第四話:妖精
「……あんたが黒瀬玲司?」
その第一声は、見た目に反してどこか気の抜けたものだった。
「そうだけど……」
「私はレイラ。なんか、あんたと名前が似てるからって、ご主人様に簡単な説明だけされて、ここへ飛ばされたの。ほんと最悪……」
レイジとレイラ。
……確かに似ている。
いや、本当にそれだけの理由で連れてこられたのか?
というか、不満なのは分かるけど、本音くらい隠そうよ。
「で、ダンジョンを作るんでしょ? 具体的にどうするつもり?ダンジョンを一から作るなんて現状じゃ不可能よ?なんでか分かる?」
不可能?ノートが了承してくれたからできるんじゃないの?
それより、いきなり本題に入る前にちょっと気になってたことを質問しておこう。
「その前に、一つ質問してもいい?」
「……何?」
「ノートの赤文字で話してた人と、レイラちゃんは別人ってことでいいんだよね?」
「……ちゃん?」
レイラちゃんは少しだけ眉をひそめた。
「まぁ、いいけど。ちゃんと質問には答えてあげてって言われてるし」
小さく肩をすくめると、レイラちゃんは説明を始めた。
「赤文字であんたと話してたのは、私たちのご主人様よ。あんたたち風に言うなら、神様とか、地球の管理者とか、そういう存在」
「神様……」
「ちなみに、ノートを置いた理由は暇つぶし」
「……え?」
「最近見たアニメが面白かったから真似したくなったんだって」
「神様ってそんな理由で世界を書き換えるノートを置くの?」
「私に言われても」
レイラちゃんは呆れたように肩をすくめる。
「途中で赤文字の口調が変わったのは?」
「あれが素よ。『是』とか『了』とか言ってたのは、雰囲気が出るからって遊んでただけ」
「……」
「ご主人様って、たまにそういうことするの」
なんというか。
思っていた神様像が音を立てて崩れていく。
「まぁ、大体分かった。それじゃあダンジョンの話を――」
「いや、ちょっと待ちなさい」
レイラちゃんが呆れたように僕を見上げる。
「神様がいるって聞いて、その反応なの?」
「実感が湧かないからね」
「なんで?」
「話してる相手が、ちっちゃい妖精ちゃんだから」
「あんたねぇ……」
レイラちゃんは額に手を当て、大きくため息をついた。
「まぁ、そういう性格だからご主人様も気に入ったのかもしれないけど……本題に入るわよ」
そう言うと、レイラちゃんは指を鳴らした。
すると僕たちの間の空中へ、淡い光でできたホワイトボードが浮かび上がる。
まるで授業でも始まるみたいだ。
「まず質問」
レイラちゃんは僕を見る。
「ダンジョンを一から作れない理由、分かる?」
「……時間がかかるから?」
「不正解」
即答だった。
「正解は、エネルギーが足りないから」
「いやいや。広島型原爆三万二千発分なんだろ?」
「そう。でも、それでも全然足りない」
そう言ってレイラちゃんはホワイトボードへ数式を書く。
E = mc²
「この式、見たことある?」
「ある。でも意味は知らない」
「そう」
レイラちゃんは頷き、説明を始めた。
第一印象は面倒くさそうな妖精だったけど、教え方は意外と丁寧だ。
「これはアインシュタインが導いた、質量とエネルギーの関係を表す式」
「簡単に言えば、エネルギーからどれだけの物質を作れるかを表してる」
そう言うと、式を書き換える。
m = E ÷ c²
「質量を求める式にするとこうなる」
「mが質量、Eがエネルギー、cが光速」
「この式へ地震二つ分のエネルギーを代入すると、生み出せる質量が分かる」
「なるほど」
「それで、どれくらい作れると思う?」
一トンくらいだろうか。
「答えは約二十二キログラム」
「……え?」
「変換効率百パーセントでも二十二キロ」
「少なっ!? トンじゃなくて?」
「キロ」
レイラちゃんはあっさり頷く。
「ちなみに、そのエネルギーって世界中の人間が一日に使うエネルギーとほぼ同じ」
「世界一日分?」
「そう。それでも二十二キロしか作れない」
質量って、そんなに重いのか。
「だから世界中にダンジョンなんて作れない。岩山一つ作ることすら無理」
「広島型原爆三万二千発分なのに?」
「エネルギーとしては莫大。でも、物質をゼロから作るには少なすぎるの」
レイラちゃんは当然のように言う。
「だから、作るんじゃない」
「既にあるものを利用する」
「既にあるもの?」
レイラちゃんは小さく笑った。
「異世界よ」
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