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嫌いが好きな人-4-


 ■


 岬は星芸能の応接室で『青の鬼火』の雑誌取材を受けてた。開始早々、扉が遠慮がちにノックされる。隣に座っていた岬のマネージャーが返事を返すと、顔をのぞかせたのは、葉山のマネージャーの榊原だった。

「あの、葉山くんの取材は」

「さっき終わりましたよ?」

 記者の言葉に、榊原は不安げな表情を浮かべた。

「そう、ですよね。一階で待ち合わせしていたんですけど、葉山くんと連絡が取れなくて」

「携帯忘れてきてるとか?」

 岬のマネージャーが榊原に訊いたが、岬は葉山に限ってそれはないだろうなと思った。

 約束を破ったり遅刻をするような男じゃない。黙って消えたのなら、おそらく自分では、どうにも出来ない事情だろう。

(これだから餓鬼は……今度は、なんだ? 病気か? 怪我か?)

 少し前に葉山が居酒屋の前で体調を崩していたことを思い出して、岬は内心ため息を吐く。

 どうして、あの男は困っているから助けてと周りに言わないのだろう。

 無邪気に言ったところで、誰も嫌な顔なんてしない。なんのために可愛い顔をして生まれてきたんだと思う。

(頭良さそうに見えて、実は馬鹿なのか? 繊細馬鹿?)

 そんな思考は表には出さず、にっこりと笑って榊原の顔を見た。

「あぁ、そういえば、葉山くん、この前『たまには一人で出歩きたいんですぅ』って愚痴ってたよ」

 実際言われたわけじゃない。ただの岬の想像だったが、嘘は言っていない。芸能人なら誰だって思っていることだ。葉山も思ってはいるだろう。彼が周りに言えないことを代わりに言ってやったんだから感謝して欲しいと思った。

「え、葉山くん岬さんにそんなこと言ってたんですか」

 榊原は目を瞬かせて驚いていた。

「言ってた言ってた。葉山くん、今日の仕事終わってるんですよね、好きにさせておいたら? 葉山くんだって、帰りたければタクシー拾って帰るって、子供じゃないんだし」

 岬は葉山のことを子供じゃないと言いながら、実際は子供だと思っている。周囲が、あの子を子供扱いしないから、無邪気に子供になる方法を知らないだけだ。

「私には、あまり話してくれないので……。いえ葉山くん、本当しっかりしてて、手がかからないので、ありがたいんですけど」

「手がかからない? 嘘だぁ。現に今、榊原マネの前から逃亡してるんでしょう。見た目通り自由奔放で楽しい子だね」

 岬は普段から葉山の演じている「嘘」に付き合って苦笑する。

「そう……なんですが。待ち合わせ場所にいないなんて、初めてで、少しだけ気になって」

 岬の想像通りだったが、マネージャーの前でも猫かぶってるのかよと呆れた。岬も全部を人にさらけ出しているわけじゃない。それでも息を抜ける場所くらいは作っている。

「ま、心配しなくても、ちょっと上のラウンジとかでお茶飲んでるんじゃない? そのうち電話してくるでしょ」

 それ、ありそうですね、と本当の葉山を知らない周りの雑誌記者も笑った。周囲が、そうやって笑えるのは、葉山の望んだ姿が、葉山の思った通りに世間に届いているからだ。

 彼らは葉山が抱えている傷や心の闇に少しも気付いていない。

 葉山は、もっと自分の演技力を自覚すべきだ。

(――でもな、葉山くん。一人、心配してるよ。マネージャーが。詰めが甘い。だから、まだ全然、駄目だ)

 だから岬が葉山をフォローした。

「そうですね、心配しすぎでした。最近過保護すぎるとか言われちゃってますし。すみません。取材のお邪魔してしまって」

「いえいえ、お疲れ様です」

 榊原は丁寧に頭を下げて部屋を出て行った。

(……さて、葉山くん、どこ行ったのかなぁ)

 岬は記者の男性に向き直った。

「葉山くんといえば、さっきのインタビューで、普段はちゃめちゃに明るくて元気なのに、演技はすごく丁寧だよねって話してて。やっぱり、そういうギャップありなところが女性に受けているんでしょうかね」

「えー俺に聞かれてもなぁ」

 葉山の普段は、ゆったり流れる川のように静かだ。年相応に、ちょっと生意気なところもある。あと、碌でもない男に恋なんかして苦しんでいる可哀想な子だ。その初めての気持ちを、彼は決して恋だとは認めないけど。

 岬の前だけでみせる彼の本当の姿を思い出す。誰も知らない葉山を知っていることに少しの優越感を覚えた。

「さっきの話ぶりで二人、仲いいのかなぁって思ったんですけど」

「俺と葉山くん? そうそう、俺らすっげー仲良しですよ」

「え、さらっと肯定されると、逆に仲悪く感じますね。そこ突っ込んだ方がいいですか? 不仲説。一時期出ましたよね、葉山くんと共演番組が無くなって」

 あぁ、そんなこともあったなぁと岬は思った。葉山本人も気にしていたが、それは、ただの偶然だった。

 葉山が役者として成長して主演作が増えただけの話だ。内容にもよるが、ドラマに主役級の役者は何人もいらない。画面が煩くなる。『青の鬼火』は、HIROTOという派手な役者を主役に置いたため、そのバランスを取る必要があった。だから今回、岬と葉山が呼ばれた。最初はどうなるかと思ったが、結果的に全員が演技で殴り合えるいい現場になった。

「もう葉山くんじゃなくて、早く俺の取材してよ〜十代の若い子の方が取材楽しいのかもしれないけど」

「あ、すみませんすみません、では続けますね。――今回の『青の鬼火』ですが、原作は読まれましたか?」

 定型的な質問に、岬は淡々と役者として優等生な答えを返した。

 けれど、その傍ら他のことばかり考えていた。

 ――だから、本当に腹が立つ。

 仕事以外のことで、煩わされていることに。

 榊原と同じように、葉山のことを心配していることに。

 取材が終わって、マネージャーと部屋の前で別れて、自分がとった行動に、もう一人の自分が腹を抱えて笑っていた。

 エレベーターで一階に向かい、エントランスに着くと受付にいた女性の一人に声をかけた。

「ねぇ、葉山くん、ここで見なかった?」

 刑事ドラマの聞き込みかよと内心ツッコミを入れた。

「は、葉山……俳優の、葉山真幸さんですか」

 突然声をかけられて驚いた女性を無視して、先を促した。

「そ、どこいったかわかる? ここで約束してたのにすっぽかされちゃってさぁ、ほんと、困るよ」

 事務所が同じで、同じドラマの撮影中だから、自分には葉山を探す理由があった。俳優同士だと怪しまれなくていいなと思った。

「あ、葉山さんでしたら」

 隣にいた、もう一人の受付の女性には、心当たりがあったらしく話に入ってくる。

「女性の方と一緒に帰られましたよ。待ち合わせしていたらしいです。最初、様子がおかしいなと思って、お声がけしたら、葉山さんが、お母様だとおっしゃられて」

「へぇ、そうなんだ、ありがと。じゃ、もう一回電話してみる」

 岬は礼を言って踵を返した。

「母親ねぇ……。多分、そんな人、いないだろ」

 岬は、らしくないなと思いながらも、スーツの胸ポケットのスマートフォンに手を伸ばしていた。



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