第七話:ダンジョン出現計画
神様との奇妙な交換日記を終え、僕は黒いノートを閉じた。
ノートを拾ってから、まだそれほど日が経っていない。
それなのに、気がつけば僕は神様の眷属になり、妖精と知り合い、異世界と地球を繋いでダンジョンを作ろうとしている。
改めて考えると、意味が分からない。
さすがに今日は色々ありすぎた。
これ以上考えても頭が回らなさそうなので、今日はもうゆっくり休むことにした。
◇
翌朝。
目を覚ますと――目の前に妖精がいた。
「…………」
まだ完全に覚醒していない頭で、僕は目の前の存在を見つめる。
ラベンダー色の髪。
小さな身体。
昨日、神様から送り込まれてきた妖精――レイラちゃんだ。
僕の顔のすぐ近くを、ふわふわと浮いている。
「おはよう、レイラちゃん」
「……おはよう。って、あんた起きるの早いわね」
レイラちゃんに言われて時計を見る。
午前六時半。
「普通じゃない?」
「あんた、春休みなんでしょ? 普通の学生なら昼くらいまで寝て、起きてからダラダラ過ごして、気づいたら夜になってて、『今日何もしてない……』って後悔するもんじゃないの?」
「いや、それ普通じゃないから。怠惰な学生だけだから」
「そうなの?」
「そうだよ。それに僕、一応受験生だからね」
「受験生……」
レイラちゃんはそこで何かを思い出したように首を傾げた。
「そういえば、あんた大学行くの?」
「どうしようかな」
ベッドから身体を起こしながら、僕は曖昧に答える。
「ダンジョン出現計画のことも考えないといけないし……」
「ご主人様からも言われたでしょ。その計画はゆっくり進めればいいのよ。あんたが大学に行きたいなら、別に止めないわ」
「そうなんだけど……」
僕は頭を掻く。
「そもそも僕、特にやりたいこともないんだよね」
大学へ行って何を学びたいのか。
将来、何になりたいのか。
先生から何度も聞かれた質問だけれど、未だに答えは出ていない。
「そう……」
レイラちゃんは少しだけ考えるような仕草をしてから言った。
「だったら、とりあえず大学に行って、そこでやりたいことを探すのも一興だと思うけどね。まぁ、あんたの人生なんだから、最後は自分で決めなさい」
「そうだね。まだ時間はあるし、ゆっくり考えるよ」
そこで、ふと疑問が浮かんだ。
「ていうかさ」
「何?」
「なんでレイラちゃんも神様も、そんなに僕のこと考えてくれるの?」
「……どういう意味?」
「僕が勝手に想像してた神様って、もっとこう……『下界の人間など虫けら同然』みたいな感じだと思ってたから」
「何よそれ」
レイラちゃんが呆れた顔をする。
「それは人間が勝手に作った神様のイメージでしょ」
「違うの?」
「少なくとも、ご主人様は違うわね」
レイラちゃんは僕の机の上へ降り立つと、少しだけ真面目な表情になった。
「ご主人様は、ずっと昔からこの世界を見守ってきたのよ」
「ずっと昔って?」
「ずっと昔は、ずっと昔よ。あんたたち人間の感覚で考えても仕方ないくらい」
さすが神様。
時間のスケールからして違うらしい。
「だから、あんたたち人間はご主人様にとって、子供みたいなものなのよ」
「子供?」
「そう。何百年、何千年って見守っていれば、嫌でも愛着くらい湧くわ」
レイラちゃんは少し考えてから続けた。
「あんただって、ずっと何かの成長を見守ってたら、それがたとえ虫だったとしても多少は愛着が湧くでしょ?」
「……なるほど」
例えが虫なのはどうかと思うけど、言いたいことは分かった。
神様にとって人間は、どうでもいい下等生物ではない。
遥か昔から見守り続けてきた存在だからこそ、放っておけないのだろう。
「子供か……」
僕は小さく呟く。
「じゃあ、親孝行のためにも、ちゃんと今後について考えないとね」
「そうね」
レイラちゃんは頷き――僕の姿を上から下まで見た。
「その前に、あんた寝起きでしょ。顔洗って、着替えて、朝ご飯食べてきなさい」
「あ」
完全に忘れていた。
「そうだった!」
◇
顔を洗い、着替え、朝食を済ませる。
それから自室へ戻った僕は、改めてレイラと向かい合った。
いよいよ、ダンジョン出現計画について本格的に考えていく。
「それじゃあ、始めましょうか」
「よろしくお願いします、先生」
「誰が先生よ」
そう言いながら、レイラちゃんが小さな手を前へ出す。
すると昨日と同じように、淡い光の粒子が空中へ集まり始めた。
光は徐々に長方形を形作り、やがて僕たちの間に半透明のホワイトボードのようなものが浮かび上がる。
「まずは、今後の流れを大まかに決めておきましょう」
レイラちゃんが指を動かすと、光の文字がホワイトボードへ書き込まれていく。
「最初に考えないといけないのは、ダンジョンそのものね」
「ダンジョンそのもの?」
「そう。世界中にいくつ出現させるのか。どこに出現させるのか。どれくらいの規模にするのか。内部の構造や深さはどうするのか。最低限、それくらいは決めないと話にならないわ」
「なるほど……」
言われてみれば当然だ。
僕はこれまで、漠然と『ダンジョンを作る』としか考えていなかった。
けれど、実際に作るとなれば決めなければならないことはいくらでもある。
「まぁ、その辺は参考資料がたくさんあるから大丈夫じゃない?」
「参考資料?」
「ほら、現代社会に突然ダンジョンが出現する漫画とか小説って、いっぱいあるでしょ。それを参考にして考えていけばいいんじゃない?」
「ああ、なるほど」
レイラちゃんは納得したように頷く。
「私はそういうのに詳しくないけど、あんたはよく読むの?」
「うーん、たまにかな」
漫画も小説も、それなりには読んできた。
ただ――。
「今までは何も考えずに『面白いなー』って読んでただけだからね。実際にダンジョンを作る側の目線で読むとなると、だいぶ変わりそう」
「でしょうね」
レイラちゃんも苦笑する。
「物語なら『ダンジョンが出現しました』の一言で済むでしょうけど、現実ではそうはいかないもの」
「確かに」
「漫画や小説ならご都合主義で流せる部分も、実際に地球へ出現させるなら全部考えないといけない。たぶん、あんたが思ってるよりずっと大変よ」
「……今からちょっと嫌になってきた」
「言い出したのはあんたでしょ」
正論なので何も言い返せない。
「それじゃあ、まずダンジョンの設計を考えるとして……その次は?」
「そうね」
レイラちゃんがホワイトボードへ新しい項目を書き加える。
「その頃には、ご主人様も向こうの世界の管理者と話をつけていると思うから――次は実際に異世界へ行くことになるでしょうね」
「おお……」
思わず身を乗り出す。
「異世界」
昨日説明を受けた時にも聞いた言葉だ。
だけど、改めて自分がそこへ行くと言われると、急に現実味が増してくる。
小説の中では何度も見た。
ゲームでも何度も冒険した。
まさか自分が、本当に異世界へ行くことになるとは思わなかった。
「どうやって行くの?」
「私の転移能力で行くわよ」
「……え?」
「何よ」
「レイラちゃん、転移できるの?」
「まぁね」
レイラちゃんは得意げに胸を張る。
「すごいでしょ?」
「それは普通にすごい」
「昨日だって、あんたとの話が終わってから転移を使って世界中を見て回ってきたんだから」
「昨日のあの短時間で?」
「私を誰だと思ってるのよ」
「口の悪い小さい妖精」
「喧嘩売ってる?」
「褒めてる」
「どこがよ!」
レイラちゃんが頬を膨らませる。
少し話が逸れてしまった。
「……まぁ、いいわ」
レイラちゃんは咳払いを一つして、説明へ戻る。
「私の転移であんたを異世界まで連れていく。そこで実際に向こうの状況を確認するのよ。魔物がどれくらい増えているのか、どんな土地があるのか、どういう生態系なのか――その辺りを自分たちの目で確かめる」
「なるほど」
「それと、向こうの管理者の眷属とも話し合うことになると思うわ」
「神様本人じゃないんだ?」
「基本的に、こういう細かい仕事は眷属同士で進めるのよ。管理者がいちいち全部やってたら大変でしょ?」
「神様にも組織運営ってあるんだ……」
「あるわよ。意外と面倒なのよ?」
神様の世界も、思っていたより世知辛いらしい。
「それと、向こうへ行く時はあんたもご主人様の眷属として扱われるから、そのつもりでいてね」
「僕も?」
「当たり前でしょ。今のあんたは一応、ご主人様の眷属なんだから。向こうで失礼のないように」
「うん、分かった」
異世界へ行くだけでも大事件なのに、まさか神様の使者みたいな立場で行くことになるとは。
人生というものは、本当に何が起こるか分からない。
「向こうの世界については……今全部説明すると情報量が多すぎるから、今日は簡単にしておくわね」
「お願いします」
「地球との一番大きな違いは――魔力が存在すること」
「魔力」
「そう。向こうでは魔力を利用して、魔法を使うことができる」
その単語だけで、一気にファンタジー感が増した。
「文明そのものは地球の方が進んでいるけど、向こうには魔力を利用した独自の技術や道具も存在するわ。だから、単純に地球より遅れている世界ってわけでもないの」
「なるほど……」
科学の地球。
魔法の異世界。
文明の発展した方向そのものが違うということだろう。
「詳しいことは、実際に向こうへ行くことが決まってから説明するわ」
「じゃあ今のところは、異世界ラノベによく出てくる剣と魔法のファンタジー世界くらいの認識でいい?」
「まぁ、今はそれでいいわ」
「分かった」
それだけ分かれば十分だ。
「それで、異世界の調査が終わったら?」
「いよいよ地球と異世界を繋げる作業ね」
レイラちゃんがホワイトボードへ一本の線を引く。
左側に『地球』。
右側に『異世界』。
その二つを、一本の線が繋いだ。
「この作業自体は、ご主人様がやってくれると思うわ」
「僕たちは?」
「その『繋ぎ方』を考えるの」
レイラちゃんが二つの世界を結ぶ線を指差した。
「前にも言ったけど、今回作ろうとしているダンジョンは、完全に無から生み出すものじゃない」
「異世界と地球を繋ぐためのもの」
「そう」
レイラちゃんが頷く。
「分かりやすく言えば――トンネルね」
「トンネル?」
「地球と異世界。本来なら交わることのない二つの世界の間に、人工的なトンネルを作る。その内部を、人間たちには『ダンジョン』として認識させるの」
「なるほど……」
つまり僕たちがこれから作ろうとしているダンジョンは、単なる地下迷宮ではない。
二つの世界を繋ぐ巨大な通路そのもの。
だからこそ、そこへ異世界の魔物を流入させることができる。
「だから私たちがこれから考えるのは、そのトンネルを世界中にいくつ作るのか」
レイラちゃんが一本目の指を立てる。
「どこへ配置するのか」
二本目。
「内部をどんな構造にするのか」
三本目。
「そして、地球人と異世界の魔物をどういう形で接触させるのか」
四本目。
「他にも考えることは山ほどあるけど……まぁ、最初はこんなところね」
「思ったより大変そうだなぁ……」
「だから昨日からそう言ってるでしょ」
「でも、なんとなく分かってきた」
頭の中に、少しずつ計画の全体像が出来上がっていく。
まずはダンジョンを設計する。
その間に神様が異世界側と交渉。
次に僕とレイラちゃんが異世界へ赴き、現地を調査する。
そして地球と異世界を繋ぎ、実際にダンジョンを構築する。
もちろん、その先にも数え切れないほどの問題が待っているだろう。
それでも、昨日まで漠然としていた『ダンジョン出現計画』が、ようやく具体的な計画として動き始めた気がした。
「大体の流れは理解できた?」
「うん。大体は」
「よし」
レイラちゃんは満足そうに頷いた。
そして、ホワイトボードに新しい文字を書き込む。
大きく書かれたのは――。
『第一段階 ダンジョンについて知る』
「というわけで、まずは勉強会ね」
「勉強会?」
「そう」
レイラちゃんは僕のパソコンを指差した。
「実際にこの世界で出版されている、現代社会にダンジョンが出現するタイプの小説や漫画を読んでみましょう」
「……なるほど」
まさか漫画やラノベを読むことが、世界を救うための第一歩になるとは。
人生、何が役に立つか分からないものだ。
「それじゃあ――」
僕はパソコンの電源を入れる。
「ダンジョン出現計画、最初の勉強会を始めようか」
「ええ」
こうして僕とレイラちゃんは、人類の未来を左右する壮大な計画のために――。
漫画とラノベを読み漁ることになった。
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