことのない名前だった。でも、天国とは違うみたい。
わたしは、生きている?
「わたしは、死んでないの?それならニホンは、クレッセーレ王国からどのくらいの場所にあるの?」
お姉さんが王国の名前を聞いて困った顔をする。考えても分からないようで、ポケットから四角い何かを取り出して、指で触りながら何かしている。
「エルミアちゃん、そのクレッセーレ王国と言うのは、初めて聞くわ。多分だけど、世界中探しても見つからないかも。」
王国がないとはどう言うことかしら。
「エルミアちゃんは、どうやってここに来たの?」
お姉さんの笑顔が少し強張って見える。
「それは、わたしも分からないの。お兄様達とお茶を飲んでいて、多分そのお茶に毒が入っていたの。それでわたしは死ぬんだなって思って目を閉じて、次に目を開いたらここにいたの。」
お姉さんのお顔が青くなったと思ったら、頭を抱えて蹲ってしまった。
そのまま唸っていたお姉さんが、急に顔を上げて、わたしの顔を覗き込む。
「エルミアちゃん、落ち着いてね。私も信じられないけど、あなたの話が本当なら、ここはあなたがいた世界とは別の世界かもしれないわ。こんなの物語の世界の話だと思ってたけど、私、転生もの好きなのよね。よく読んでるのよ。嘘みたいだけど、あなたは死んで転生したのかも。ちょっと待ってね。えっと、ほら、どうかしら?」
お姉さんが、鞄から取り出したのは手鏡だった。それを私に向ける。
わたしは、そこに映った自分を見て呆然とする。見慣れている筈の自分の顔なのに、似ているようで微妙に違う。
「えっ?わたしなのに、わたしじゃない。」
エルミア・ヴァレンシア、6歳。
どうやらわたしは、死んで天国ではなくニホンにテンセイ?したようだ。
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