第28話:対象無し
コドクの腕に現れた赤い甲殻。
斧を思い切り振るっても割れそうもない。
「こっちかな」
斧をコドクに投擲し、刀を抜く。
これで隙間を狙った方が幾分か勝機があるだろう。
右手くんは相変わらず後ろの方でブツブツと喋ったり、カードを見せつけたりしている。
なんか面白いことをやってくれそうだけど、一旦自分だけで勝つ方法を考えてみないとな。
「お前ら2人だからな。2種類制限ってわけだ。ミギテには蜂、ローリスには百足」
「舐めすぎじゃね」
闇の母蜘蛛の援護が入る。
空中に展開された糸が甲殻の拳の威力と速度を殺し、回避を容易にする。
「めんどくさ。やっぱ3種類にしよっかなぁ」
「約束破るってことね」
コドクの表情が曇る。
「あー……そりゃ良くないな」
別に約束ってほど強い言い方してなかったけど、そう思ってくれるんなら良いや。
視界の端を蜘蛛が走る。
めっちゃ数増えてるな。右手くんが何かやってんだろうなぁ。
甲殻は両手の甲から肘にかけて発生しているように見える。
脚の方は分からない。
見えている部分で、生身なのは首から上。
狙うならそこか。
コドクが地を蹴った。
こちらが振った刀を右の甲殻で滑らせながら、左の甲殻で喉元を殴りにくる。
「その駒は取らせん」
その動きが直前で鈍る。
咄嗟に飛び退き、回避が間に合った。
「チッ、やるねぇ!」
「なんだ? その口の利き方は」
魔王の声が響く。
いつの間にか前線に出てきた闇の母蜘蛛が、手元をぐいと動かすと、コドクの右腕が明後日の方向へ曲がる。
だが、コドクは笑みを崩さない。
「糸の張り方と力のかけ方が見事だ。ただまぁ、正直な話——」
折られた右側の甲殻。
その内側から百足の群れが這い出し、肉も骨も関係ないとばかりに蠢いて形を作り直す。
「きっしょ!」
「——腕が折れるのはよくある事だ。きしょいとか言うなよ、傷つく」
甲殻が迫る。
だが今度は糸の合間を縫うようにして途中で数百匹の百足に変化した。
「うお……!?」
当然、後退しながら刀で捌こうとするが、間に合わない。
幾らかの百足が身体に付着し、全身を噛んで回る。
「痛ぇッ! マジかよ!」
噛まれた箇所から激痛が走る。
同時に腕の力が抜け、だらりと垂れ下がる。
刀は何とか持ち続けているが、振るえるとは思えない。
「その駒は取らせん、そう言ったはずだ」
視界が白く染まる。
遅れて、闇の母蜘蛛の糸に包まれたことを理解する。
「なるほどねぇ! 守りが本領か?」
全身を一度覆われ、息が詰まる。
だがそれも数秒の出来事だった。
糸から放り出され、自分の全身を這い回る百足が消えていることに気付く。
「助かった」
だが相変わらず身体は痺れ、上手く力が入らない。
右手くんには悪いけど、ちょっと下がってようかな。
「ライトヒール」
瞬間、身体の内から熱が湧き上がる。
腕の痺れが消えた。
思わず背後を振り返った。
「そんで魔導収集者の瓶入り脳の効果ァ! トップ燃やすぜ! 捨てたカードは魔導の芸術……まぁいいか! 魔法陣をプレイ! さっき呪文捨てたんで瓶入り脳の効果起動——」
俺の視線はそっちのけでごちゃごちゃ喋ってる。
「おい、今俺の毒治しやがったか!?」
「らしいね」
「回復手段有り、と。良いじゃねーか。しかも他者がいけるんならかなり高等だな。ライトヒールってことはハイヒール的なのもあるのか?」
コドクの方もごちゃごちゃ喋っている。
回復魔法。聞いたことはあるが、使われたのは初めてだ。
「そんで雑魚魔物量産して何しようとしてんのかってとこだが……妨害無しのプロレススタイルは流石にぬるすぎか」
コドクの姿が歪む。
不自然に膨らんだ首には無数に穴が空き、中から大量の蜂が這い出る。
服の隙間から、甲殻の隙間から。無数の百足が湧く。
やがて人間部分が崩れるようにして、消えた。
「右手くん、これヤバいかも!」
「出し渋りをしている場合ではないぞ。どうする気だ」
右手くんが叫ぶ。
「おいマジかよ目離した隙に対象に取れなくなってるじゃねーかッ! 詰んだッッッ!!!」
えっ。
◇
気持ち良くデッキぶん回して山札掘ってたら敵が無数の虫に変化しちゃいましたとさ。
おいどうすんだこれ。蜘蛛の炸裂をどこに叩きつければ良いんだよ。
俺が先ほどまで目指していた事は単純。
自分に魔力盗みのゴブレットを2回以上付与すること。
山札を適応する魔槍1枚にすること。
そして0コストになった適応する魔槍をくるくると確定で命中されられる闇の子蜘蛛を対象にして撃つこと。
こうすると闇の子蜘蛛に魔槍、魔力盗みのゴブレット起動でコスト獲得、コストを闇の母蜘蛛の効果で子蜘蛛召喚に変換。山に魔槍が戻り、ドローで魔槍を確定で引く。
以外繰り返し。
魔槍ゴブレットループだ。
これの補助としてピン採用しているのが魔導収集家の瓶入り脳。
コスト2の付与カードで、テキストは以下の通り。
付与中:誰かが呪文を唱える度、山札の上から1枚を捨てる。それが呪文カードだった場合、次に呪文カードを使用した時にコストを1得る。
誰かが呪文を唱える度。
いやー、いざ使うまで怖かったね。
ひょっとして俺の呪文カードに反応しないんじゃないかと思ってさ。
呪文カードの使用と呪文を唱えることは別物です、とかね。そういう事するカードゲームってありますからね。
何はともあれ、きっちり反応してくれて何よりだ。アオバくんはもう少し書き方を考えよう!
闇の母蜘蛛に糸で回収され、虫の群れから逃れつつ思考を続ける。
選択肢を狭めない為にも魔導収集家の瓶入り脳は停止しておこう。
「おい、こっちに来い……ファイアストライク」
付与対象にしていた子蜘蛛を破壊する。
魔導収集家の瓶入り脳の最後の起動。魔導残響体が捨て札にいった。
おい。ラス1の魔物捨てんなこら。
「魔王様、あいつの本体ってどうなりましたかね?」
「どれも本体であり、どれも本体ではない」
なるほど。
うーん。つまりどういうことだ。
一瞬の思考。自分なりに仮説を立ててから口を開く。
「コドクが分散した存在があの虫どもであって、特定の核になる個体がいるわけではない。とんでもない数で存在が希釈されまくってるから数百匹殺したとしても決定打にならない。みたいな感じっすか?」
「その通りだ」
魔王様が頷く。
なるほどなぁ。そんで噛まれたら行動不能レベルの毒だろ?
あいつ強ぇな。
「うーん。じゃあこっちも量でいくか。闇の子蜘蛛ども、戦闘に入れ」
直撃とダメージ。効果起動の条件。
魔槍ゴブレットループには欠点がある。槍を回避された瞬間ライブラリアウトすることだ。
コドク相手だと効果起動条件を満たすのが難しいと判断して子蜘蛛を起点にしていたが……あんだけ大量の虫になってんなら話が変わるよな。
「おらッ! サモンファング!」
牙無き者の為の杖で生成されたサモンファングをその辺の百足どもに叩きつける。
何匹か潰れ、魔力盗みのゴブレットが起動する。
「コストを得る代わりに子蜘蛛を召喚っと! 手数勝負といきましょうやコドク先輩!」
俺は途中からループして手数無限になるけどな! ガハハ!
「いいや。そうはならない」
迫る蜂の群れが瞬時に人の形を作る。
鼻から下が百足の口器に変形したコドクが俺を狙う。
「うおおおおお!?」
攻撃が届く寸前で身体が強く引っ張られ、闇の母蜘蛛の身体にくくりつけられた。
「暗殺か。良い手だな」
「そりゃどうも別嬪さん!」
奇襲に失敗したコドクが霧散し再び蜂の群れに戻る。
当然そのまま蜂が押し寄せる。
「アクアウィップ! 適応する魔槍! 掘削の魔法陣コスト1指定! 適応する魔槍を手札に加えてプレイ! 適応する魔槍ッ!」
槍は点の攻撃すぎて大した数は減らせない。だが即座に湧き出る子蜘蛛どもが肉壁になりつつもかなりの数の虫を破壊してくれる。
てかもう山札が数枚しか無いな。
炸裂は速攻で2枚捨て札にいきやがったから今ハンドにある1枚のみ。
共鳴の魔法陣も残ってるのが怖いな。空撃ちさせてくれるよな?
あとはあのピン差しのカードが残ってるはず。
片手間で適応の魔槍をプレイし続けながら、思考を回す。
コドクはおそらく俺の蜘蛛の炸裂を読んでいる。
具体的な効果は分かっていないだろうが、一点集中の超火力の存在を悟っていると読むべきか。
だから基本分散した状態で戦っている。
奇襲の時に炸裂を決められるか? 間に合うか微妙なところだよなぁ。
「さて、どうしたもんかな……」
俺のリソースは理論上無限に思えるが、コドクが槍の回避という対策行動に気付くと途切れる可能性がある。
考える時間を与えて見破られる前に仕留めたいところだ。




