Ep11_コンビニエンスヤタイ24H 03
タミナに"竜種"と呼ばれたビャクヤ。彼女の外見には確かに竜としての片鱗が垣間見えた。腰ほどまでに伸びた艶やかな白い髪は年老いたそれとは違い銀世界を彷彿とさせる純白の雪の色。もはや艶という表現の範疇を越え、キラキラとした輝きさえ放っている。夜空に浮かぶ紅の月のような真っ赤な瞳が目に映るものに魅惑と恐怖を感じさせる。
無論、魅惑も恐怖も感じることなく新たな顧客の登場にいそいそと商品の準備をするルーシャ。ちょこまかと屋台を中心に先に出していた商品をカバンにしまっては他の商品を手にカウンターに並べていく。
ビャクヤはルーシャの様子をどこか和やかな表情で眺め、くすくすと小さな笑い声を漏らしている。
「ふふふふふっ、さてさて、お嬢ちゃん……いえ、ルーシャちゃんはここでどんな商売をしているのかしら?」
「よくぞ聞いてくれました。古今東西を駆け巡り様々な逸品から珍品、呪物……果ては日用品まで? 夢とロマンと現実的な品を各種取り揃えています」
「あらあら、なんだか取扱品目の目録だけで分厚い本ができそうですね」
「あ、本も売ってますよ?」
ルーシャはカウンター裏から分厚い本を取り出しカウンターに並べる。
「これは……本というよりは辞書のようなものかしら?」
「本……?」
「気になりますか? "クロナ"?」
ビャクヤの後ろに隠れるようにして身を潜め、無言のままもじもじとしていた黒髪の少女クロナ。ルーシャがカウンターに本を置くや否や目元を隠すほどに伸びた前髪の隙間からちらちらとそのつぶらな黒い瞳をのぞかせ、本への関心を示している。
背丈はルーシャに似て小柄であり、ビャクヤの娘だと言われても違和感はない。その尾に生えた鱗の生えた刺々しくも長く伸びた尾が先ほどのタミナ同様にフリフリと揺れて感情の高ぶりを表している。
「それ……なんの本?」
「このあと皆さま会談が控えているということで満を持してご用意いたしました渾身の一冊。表題は"会談を忘れる千のブレイクゲームと会談をブレイクできる千の煽りワード集"。著者は何と有名かもしれない"サタニアなんとかムス"さんただし酩酊状態時執筆……いかがでしょう? もはやニーズしかなくないですか?」
「え? ええっと……え?」
「言葉を失うのも無理はありませんよお嬢さん。この驚異の収録数に息を飲むお客様がほとんどですので」
「ふふふっ、およそ需要のないものを二千も収録するとは随分とニッチの極みというか馬鹿げたというか……まあ著者の情報も含めなんとも奇抜な一冊ですね。どうしますクロナ? 小さな商人さんがこう言っていますが欲しいですか?」
「……全然いらない」
「そうですね、ここで駄々をこねて欲しいというようなら私も困ったかもしれませんね」
目の前の本への興味が薄れたのかむすっと頬を膨らませ、またビャクヤの背後へと戻りその背にぴたりと額をつける。子供が甘えて身を寄せるようなクロナの仕草にビャクヤはよしよしとその頭を撫でる。
「ふむ……なるほどなるほど。奇抜さよりも王道路線の方がお望みですかね? ではこちらなどどうでしょうか?」
ルーシャはまたカウンターの下でごそごそしていたかと思うとひょこっと姿を現し3冊の本を並べる。無論そのすべてが分厚い辞書サイズである。
「それぞれ順に"3歳、30歳、300歳から始める他人とのコミュニケーションテクニック集"……著者は有名になってはいけないことで有名な"ル"から始まるアテルマさんただし先ほどの著者との飲み勝負後の30日酔い辺りでのローテンション時執筆……さあ、これを逃すともうお目にかかれないここだけの品々ですよ?」
「ビャクヤ……どうしよう。クロナここまで本に興味が湧かないなんてもしかして本が嫌いになっちゃったのかな」
「ふふふっ、大丈夫。クロナはいたって正常ですよ。ただこの本が異常で情報量というかコンテンツというか……もう需要曲線が下限突破しているだけですので」
ぐすんと涙目になったクロナを身をかがめてよしよしとあやすビャクヤ。それを見てルーシャがふむふむと何かを納得したように頷く。それを横目にビャクヤがくすりとまた口の端を緩ませる。
「それで……ルーシャちゃんは何者なのかしら?」
「いたって普通のちょっと一流という文字が幻影レベルでちらついて見えるかもしれない程度の商人ですよ」
「ふふふっ……あははっ! 本当に商品から肩書から……その"計り知れない力"……何から何まで異常ですね」
「ビャ、ビャクヤ? どうしたの!?」
それまでのどこか気品あふれる笑いから周囲を気にしない大声をあげてのビャクヤの歓喜に満ちた様子にクロナは目をぱちぱちとさせて驚いている。
「悪魔の頂点である"サタニア・クロムス"。それに……神の頂点である"ルーシア・アテルマ"。その名をちらつかせた本の数々……さあ、どこで手に入れたのかしら? 騙りではないのでしょう……ねえ?」
ギラリとその紅の瞳が満月の丸みを失い爬虫類特有のどう猛さを放つ細い瞳へと変わっていく。突然の臨戦態勢とも言えるビャクヤの威圧にクロナもさっと離れルーシャを睨みつける。
「ふむ? "信じる"のですか? 自分で言っておいてあれですが、世迷いごと染みたこの本の著者の存在を?」
「あいにくと私はそのふざけた三冊の最後の本を読むに相応しいぐらいには長生きしていますので?」
「ふむ……サタニアとルーシアによる贖罪の戦の生き証人のお方ですか?」
「話が通じない頭のおかしなお嬢さんだと思っていましたが……それどころか昔話、いえ、"大昔話"に花を咲かせることができるお相手でしたか」
「あ、私その辺の昔の事情よく分かってないので」
「はぁ?」
「勘違いをさせたようでしたら謝罪しましょう。言ったでしょう、私はちょっと優秀なだけのただの商人ですよ?」
ビャクヤの威圧に一切ものおじすることもなく、表情を無の表情から微動だにせず維持したままのルーシャにビャクヤはふと肩を落とす。それと同時に周囲のぴりついた空気が元に戻る。
「勘違いさせたお詫びにこちらをどうぞ、お客様」
ルーシャは懐に手を伸ばし、分厚い本とは真逆の薄い封書を取り出しビャクヤへと差し出す。
「これは本や書物というよりは……」
「ええ、"手紙"のようなものですよ」
「手紙……」
ビャクヤがルーシャの持つ封書を手に受け取ろうとするもルーシャは手を放す様子がなく、引き寄せようとするもまるで手が動かない違和感にピクリと眉を動かす。
「こちらは"会談参加者に送るお得情報満載ダイレクトメール"という品です」
「はい? なんです? これも商品なのですか?」
「いいえ、無料配布のようなものなのでご安心を」
身長差から見上げるようにしてビャクヤの顔を覗き込むルーシャ。以前として封書を持つ手はびくともせず、ビャクヤの頬に無音のままに静かに一筋の雫が伝う。
「こちら著者は少しは有名になって下さいというか前に出て下さいでおなじみの"ユグドラ・グラヴェル"です。私は郵便屋じゃないので自分で渡しなさいとも思いましたが……まあ商売のチャンスはどこに転がっているかわからないので今となっては引き受けたのも悪くはなかったですね。とりあえずそちらはこのあとの会談でご活用下さいとのことです」
「お前……まさか"精霊女王"の使いか?」
それまでの余裕に満ちた笑みは消えぐっと口元に力がこもるビャクヤ。それを案じてかクロナがぐっとその拳に力を籠める。だがそれを察したビャクヤが制止する。
「さがっていなさいクロナ。こちらは私のお客様ですよ」
「ふむ? あの? そちらがお客様で、私はさっきから言っている通り商人ですよ?」
のほほんとした無表情でルーシャは首を傾げる。それと同時に手にしたまま受け取れないでいた封書がすっと動いたのを感じ思わず手元へと視線を落としてしまう。それは何の変哲もない封書でもし力を込めて引き寄せれば容易に破けていただろうはずのただの紙切れのようなもの。だが……なぜかそれが破くことはおろか動かすことさえできなかったことにごくりと息を飲む。
「さて、そろそろ会談が始まるのではないですか?」
「え? あ、そ、そうですね」
「会談が始まれば行きかう方もいなくなります。ぼちぼち店じまいするしかないですね」
ルーシャはビャクヤに背を向けて屋台へと戻るとてきぱきと解体をはじめ、資材を鞄へとしまい込んでいく。いくらでかいとはいえその倍はあろうかという支柱や天幕、カウンターがするすると入っていく様はもはや奇妙ですらある。
「……最後に一つ聞いていいですか? "ルーシャ"?」
「なんでしょう?」
「当時……サタニアとルーシアは各種族の魔王種のもとを訪れ……戦い……打ちのめしました。でも……殺しはしませんでした。これについて何かご存じですか?」
「……さあ? 私がそんな大昔のおとぎ話のような話の真相を知っていると思いますか?」
「……そうですね。あはは……今でもあの二人の鬼神のごとき強さは思い出すだけで思わず震えが止まらなくなります。我らが王だけでなく8種の魔族の王を相手に圧倒したのだから……」
その表情に最初はもの悲しさを、そして次に懐かしむような哀しさを……そして最後にそれらを覆い隠すように元の笑みを浮かべ、無言のままクロナを促して他の客の跡をたどるかのように照明が照らす道を歩き森の奥へとその姿を消した。
誰もいなくなった道の上で屋台を片付け終えて鞄を背負うルーシャ。静まり返ったその場にぽつりと響くルーシャの声。
「あの二人はろくでなしですが人でなしではありませんから……母が生み出した同胞と喧嘩ぐらいはしますが……それ以上は望みませんよ」
そういって魔族の面々が歩いていった方角に背を向け、鞄の重みを感じさせるゆっくりとした足取りで歩き出した……のだがすぐさまふと足を止める。
「そういえば今回参加していない種族もいるんでしたね? それに"影"とやらは他種族からも認知度が低く顔も割れていないのでしたね……ふむ?」
何かに気付いたのか、ルーシャは身を翻しとことこと今度は軽い足取りで照明が続く道の奥へと進みだした。
拙作をお読みいただきありがとうございました^^




