第八話:辛口レビュー
今、僕はレイラちゃんと二人で、現代にダンジョンが出現しちゃった系の小説や漫画を読んでいるところだ。
目的はもちろん、これから僕たちが作ろうとしているダンジョンの参考にするため。
とはいえ、ただ楽しく作品を読むだけではない。
僕たちはこれから、物語の中だけに存在していたダンジョンを、本当に現実へ持ってこようとしている。
だから、普段なら気にせず読み流してしまうような設定まで、一つ一つ確認していく必要があった。
「うーん。この設定はダメね……」
僕の隣で画面を眺めていたレイラちゃんが、さっそく渋い顔をした。
今読んでいるのは、ある日突然世界にダンジョンが出現し、それと同時に人間が『ステータスオープン』を使えるようになった世界を描いた漫画だ。
「なんで?」
僕が尋ねると、レイラちゃんは当然のように答える。
「だって、今でも人間は学歴とか何とかで差別するでしょ? それがステータスオープンとか出来るようになったら、目に見て優劣が分かるじゃない? ステータス百未満のやつはゴミ、みたいな感じでさらに差別が増えると思うわ」
「確かに……それは良くないね」
言われてみればその通りかもしれない。
今の社会だって、学歴や収入、肩書きなんかで人を判断することはある。
そこへさらに、人間の能力が明確な数字として表示されるようになったらどうなるのか。
筋力。
魔力。
敏捷性。
知力。
そんなものまで数字になって、誰でも簡単に確認できる。
もしかすると、その数字一つで人間の価値まで決めつけられる社会になってしまうかもしれない。
それは、僕が作りたい世界とは少し違う気がした。
「というか、この漫画、いくら主人公を最強にしたいからって設定に無理がありすぎない?」
レイラちゃんの追及はまだ終わっていなかった。
「人類のトップがステータス五百とかの世界で、主人公のステータスが九万九千九百九十九って、いくらなんでも無理でしょ。小学生の妄想かしら?」
「そこまで言う?」
「あと、なんでみんながみんな戦うのが好きなの? この世界の住人たち、人格操られたりしてない? 大丈夫?」
「それは言いすぎじゃない?」
そしてレイラちゃんは毒舌である。
昨日会ったばかりの頃から何となくそんな気はしていたけれど、どうやら僕の予想以上だったらしい。
僕は別に、物語として面白ければ多少設定が破綻していても気にしない。
むしろ、勢いで全部押し切ってしまう作品も結構好きだ。
でも、レイラちゃんはそういう部分がどうしても気になるらしい。
神様の眷属として、実際に世界の仕組みに関わってきたからなのだろうか。
現実に成立するかどうかという部分に、妙に厳しい。
「まぁ、そうだね。じゃあステータスオープンはしない世界にしようか」
「それがいいと思うわ」
レイラちゃんは満足そうに頷いた。
僕は昨日出してもらった光のホワイトボードへ、
『ステータスオープン――不採用』
と書き込んでおく。
これで、とりあえず一つ決まった。
「じゃあ、ステータスオープンしない現代ダンジョンの漫画を読みたいけど……大体の漫画がステータスオープンするね。なんでだろう」
検索結果を眺めながら僕が呟く。
もちろん、全ての作品にあるわけではない。
ただ、思っていたよりかなり多い。
「そりゃあ、読者にも作者にも分かりやすいからよ」
「読者が分かりやすいのは理解できるけど、作者が分かりやすいというのはどういうこと?」
「大体のバトル漫画の面白いところっていうのは、主人公とかが成長していく過程でしょ?」
「まぁ、そうだね」
「だけど、成長の過程を書くのって結構難しいのよ」
レイラちゃんは画面を指差す。
「でもステータスオープンしとけば、そのステータスの数字を大きくすれば成長の過程を書けるでしょ? 十だった数字が百になれば、読んでる側も『強くなった』ってすぐ分かる。だからそういう事よ」
「なるほど」
そう言われると、かなり分かりやすい。
「まぁ、こうやってそういう系の漫画がたくさんあるってことは、それだけ需要があるってことだから、別に良いけどね」
「うーん。まぁ、これはレイラちゃん個人の感想だからね。そうやって決めつけるのは良くないよ」
「まぁそうね」
レイラちゃんも素直に頷いた。
「これまでこういう系の漫画読んでなかったから、さっきのは素人の戯言よ」
「そういうことにしとこうか」
「何よ、その言い方」
レイラちゃんが少しだけ頬を膨らませる。
どうやら、自分でも少し言いすぎたとは思っているらしい。
ただ、その後も別の作品を読み始めるたびに、
「なんでそうなるのよ」
「そこ誰も疑問に思わないの?」
「絶対これ悪用する人間出てくるでしょ」
と、結局ずっと何かしらにツッコミを入れていた。
こうして見ると、辛口レビューをしているレイラちゃんを眺めるのも、それはそれで結構面白い。
◇
そんなことを続けているうちに、時刻はもう昼を過ぎていた。
少し前に僕は昼ご飯を食べ終えたところだ。
ちなみに食事をしようとした時、レイラちゃんから、
「あんたは不老不死なんだから、もうご飯とか食べなくても良いわよ」
と言われた。
どうやら今の僕は、食事を取らなくても死ぬことはないらしい。
けれど、だからといって食べるのをやめるつもりはなかった。
十七年間ずっと続けてきた習慣というのもある。
それに何より、美味しいものを食べるのは一つの楽しみだ。
せっかく不老不死になったからといって、わざわざ人生の楽しみを一つ減らす必要もないだろう。
ということで、今後も三食しっかり食べていくつもりである。
「はぁ……」
僕が次に読む作品を探していると、隣から疲れ切ったため息が聞こえてきた。
見ると、レイラちゃんが机の上でぐったりしている。
「なんか、今日はいろいろとツッコむの疲れたし、お開きにしときましょうか」
「レイラちゃんが勝手にツッコんでただけじゃない?」
「誰のために細かいところまで見てあげてると思ってるのよ」
「僕たちの世界のためです」
「分かってるならよろしい」
そう言って、今日の勉強会は解散することになった。
レイラちゃんは朝からずっと、
「あれがおかしい」
「これは現実では無理」
「この設定どうなってるのよ」
とグチグチ言っていたので、どうやら本当に疲れたらしい。
僕は改めてホワイトボードを見る。
今日決まったことは――。
『ステータスオープン――不採用』
以上。
「……一日かけて、一個だけか」
「一個でも決まったんだからいいでしょ」
「まぁ、それもそうか」
その下には、これから考えなければならない項目がいくつも並んでいる。
レベル。
スキル。
魔法。
魔石。
ダンジョンの数。
出現場所。
探索者制度。
モンスター。
報酬。
他にもまだまだある。
眺めているだけで先の長さが分かる。
とはいえ、神様から急ぐ必要はないと言われている。
世界を丸ごと変えるような計画なのだから、むしろ一つずつ慎重に決めていくくらいでちょうどいいのだろう。
まぁ、時間ならたくさんある。
焦らず、ゆっくり考えていけばいい。
こうして、ダンジョン出現計画の最初の一日は――。
ステータスオープンを不採用にするだけで終わった。
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