推しに隠さず説明します。
お父様やお兄様達との話し合いが終わり、私はその足で奏人の部屋へと向かった。
客室は、家族の部屋と離れているので、少し距離がある。それにしても、広い屋敷だ。
幼い頃は、これが普通だと思っていたので何も思わなかった。公爵家ともなると当たり前なのだろう。でも、日本でのアパート暮らしを経験すると、屋敷の広さに度肝を抜かれる。先程、屋敷の中を案内してもらったが、記憶に残っている場所もあれば、覚えてない場所もあり、暫くは迷子になりそうだ。
そんな中、私は奏人の部屋への道順だけは、しっかりと覚えた。これだけは何があっても忘れないと思う。
――コンコン――
「はい、どうぞ。」
ドアをノックすると、中から植田さんの声が聞こえた。少し緊張している私は、深呼吸をしてドアノブを回す。
「ミアです。失礼します。」
ドアを開けると、植田さんと奏人がソファに座った状態で、私に視線を向ける。
「ああ、ミアちゃん。話し合いは終わったの?ちょうど、奏人とお茶をしてたんだ。ミアちゃんも飲むよね?」
植田さんが、笑顔で迎えてくれる。手招きして、私に座るように促した。私は、ドキドキしながら、奏人の向かい側に腰かける。
植田さんは、私の為にお茶の用意をしてくれている。さすがは、マネージャーさん。手慣れている様子だ。
「お茶を入れるのは得意なんだ。美味しいと思うけど、ミアちゃんの口に合うと良いな。」
「ありがとうございます………うん、とても美味しいです。」
一口お茶を飲んで笑顔で答えると、植田さんは嬉しそうにしている。植田さんの入れてくれたお茶を飲むと、少しだけ心が落ち着いた。
「それで?話し合いは、どうだったんだ?何か戻る方法は分かったのか?」
素の奏人が、ソファに凭れて足を組んだ状態で、私をじっと見つめている。
彼は感情の読み取れない顔をして、じっと見つめる瞳が私を捉えて離さない。お茶を飲んで湿った彼の唇は艶々していた。
折角、植田さんのお茶を飲んで落ち着いた私の心が、またドキドキと騒ぎ出した。
私は、奏人から視線を逸らすこと無く、美しい整った顔を観察していると、直ぐに限界を超えてバッと鼻を押える。
「はぁ、お前…まさか……またかよ。」
溜め息を吐いた奏人が、自分の鼻をツンツンと軽く叩きながら、不敵に笑って私を見る。
(危なかった。でも、今回はセーフよ。)
奏人を見るたびに鼻血を出してたら、出血多量で貧血になってしまう。それに、毎回鼻血を出して、それを見られるのは恥ずかしい。私だって繊細な女の子だし、興奮して鼻血を出して、推しに幻滅されたら生きていけない。
どんな奏人にも耐えられる血管にする為、今すぐに鍛え直さないと駄目だ。部屋に戻ったら特訓だ。
「今回は…大丈夫です。それより、話し合いの結果を伝えに来ました。そのままお話ししても良いですか?」
私が気持ちを切り替えて話し始めると、直ぐに奏人が不機嫌になる。
(もしかして、私が鼻血出そうになって不愉快とか?)
奏人の不機嫌に私が慌てていると、植田さんが、奏人を見て呆れている。
「奏人、今はミアちゃんの話を聞くことが先決だ。ミアちゃんが敬語だからって、そんな顔をするんじゃない。ミアちゃんが話しづらくなるだろう。」
「別に、普通の顔だろう。もういいから、ミアさっさと話せよ。」
奏人が拗ねたように私から顔を背けた。
(もしかして、敬語だから不機嫌になったの?)
奏人の不機嫌の理由に、可愛くてキュンとする。そういえば、敬語になると奏人は嫌そうな顔をする。今も、無意識に敬語になってしまったが、直ぐに反応して顔に出るなんて可愛い。
「うん、それじゃあ話すね。私の転生の事だけど………。」
そっぽを向いたままだったけれど、敬語を無くすと少し嬉しそうな奏人が、更に可愛くて、私の心臓はドキドキと鳴りっぱなしだった。
―――全てを説明中―――
「話を纏めると、転生はミアの特殊能力だけど、兄の特殊能力と影響し合っていて、次はどう反応するか分からない。しかも、転生できても、場所は選べないってことか。」
話しを終えて、二人は難しい顔で考え込んでしまった。それもそうだ。二人は、転生に巻き込まれて異世界に転移し、帰る方法が現時点で何も無い。巻き込まれただけなのに、その後の未来を奪われてしまったのと同じだ。
「本当にごめんなさい。あの時、奏人に抱きついていなかったら、二人を巻き込むことはなかったはずなのに、謝って済むことじゃないけど、本当にごめんなさい。あの、今は分からなくても、必ず二人を戻す方法を見つけるから、だから、それまで暫くは私と一緒にいてくれる?」
私は、深く頭を下げて謝罪する。自分の意思では無いとはいえ、二人を巻き込んでしまったことが、本当に申し訳ない。
「もういい。謝るな。俺の命が助かったのはミアのお陰だ。俺の方こそ、ミアが転生したと言うことは、お前は俺のせいで死んだんだろう。お前が死んだのは、俺の事情に巻き込んだからだ。俺の方こそ、痛い思いをさせてごめん。ミアのお陰で、俺は生きている。俺を助けてくれて、ありがとう。」
奏人が、立ち上がって頭を下げて謝罪とお礼を口にする。
奏人が悪いわけではなく、ストーカーが全て悪いのだから、奏人が謝る必要はない。それに、奏人の命を救えて、私は嬉しいのだ。
「頭を上げてよ。奏人は一つも悪くないよ。それに、奏人の命を救えて嬉しいしかないんだから、私の方がお礼を言いたいくらいよ。生きててくれて、ありがとう奏人。」
私の言葉に、目を大きく見開いた奏人が、次の瞬間、とびきり優しい笑顔を見せる。
「命を助けた方が、お礼を言うとかおかしいだろ。本当にミアは、面白い女だな。俺は、別にいいよ。暫く一緒にいてやるよ。どうせ戻れないなら、面白い女の観察してるのも楽しそうだからな。」
奏人が楽しそうな笑顔を見せて、私に向かって手を差し出した。不思議に思って首を傾げると、奏人が更に手を前に出してくる。
「握手してやるって言ってるの!会場では握手できなかっただろう。これから、よろしくってことで、ほら、手を出せよ。」
奏人の言葉に、確かに会場では握手する寸前で、結局できなかった事を思い出す。
私は震える手を前に、恐る恐る奏人に近づける。もうすぐ触れる所で、奏人が私の手を掴んだ。
「今度は邪魔が入らないように、ちゃんと掴まえたぞ。」
私の手を取り握ってくれた奏人の手は、とても大きくて温かくて、私の小さな手がすっぽりと包まれてしまう程だった。
♢♢♢♢♢♢♢♢
「ただいま!私の可愛いエルちゃんは、どこかしら。」
馬車を降りて、屋敷に入ると同時に、美しい女性が声を張り上げた。
「奥様、お帰りなさいませ。お嬢様はお部屋におりますが、まずは旦那様がお話しがあるそうです。」
出迎えられたのは、この屋敷の女主人。つまり、エルミアのお母様だ。
「先にエルちゃんに会いたいのだけど、仕方ないわね。先に旦那様のお話しを聞くわ。それに、私も急ぎで話があるのよね。」
彼女は、エルミアに会いたい気持ちを我慢して、先に夫の待つ部屋へと向かう。
「あっ、そうだわ。明日のお昼過ぎにお客様がいらっしゃることになったから、準備してもらえる?」
「もしや、奥様…そのお客様とは……」
執事の問いに、彼女は深い溜め息を漏らす。
「そうよ。説得できなかったの。本当に面倒だわ。」
彼女は、明日の来客の事を思い浮かべて、困った顔をする。
娘を捜索する夫の代わりに出向いたのに、何度話しても相手は聞き入れてくれなかった。
「しつこい男は嫌いよ。きっとミアちゃんも、そう思うわ。だって、ミアちゃんは私と似ているものね。」
彼女は、明日の来客の事を夫に伝えるため、夫からの話を聞くため、急いで彼の待つ部屋へと向かった。
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