第18話:右手力
思考が鈍い。
刺された腹がじくじくと痛み、命が零れ落ち続けている。
一旦服を破いて腹に巻き、止血を試みてはいるが……クソ、肌寒い。
いやこれ肌寒いのか? 出血しすぎて寒気がしてるだけでは?
ローリス、早く倒してくれ〜!
いややっぱ待て、俺がライトヒール引くまでいい感じに耐えてくれ〜!
ローリスは変わらず魔界の運び屋と良い感じに連携して獣の転移者とやり合っている。
「ドローしないと始まらんわな。闇の守蜘蛛を召喚。おら行ってこい!」
闇の子蜘蛛よりも脚がぶっとい毛むくじゃらの蜘蛛が現れ、獣の転移者へ突撃していく。
さて、カードを使用したのでドローが入るぜ。
ここ、ライトヒールお願いします。
引いたのは——。
「おっ、盗人の仕事靴かぁ」
コスト3:付与:盗人の仕事靴
どこかの盗人が使用した、素早く移動できる靴。
付与中:体重を軽くする。
要らないねぇ。
1枚は欲しいが複数引きは嫌、という理由で2枚採用にしたカードだ。引かないよりマシなので仕方ないといえば仕方ないが……今引くかぁ。
半端なことしてんじゃねぇよ、というデッキからのお叱りの可能性がある。
「獣骸装」
魔界の運び屋が倒れ、即座に棍棒に変えられる。
クソ、もうブラフはきいてないのかもな。
少なくとも狂乱の付与に俺が何らかのコストを払っていることを把握していそうだ。
闇の守蜘蛛がギチギチと音を鳴らしながら獣の転移者と睨み合う。
それなりに知能がありそうだな。
「早期に試合を畳むには……」
視界が眩むが、頭のどこかで冷静な思考が回っている。
ライトヒールを引くのは現実的じゃない。
何せコストが足りなすぎる。
現状のコストは1になったばかり。今からコストが3たまるまで待って盗人の仕事靴を使用したとして、そっから更にコスト3を要求される。
合計50秒。そして出来ることは?
俺の手当て?
ハハ、さっきまでの俺はバカだな。
弱すぎる。なんだその動きは。
「幸い武器を持ってんだからよ」
元ストーキングフライの針を構える。
前線に出るぜ。
失血死より討ち死にだろやっぱ。
『樹界より受信中——非推奨』
「うるせぇ!」
針を持って前へ出る。
1番驚いたのはローリスだ。
「は!? ヤバ!」
「ああ……揃いも揃って俺の武器! 盗人どもがッ!」
ギャハハ! 靴も盗人のやつ履いてまっせー!
「守蜘蛛! 糸を吐け!」
守蜘蛛が俺の指示通りに糸を吐く。
獣の転移者は流石の身のこなしでそれを躱した。
あんな斧持っててよく動けるな。
ローリスもそうだけどよ。
「コストが2……」
2じゃあ何もプレイできない。
もっと時間を稼がないとな。
「ローリス! 糸を吐け!」
「吐けねーよ!」
ブラフにもならないやり取りをしつつ、獣の転移者の動きを観察する。
一見して獣のような無軌道な動き。
だが軸となっているのは、重心の使い方だ。
あえて振り回される。あえて身体を滑らせる。
それがあれだけの俊敏性を生んでいる。
「お前が死ねば、他の者も朽ちるのか?」
瞬間、獣の転移者が目前まで迫った。
大した歩法だ。こりゃ死んだか?
せめてもの抵抗で手にべっとりとついた血を飛ばして目潰しを試みる。
「ぐうっ!?」
瞬間、間にローリスが割って入った。
斧と斧が衝突し、鈍い音が響く。
側面から守蜘蛛が噛みつきにかかった。
「助かったぜローリス!」
「右手くんマジで何狙い!? 意味あるんだよな!?」
意味? まぁ多分あるよ。
「そうそうコイツが拾いたかった」
雑魚そうと思ったのか、武器にされるも拾わずじまいの元魔界の運び屋。
その棍棒を手に取る。
コストが3。
「ローリス、こっちに来いッ!」
「はぁ!? ああもう!」
ローリスが前線から抜ける。
闇の守蜘蛛が一気に劣勢に立たされ、脚2本を即座に斧で両断された。
「プレイ、盗人の仕事靴。対象は——」
ローリスが俺の近くまでやってくる。
俺は棍棒をバットのように構えた。
「——ローリス。乗れ!」
俺はローリスが棍棒に足を乗せたのを確認し、一拍置いて思い切り振り抜いた。
ハハ、軽いぜ!
軽くなったローリスが獣の転移者に向けすっ飛んでいく。
「な、あ!?」
ローリスが着弾よりも早く手元の斧を投げる。
同時に納刀していた刀を抜く。
獣の転移者は何とか斧をかわすが、想定外の動きだったのか重心が崩れている。
そこへ守蜘蛛が追撃。
同時にローリスが着弾。
「ぎ、ィ……!」
だが獣の転移者も大したものだった。
守蜘蛛を即座に切り伏せ、切断した脚を持ちローリスの刀に合わせた。
——だが、フルスイング前の一拍で俺が渡しておいた針の一撃だけは防ぎきれなかったようだ。
「ごぼっ」
獣の転移者の喉から血がだくだくと溢れる。
ローリスがその腹を蹴り抜き、距離を取った。
「がば、ごぼぼ」
獣の転移者がその場に倒れ、血走った目で首を掻きむしる。
こいつは今、自分の血で溺れそうになっているはずだ。
「ナイスだローリス。流石だぜ」
「右手くんさ、俺のこと信用しすぎだから」
そうか? だってお前ならやれるだろ。
俺は腹を押さえながら、次のドローを見た。
ライトヒール。
「マジか。おい獣の転移者! 30秒粘れるか!?」
「何言ってんの。もう殺しとくよ」
「あーーー! おいマジかよ!」
痙攣するだけになった獣の転移者へ、ローリスの刀が振り下ろされた。
首が路上を転がり、無機質な電子音声が響いた。
『戦闘終了』
勝てた、か。
とりあえず傷口焼いとこう。
血が、止まらな、い……。
「おーい、こっちだこっち! おいあんたら無事か!?」
聞き覚えのあるおっさんの声が聞こえる。
おう、何とか勝ったぜ。
へへ、転移者ならかなりパックポイント……期待、できる……かも……。
◇
「君には直接戦うような能力を与えた方が良かったのかもしれないね」
見覚えのある白い空間。
アオバが椅子に座り、こちらを呆れた表情で見ていた。
ふむ。ライフポイント使っちゃった感じか?
俺はとりあえず椅子に腰掛け、机越しにアオバと対面した。
「仕方ねぇだろ。本人もそれなり動かねーとキツイぞ、この能力」
「まぁ、それなりに逃げてコストをためるのは……悪くはないと思うよ。ただ君はあの物言いの癖に立ち向かいすぎだ」
ローリスがキツそうだったからな。
まぁ最終的にローリスぶん投げたけど。
「失血死っていうタイムリミットがなぁ」
「流石にずっと止まらないわけじゃない。最後の方はほとんど止まってたよ。それまでに血が抜けすぎて倒れちゃったみたいだけどね」
そうなのか。
言われてみれば途中から思考が安定してた。
安定してたか?
ローリスぶん投げはだいぶ錯乱の類じゃね?
「ガン逃げして闇の母蜘蛛叩きつけたらいけたか?」
「うーん……いや実はそれ結構怪しくてね……どう思う? 闇の母蜘蛛さん」
え? 何?
俺の背後でずしん、と重圧感のある音が響く。
「あのような獣1匹、造作もない」
「そうかな? 機敏な相手だし、取り巻きも無い状態で戦闘がスタートするから案外危うかったんじゃないかって思うけど」
俺は席を立ち、闇の母蜘蛛の隣に立った。
「てめぇ! 闇の母蜘蛛さんに何て口きいてやがる。敬語使えや敬語! そうかな? じゃねぇ、そうでしょうか? だろうがッ!」
「……」
ったく礼儀がなってねぇよ礼儀が。
闇の母蜘蛛さんは魔王だから。王なのよ。
クソテキスト量産家のアオバとは違って偉いわけ。
「お前のような道化を眷属にした記憶はないが、その意見には同意しよう。さて……用はこれだけか?」
「まぁまぁ……もう少し待ってください。。えーと、ミギテ。君が話したがると思って、色々と繋げておいたんだ」
それはマジでナイスやね。
「他に会いたいカードがいれば呼んでこれるけど」
「へぇ。他に話せる奴いたっけか」
「現状では、いないね」
じゃあ一択じゃねぇか。
さて、と。
俺は自分の衣服を整え、闇の母蜘蛛に向き直った。
「本日は俺の精神世界へご足労いただき大変感謝しております。つきましては——ん?」
なんだ?
視界が徐々にホワイトアウトしている。
「ああ、君死んでないからね。そろそろ目が覚めるんじゃないかな」
「てめぇ! クソッ……えぇとですね。大変麗しい見た目にムグッ」
しゅるしゅると糸が絡み、口が塞がれる。
俺がじたばたしていると、闇の母蜘蛛が薄く笑った。
「ふふ、似合っているぞ。お前は黙っている時の方が幾分かマシだ」
むぐー! むぐごごごー!
ぐがーーー!!!!!
視界が白く染まる。
そうして俺は。
「……どこだここ」
見知らぬベッドの上で目を覚ました。




