私の王子様
「何をしているの?」
聞き覚えのある声。私が彼の声を間違えるはずがない。大好きなあの人の声が聞こえた。
「ミア?」
ああ、優しく私の名を呼ぶ声に、暗く曇った私の心が一気に晴れていく。
(うぅぅ……奏人だ。奏人が来てくれた。)
大好きな推しの顔を見て、嬉しさで涙が出そうだ。奏人の姿に、嫌悪感も恐怖心も全てが一瞬で消え去り、私の心は幸福感で満たされる。
「……ミア…だと…。誰だ、お前は。」
変態王子が、奏人に向かって敵意を剥き出しにして、思い切り睨みつける。
それでも、奏人は表情一つ変えずに国宝級の王子様スマイルで私だけを見ていた。
「初めまして、僕は橋本奏人と言います。カナトと呼んで下さい。それで?ミアは何をしているの?」
変態王子に向かって自己紹介をすると、奏人は直ぐに私に視線を向ける。それを見た変態王子は、抱き寄せていた私を離して奏人から私を隠すように前に立った。
「気安く彼女に話しかけるな。彼女は第一王子である私の妃となるものだ。お前が勝手に話しかけて良い相手ではない。それに勝手に愛称で呼ぶなど許せることではない。今すぐに、この場を去れ!」
奏人に失礼な態度を取ることも許せないが、奏人に誤解されることを言うのは、もっと許せない。婚約は白紙になっていて、変態王子の妃になる予定は、この先何があっても絶対に有り得ない。
「第一王子の妃に?ふぅん…そうなんだ。それなら、ミアがあの時、僕に言ってくれた言葉は嘘だったの?どんな僕でも好きだって言ってくれて嬉しかったのに。僕と一緒に居てくれるって言ったのも全部嘘だったのかな?ミアがそんな嘘つきだったなんて、僕はとても悲しいよ。ねぇ、ミアは、何か言うことはないの?」
奏人の悲しそうな声に、変態王子の後ろから顔を覗かせると、真っ直ぐに此方を見ている奏人と目が合った。
(あっ……あれは、ちゃんと奏人だ。)
口調や態度は王子様な奏人だけど、あの目は、素の奏人だ。
『何か言うことはないの?』って奏人は聞いてくれた。それなら、私は自分の気持ちを正直に話すだけ。推しに嘘は吐けない。隠し事をするのは、ファン失格だ。
奏人に聞かれたら、全て真実だけを語る。そんな私の言葉を、奏人は信じてくれる。そう、確信できる。
それに、奏人のあの目は、『俺を信じろ』と言っている。私が何を言っても、奏人なら何とか出来そうだと思えてくる。
「お前、勝手に彼女に話しかけるなと言っているだろう。」
変態王子が奏人に気を取られている間に、私は優しい笑顔を向ける彼の元へ駆け寄った。
「奏人!誤解しないでね。私は第一王子と結婚する気はないよ。婚約も白紙になってるし、私には婚約者だって、結婚相手だって、恋人だっていないから!私は生涯、奏人だけを想ってる。奏人には、身も心も全てを捧げているの。私は奏人と一緒にいるよ。」
奏人に出会って好きになって、一生奏人のファンでいると決めたんだ。私の想いを、変態王子のせいで誤解されてしまっては困る。
「なっ……エルミア、何を言ってるんだ。」
変態王子が近づいてくる足音が聞こえたが、直ぐに奏人が私を抱き寄せた。
変態王子に抱きしめられた時には嫌悪感と恐怖しかなかったが、今は違う。
奏人に優しく抱き寄せられ、嬉しさと喜びと幸福感に包まれている。
「僕は今、とても嬉しくて幸せだ。君に想ってもらえて、一緒に居てくれると言ってもらえて、本当に嬉しいよ。君の全ては僕のものだ。これからも僕の傍から離れないで。」
抱き寄せられているから、奏人の声が近くで聞こえる。切なく甘い言葉に、私の心臓は早鐘を打つ。
「ミア、ちゃんと僕を見て約束して。僕の傍から離れないでね。ほら、返事は?」
抱き寄せる力を緩めて、奏人が私の顔をじっと見つめる。恥ずかしくて視線を逸らすと、奏人は私の頬に優しく触れた。驚いて視線を戻すと、優しく見つめる奏人と視線が重なる。
「約束する。奏人の傍から離れないよ。」
「うん。ありがとう、ミア。」
私の言葉に嬉しそうに笑う奏人が眩しすぎて、彼の胸に顔を埋めると、抱き寄せる腕に力が籠った。
(はぁぁ、ヤバい。幸せすぎて倒れそう。)
こんなに幸せで良いのか、逆に不安になってしまう。何か悪いことが起きないか心配になった時、私は思い出した。
「あっ……、第一王子……」
二人の世界を作ってしまったが、そういえば、ここには変態王子も居たのだった。
すごく気まずくて奏人の腕の中から顔を上げることが出来ない。
変態王子は、多分そこに居るような気配はしている。ずっと無言なので、何を思ってどんな顔をしているのか分からず、少し気になる。
「あら?あらあら?エルちゃんの体調が気になって来てみたら、どういう状況かしら?」
突然、お母様の声が聞こえたので、顔を上げると、穏やかな笑顔のお母様が立っている。
「公爵夫人……彼とエルミアは……。いや、すまない。今日はこれで失礼する。」
変態王子が、お母様の登場で直ぐにこの場を後にする。そして、そのまま帰って行った。
「やっと帰ってくれたな。ミア、もう大丈夫だ。これで暫くは、ミアにちょっかい出してくることはないだろう。」
私を抱き寄せたままの奏人が、安心したのか脱力して私に凭れてくる。
「カナトくん、ありがとう。あなたが居てくれて助かったわ。さすが、エルちゃんの選んだ男性ね。カナトくん、これからもエルちゃんの事をよろしくね。」
「そうですね。ミアは僕の傍にずっと居てくれるみたいなので、僕の方こそ、よろしくお願いします。」
私の知らない間に、お母様と奏人が更に仲良くなったみたい。
本当の王子様は、ただの変態王子様だったけど、私にとっての王子様はやっぱり一人だけだ。
私のピンチに助けに来てくれた優しくて格好いい私だけの王子様。
いつも私を救ってくれる国宝級イケメンは、誰よりも本物の王子様に違いない。
ここまで読んでいただき、ありがとうございます。次回もよろしくお願いします。




