第23話:コネ
「これでいいか」
準備を済ませたのか、店員が奥から何かを持って出てくる。
「よいしょっと」
ドチャッという音と共に緑色の肉の塊が置かれた。
同時に、チーズのような匂いが漂ってきた。
何これ。カビ肉?
「砂上の街セリカリオに、ミケアシという魔物がいる。ミミズの頭部に獣の身体、腹部から細長い人間の脚が3本伸びた生物で、常に腐臭がする」
あの食事前にそんなやつの話するのやめてもらっていいですか。
店員が笑みを浮かべ、続ける。
「そいつを特定の毒で殺すと死後に身体が急激にしぼむ。3日も待てば外皮から中の筋組織に至るまでボロボロと崩れ……最後に心臓だけが残る。全身の菌が逃げた果てに、発酵した心臓がな」
嫌な予感がしてきた。
クソ、やっぱ美味い話って無いんだな。
脱税の一件から学ぶべきだった。
「なぁに、ちょいと知り合いの転移者に頼んで状態は固定してある。遠慮するな……生で食え」
終わった——。
俺は静かに涙を流した。
だって、タダ飯で釣るとか……酷いじゃないですか。
どうしてこんな目に。
「へー」
横でローリスが肉に手を伸ばす。
その手を店員がはたき落とした。
「待て待て、今から切り分ける。俺も食いたかったんだ」
店員の指が鋭利な、何か別の器官に変化する。
そして肉をあっという間に切り分けた。
「ミケアシのハツ刺しだな。お代は結構! 存分に食うといい」
「いただきまーす」
ローリスが一切れ掴み、一気に口の中へ放った。
マジどうかしてるぜ。
「お! ……んん? あー……」
ローリスが首を傾げる。
微妙そうだが、めちゃくちゃ不味いってわけじゃなさそうだ。
よく分からんが、この店員はソウイチロウの名を出していた。
奈落院の関係者。ならば俺がここで信じられない食あたりをしても何とかしてくれるはず。
なんなら食わずに機嫌を損ねる方がまずいことになる可能性がある。
ま、つまりは食うしかないってこったな。
「いただきます」
一切れ掴み、一気に咀嚼する。
最初は強烈な、苦さすら感じるほどの旨味。
続けて生臭さが口全体を覆った。
妙にねっとりとした肉質。時折コリコリした部分がある。
最後にチーズのような風味を感じながら、俺は肉を飲み込んだ。
ふむ。
「嫌いじゃない。これがツボってやつもいそうだな」
「えー、マジ? 微妙じゃね?」
まぁ肉料理を期待して食わされると微妙だが、酒のツマミには良さそうな雰囲気だな。
俺らの様子を見ていた店員がうんうんと頷く。
「よし、俺も1つ……」
咀嚼しながら首を傾げる。
お前も微妙なのかよ。
「酒が要るな」
そう言って背後の棚を開け、ボトルを一本取り出した。
「ヤルナスの夜市で買った吟醸酒だ。飲むか?」
「お、酒! 飲みてぇ!」
店員が手慣れた動作で酒を注ぎ、ローリスに差し出す。
続いて俺に視線を寄越した。
酒ねぇ。
「じゃあ、少しだけ」
こいつと戦う可能性を考慮し、すぐにやめる。
ソウイチロウさんと知り合いな時点でコイツは奈落院所属。あの刺青が固有能力だとすれば、転移者だ。
口ぶりからしてソウイチロウさんよりこの世界で暮らした歴が長そうで、おそらく完全趣味の赤字経営の店を開いて平然としていられる。
奈落院としての仕事、おそらく転移者の処分を多数やった上でこうやってピンピンしているわけだ。
うん。勝てないだろうな。
店員が俺を覗き込み、笑う。
「俺と戦う想像をしたか? 良いことだ。酒を多めに注いでやろう」
やめろって。
思わずため息が漏れる。
仕方ない。言わねばならないことを言うことにしよう。
「……正直、俺は偶然この店に入りました。ソウイチロウさんの名を口にされていなければ会話もせず去っていたと思います。貴方は何者なんですか?」
店員が喉の奥を鳴らすようにして笑う。
ずっと上機嫌だなこいつ。
「偶然? お前は吸い込まれるようにしてこの店に入ったはずだ」
は?
入るまでの流れを思い返す。
確かにそうかもしれない。
別に空いてる店なんか他にもあった。
なぜわざわざこんな薄暗い店に?
「ま、着いた時点で解毒はしたさ。安心しろよ」
店員が椅子を引っ張り出してきて座る。
くいっと酒を呷った。
「俺は奈落院所属の転移者、コドクだ。今は休暇中で……ちょうど良いんで後輩候補を俺の店でいびることにした。ハハ、紹介はこんなもんでいいか?」
なるほど。概ね想像通りだが、疑問が残る。
「ソウイチロウさんとはいつ情報共有を?」
「ああ、これだよ」
コドクが懐から取り出したのは——スマホ。
そうか。都市ならそういうのも作れるのか。
流石に羨ましいぜ。
「通話とチャットしかできねぇ紛い物だけどな」
それでも欲しいなぁ。
酒で口を湿らし、ミケアシを齧る。
転移前の世界に未練があるかと問われれば、勿論イエスだ。
生活基盤の整い方が違う。
命懸けの仕事をする必要もない。
カードゲームをやっているのが俺だけじゃない。
今思えば最高の世界だった。
だから、前の世界を感じられる物はいくらでも欲しい。
「奈落院に所属するにはどうしたら良いんですか?」
コドクが答える。
「最初は運。後から入るならコネと実力」
コネか。ソウイチロウさんの推薦だけじゃ足りないんだろうか。
久しぶりに飲んだせいで酔いが早い。
自身の思考を他人事のように感じ始めた。
良くないな。
「コネというと?」
「所属者の推薦だな。お前がその気になるなら、ソウイチロウは推薦してくれるだろうな。だが、新人1人の推薦じゃあちと物足りない……そうは思わないか?」
危険な組織で、仕事の難易度は掃除屋の比じゃないだろうことは理解している。
だがそれ以上に奈落院に入れば懐が潤い、スマホを始めとした前世界の物が手に入るという確信が、俺の背中を押した。
「コドクさんは、どう評価しますか。俺のこと」
「直球だな。いや何、悪くはないが……あっさり誘導されるあたりが不安だな。もう一つぐらい功績が欲しい」
誘導ね……敵意があったならシステムが起動しているはず。
不意打ちには強い能力なはずなんだけどな……おそらくこういう悪戯の類には弱いんだ。
俺は心中でそう言い訳をした。
「功績ですか」
「ああ。幸いここには分かりやすい指標がある。そうだなぁ……今月中にBランクまで上げるってのはどうだ」
月は始まったばかり。現在のランクはD。
2段階上か。
狙えなくも無さそうなラインを突いてきた。
「やってみます」
「おう。欲を言えばSと言いたいが……」
「すばらしい級ですか?」
コドクが眉根を寄せ、身震いした。
「それ人材を人財って書くみたいなノリだぞ。キモいからやめた方が良い」
コドクが財の字を指でなぞりながらそう言う。
ああ、アレそういう表現だったんだ。
そういやあのパンフレット、他の文章込みでやたらキラキラした雰囲気だったな。
ギルドってやっぱブラックなのか?
「あとローマ字できますアピールでもあるからなぁ。日常的に使うと嫌われる」
なんなんだよ。
じゃああれってギルド職員の教養アピールだったのかよ。
一気に嫌になってきたな、あそこ経由して働くの。
「奈落院はそういうノリ無いですよね」
「1人意識高い系の奴がいるにはいるが……そいつを真似るような奴はいないな」
微妙に嫌な情報出してくるなぁ。
「他の飯ねぇの?」
隣のローリスがぐっと身を乗り出して会話に割り込んできた。
やめろやめろ。どうせろくでもない食材が出てくる。
「ある。ふふ、特別に俺の珠玉の食材……いや、食財と呼ぶべきか……を見せてやろう」
やかましいわ。
俺達はその後も散々珍味を出され、酒と共にそれを流し込み——
——翌朝、信じられない腹の下し方をした。
同じように青い顔をして、俺達に薬持参で謝罪しにきたコドク曰く。単品ならセーフだが食い合わせでアウトになったとのこと。
ろくでもねぇ先輩候補だな。いきなり1日潰れたぞ。




