Ep11_コンビニエンスヤタイ24H 02
「それじゃあ、帰りにまた寄るので待っててくださいねー。面倒で録音する価値もない無駄な会談はさっさとエスケープしてくるのでー」
「会談前に言ったら駄目なワードを並べるでない……まったくこの人形は……」
「ただの"喋れる箱"に言われたくないですよー」
「箱じゃなくて"ギアードミミック"じゃ……まったく」
肩を落とすワイザーとは対照的にくるくると回りながら軽快な足取りで不思議な照明が並ぶ道を進んでいく二人。それを見送って屋台の中にとことこと戻ろうとしたルーシャがピクリと眉を動かす。
「だから悪かったって言ってるだろ?」
「会談前日にばかすか酒を飲むなとあれほど昨晩言ったというのに、お前さんみたいのが"左腕"とは我らが"魔獣種"もいよいよ人材不足かのう」
「そういうなって"ガジ"の旦那。ちゃんと諜報や隠密の仕事はやってるだろ」
「その得た情報の報告がずさん過ぎて台無しなんじゃよ……うん? なんじゃいこの掘っ立て小屋みたいなのは?」
近づくにつれ徐々に浮かび上がる異形の人の姿。露出が多い青白い毛皮のような衣装の女性はなんだなんだと目を輝かせルーシャの店へと駆け寄っていく。その背後に見えるフリフリと揺れる猫のような尻尾、そして頭から伸びた獣の耳が彼女が人族ではないと物語る。
その後ろから止めようと手を伸ばした白髪だがどこかまだ若々しい男もまた羽織った衣の狭間から体を覆う白い体毛と女性のように長く伸びた白い尾から人族ではないと見てととれる。もっとも、男性の尾は女性の陽気に揺れるそれと違いだらりと力なく垂れ下がっている。
「いらっしゃいませ。ここでオンリーワンでナンバーワンの屋台を営んでおります、ルーシャです」
「いらっしゃいませ? 屋台? なんだなんだ!? こんなとこで店やってるのか? 何売ってるんだよ?」
ルーシャの前ににかっと牙をのぞかせた笑みで肉薄する女性にルーシャは取り乱すこともなく無表情のまま小さく会釈する。
「色々と取り揃えてますのでお時間の許す限りぜひご覧になっていって下さい」
「うん! どうせ大した用事じゃないし無限に見てくぜ!」
「阿呆。会談の開始時間まで余裕があるとはいえそんな怠慢というか寄り道は許さんぞ、"タミナ"」
「いいじゃないかよ少しぐらいさぁ。なあなあ、退屈な会議中でも暇しないもんとか売ってないのか?」
「お任せを」
タミナと呼ばれた女性の要望にルーシャはポンと胸を打ちとことこと屋台の奥にある鞄へと向かいよじよじと昇り始める。
「あははっ! なんだよその馬鹿でかいカバン!」
「倉庫兼住居兼ただのカバンです」
「住めるのかよ!? なんだよそれ!」
けらけらと腹に手を当てて笑うタミナ。その背にようやく追いついたガジがその肩を掴み眼を細める。
「油を売ってる場合じゃないじゃろうが!」
「あ、油も売ってますよ?」
両手で様々な品を手に戻ったルーシャがそのうちの小さな瓶に入った液体を揺らしながらガジへと見せる。
「いやそうじゃなくて……というかこんなとこで商いしておるお前さんはどこぞの種族じゃ? "魔蟲種"か?」
「女性にそう軽々と歳と種族を聞くのはマナー違反ですよ?」
「いや年齢は一切聞いてないんじゃが……」
「先ほどのワイザー様といい、ご高齢の方ほど皆さん新しい商いスタイルに厳しいです。若い芽を潰し過ぎると流通が止まりますよ?」
「随分と大げさな物言いじゃの。なんじゃ? ワイザーんとこの造魔種か?」
訝しげな眼で明らかに不審な表情のガジとノー感情ノーリアクションのルーシャ。その間にうきうきとした様子でさっと割って入るタミナ。
「時間がないんだろ旦那? だったら早いとこ見て早いとこ行こうぜ! あ、それかあたしここでお留守番してるから旦那だけ会談に行くってのはどうだ?」
「そろそろ怒るぞタミナ……はぁ、儂は先に行く。絶対に遅れずに来るんじゃぞ?」
「おう! どうせ早いとこ行っても退屈なだけだしな! 5分前か50分後ぐらいには会場に入るから安心して待ってろ!」
「……後者だったらどつくぞ」
付き合いきれないとガジはそれから振り返ることもなく照明の続く先へと歩いていく。楽しそうに手を振って見送ったのち、タミナは念願の自由を手に入れたようでぐっと体を伸ばしルーシャへと振り返る。
「はー! やっと旦那が行ってくれたぜ。ったく、"ツキ"のやつに負けなきゃこんな退屈な会談に来なくて良かったのに」
「ふむ、ツキ様というのもVIPな方なのですね」
「うちの"右腕"であたしと違ってすんげー頭悪いやつだよ。VIPなんてタマじゃねぇよあの"熊公"は。まあ……あいつは喧嘩っ早いから結局じゃんけんであたしが勝っててもガジの旦那はあたしに来いって言ってただろうな。あたしはジョーシキジンだからな!」
「頭脳に左腕に右腕ですか……」
「なんだ五臣隊を知らないのか? あははっ! あたしと違ってフベンキョーだな!」
「いえいえ、この頭はあいにく商品知識と金勘定でキャパが埋まってますのでその辺ちょっと疎いだけですよ」
「なんだそれあはは! じゃあ"心臓"や"影"も知らないってことだな!」
「そうですね。知っておいた方がこのあとの接客の際にも困らないので……どうでしょう? ここは一つこの何にかけても大体無難に美味しくなる"アミノオイル"一瓶で?」
先ほどガジに見せていた小瓶を手にタミナに差し出すもタミナはにやにやとした笑みで迷ったそぶりを見せる。
「う~ん、どうしようかなぁ。油だけじゃ腹は膨れないからなぁ」
「今ならもれなく会議中にこっそり食べても音が鳴らない"ツナ缶"もついてくる?」
両手に抱えていたものをカウンターにどさっと置き、その中から金属製の短い円柱を手に取る。一見して食べ物に見えないそれにタミナはむっと首を傾げる。
「以前使い終わった右腕さんの右腕……じゃなかった、金属製の筒を"再利用"したらなんか中身入りの保存食というか非常食ができまして? この取っ手を引っ張れば開いて中には魚の加工した肉がたっぷりと?」
「魚!? コーショーセイリツだな!」
さっと鮮やかな手つきでルーシャから缶を奪い取るとタミナは間髪入れず蓋を開ける。そして中身を見てにんまりとした笑みでルーシャを見る。
「旨そうだ! ありがとな!」
「あ、今食べられるんですね」
「このお腹の減り具合は非常事態だ!」
缶の中身を手に生えた鋭い爪でほじり口元へと器用に運ぶタミナ。そしてその味に満足したのか頬を押さえて恍惚の表情を浮かべる。
「それで……五臣隊というのは察するに各種族の役職か階級のようなものですか?」
「そうだな。各種族のえらい奴五人衆だな……むぐむぐ! 頭脳はサンボー? にゃんか……もぐもぐ……難しいことをやってるー」
「ふむ……参謀ですか。まあ名前からして想像通りでしたね」
「右腕は群れを率いる隊長だな……むぐむぐ……まあ軍の偉い奴だにゃ」
「軍事の長のようなものですかね」
「もぐもぐ……"影"はどういえばいいにゃ? ずっとダンジョンにいてあれこれ色々やってるからにゃー。どの種族も"影"は表に出てこないから顔も名前も知らないにゃ。ああでも種族によっては"ソッキン"とか"ヒショ"とか呼ばれてて"頭脳"と組んで難しいことやってるっぽいにゃ?」
「ふむ……内政をつかさどる執政官みたいなものですかね。というか何だか喋り方が変わっていませんか?」
なおも缶の中身を止まることなく掬っては食べ続けるタミナは口元についた身をぺろりと舐めとりふにゃっと力の抜けた様子で頭をかく。
「にゃはは、大好物の魚を食べるとこうなるにゃ! ホンノーってやつだにゃ。魔獣種は旨いもの食べてるとこうなるやつが多いにゃー」
「ふむ……そうなのですか?」
「あ……」
空になった缶に視線を落とし口を開けたまま固まるタミナ。その目尻からすっと一筋の涙が流れるも依然として動く様子がない。それを見たルーシャがそっとタミナの前に新たな缶を差し出すと素早く両手でひったくり目を輝かせる。尻尾もピンと真っ直ぐに伸び"食べていいのか?"と我慢しきれない様子でルーシャを見つめている。
「あとは"左腕"と"心臓"……でしたね?」
ルーシャがそういってどうぞと手を缶に向けて促すとまさに猫まっしぐらな様子で缶を空けて中身を貪り始めるタミナ。
「左腕は……もぐもぐ……こそこそと隠れて色々情報を探ったり……内緒のことをするにゃ。あたしも左腕だにゃ! "ミストライガー"だからその辺得意だからにゃ!」
「諜報に隠密……暗部的な役目のようですが……会談とかいう表舞台に出てもいいものなのでしょうか?」
首を傾げるルーシャにもはや救うのをやめ直接缶に口をつけて食事中のタミナがぐっと親指を立てる。一切缶から顔を離すこともないノールックでの肯定にルーシャはふむふむと頷く。
「心臓は……まあその種族の一番強い奴に与えられる称号みたいなもんだにゃ。うちら魔獣種じゃ強さは何よりの……もぐもぐ……ぷはーっ! 強さは何よりの栄誉だからにゃあ。魔王様が不在のいま一番偉い奴だにゃ」
「……なるほど。情報の提供ありがとうございました。おかげで今の魔族の常識を知れました」
1つ目よりも早く中身を平らげたタミナは満足そうにぽんぽんと腹を叩く。食べ終えて足元に落ちていた先の缶を拾い、そのままタミナが手にする空いた缶へと"引き取りますよ"と手を伸ばすルーシャ。
「ありがとにゃー。さすがに缶は食べられないからにゃ」
「ちょっとしたアフターサービスですよ。というか……その口調は治るんですか? そのまま会談に臨まれてはまずいのでは?」
「にゃははー、まあそのうち治るにゃ。それに……どうせ会談中は頭脳の連中しか喋らないしあたしは見てるだけにゃ。人魔種や海魔種、それに死霊種あたりはそもそも来ないだろうしあたしみたいな"左腕"が黙ってても何も言われないにゃー」
タミナがぺろぺろと爪を舐めているのをよそ目にルーシャは無言のまま口を覆うように手を添える。
「ふむ……来ていない種族もいるのですか」
「なんか言ったにゃ?」
「いえ、ちょっとした一人ごとですよ」
「そっか。それで、いつまで"盗み聞き"してるにゃ?」
なおも爪を綺麗にしようとなめ続けたままタミナが吐き捨てるように言った。満腹でご機嫌だった笑顔に少し影が落ちる。
「ふふふっ、盗み聞きだなんて人聞きが悪いですね。こんなところで道草を食っている方にも問題があると思いますよ?」
「道草なんか食わないにゃ。"ツナ缶"とかいうご機嫌な食い物にゃ」
「ツナ缶?……というか、先ほどからなんですかその気の抜けた"にゃ"とかいう語尾は?」
「……どうでもいいにゃ。もう少し時間を潰したかったけど、後ろで相変わらずもじもじしている"クロナ"はともかく、お前が来たから先に行くにゃ、"ビャクヤ"」
「つれないですね、ふふっ。それでは……また後でお会いしましょう、タミナちゃん」
「……ちゃんなんてあたしの名前にはついてないにゃ」
ぷいっと不機嫌になった顔をそむけ、タミナは頭の後ろで腕を組んだままゆっくりと歩き出す。
「それで……こんなところで店開きをしているお嬢ちゃんはどこの子かしら?」
「お嬢ちゃんではなくルーシャですよ……お客様」
「気を付けるにゃールーシャ。そいつは"頭脳"……しかも無駄に長生きの"竜種"だにゃ」
「竜種?」
ひらひらと手を振り、背中を向けたまま歩くタミナ。その姿が徐々に透明度を増し、まるで霧のように森の闇へと吸い込まれるように消えていった。
拙作をお読みいただきありがとうございました^^




