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Ep10_縄張り争いとロープ活用方法03

「一説には希少さもあるけど……その強さから相対したもんが生き残れないから目撃例が少ないって言われてるバケモンやで」


目の前で重々しい足音とともに3人を取り囲むように横へと陣形を広げるゴールデンベアたち。うまくは見えないがまだ木々の陰に隠れているのもいるようでその数だけでも10体は超えている


「あの金の毛皮、術式の効果を妨げるらしいから僕相性が悪いかも……」

「力も普通の熊さんの比にならないって聞くから近接のうちも遠慮したいんやけどなぁ……まして希少で凶悪なのがあんなぎょうさんいるとか反則やろ」

「あ、でしたらこちらのロープなどいかがでしょうか?」


 いつのまにかカバンから新しい品を手に二人のところへと戻ってきたルーシャにセドは舌を打つ。


「いまもの売ってる場合ちゃうやろ!」

「いついかなる時も商機を見逃さないのが商人ですし……危機だけ招いて勝機を提供しないでは"母"に怒られそうですしね」

「はぁ?」


 ルーシャは手にした新たな赤色のロープの束を投げ縄の要領で勢い良く投げる。


「……なあ」

「なんでしょう?」

「なんでうちらを拘束するように縄投げるん? もう絶体絶命が5段階ぐらい悪化したんやけど?」

「それになんだかこの縛られ方……ものすごく恥ずかしい……」


 ルーシャの投げたロープはまるで蛇のようにくねくねと動き目の前のゴールデンベア……ではなくセドとフェンを拘束している。様々な部位に食い込むようにして縛られた形となり思わずフェンは赤面する。


「まさか……おまえ人間に化けた人魔種《じんましゅ》かなんかか!?」

「ひどい言われようですね。せっかくそちらのロープで実演もかねてサービスしたのですが」

「サービスって……そもそもこのロープはなんや!?」


 敵の群れを前に身動きが取れず地面を這うようにもがくセド。それを相変わらずの無表情・無関心といった表情で見下ろすルーシャはふと視線を熊の群れへと向ける。それが"向こうを見ろ"という指示と気づきセドはその視線を追うようにゆっくりと前を向き、違和感に包まれる。


「なんであいつら襲ってこんのや……いや、うちらのこと見えてないんかきょろきょろしとる……え? まさか見えてないん?」

「透明……とは違いますがまあ似たようなものです。そちらのロープの効果は"拘束したものへの強烈な認識疎外《ミスターゲット》の付与"しかもなんとセルフ拘束機能付きでお手軽に緊縛可能。あの魔族たちは突然消えたあなたたちを探しているんでしょうね」

「なんやその絶妙に神がかっている呪われた品は……緊縛されてたらせっかく見えんくなっても逃げれんやないか!」

「精霊術式の認識疎外《ミスターゲット》……風の属性の術式だけどその効果を付与するアイテムなんて僕見たことないよ!」


 ルーシャの説明とアイテムの価値にごくりと息をのむフェン……だが目の前でたむろしていた熊たちがごふごふと独特の呼吸音を鳴らし歩み寄ってくるのを見てセドは別の意味でごくりと喉を鳴らす。


「な、なあなあ! なんか熊たちが向かってきてないか!? もしかしてうちらがここにいるのばれてるんちゃうん!?」

「さ、さすがに大声出しすぎた!?」

「いえいえ、それはないですよ。ただ透明になるのではなく認識そのものを阻害するのであなたたちの声はせいぜいが辺りの環境音のようにでも聞こえているでしょう。看破《アンチハイド》の神聖術式か……相手のバフを無効化するなにか、あるいは優れた感覚を持つものでもない限り見えませんよ」

「じゃ、じゃあなんであの熊どもはこっちに……あ……」


 セドが言いかけて途切れたその先をフェンも察したのか、口を開けたままぽかんとルーシャを見ている。


「ふむ……お二方は見えませんがそういえば私はばっちり見えていますね」

「お、お前何してんのや! はよ逃げろ!」

「まあまあ、落ち着いてください。対策はしっかりできているといったでしょう」


 そういってルーシャは背負っていたカバンを地面におろすとポケットから小さな小瓶を取り出す。血を水で薄めたような薄紅色の液体が瓶の中で揺れ動くのを見てフェンがはっとする。


「退魔薬《イクスポーション》!? ひ、"品質"は!?」

「ご安心ください。Bランク上位相当の"魔族の血"でできています」

「退魔薬《イクスポーション》? なんやそれ?」

「専用の希釈用の薬液に魔族の血を混ぜて作る魔族除けの薬だよ。混ぜた血のもととなる魔族のランクによって追い払える魔族のランクも決まるんだ。そして彼女が持っている退魔薬《イクスポーション》ならあのゴールデンベアを追い払える……だけど……」


 ルーシャがどこか自慢げに小瓶を揺らしゴールデンベアに向けるが熊たちは特に気にした様子もなくのしのしと歩みを続けている。


「あの量じゃ少なすぎるよ。あれは装備品や馬車にまんべんなく振りまいてつかうものだけどあの量じゃせいぜい布切れ一枚を湿らせるのがやっとじゃないかな」

「あかんやん! お、お前もそんな自信満々に瓶振って威嚇しとらんとはよ逃げろと……」


 ルーシャは慌てふためく二人からのツッコミにも非常に落ち着いた様子で小さく首をかしげる。そしてとことことフェンのそばに行くと自分の懐をごそごそと探り先ほどしまい込んだ小銀貨3枚を取り出すとそっとフェンのそばに置いた。


「さきほどお渡ししたロープ……返品を希望されてましたよね」

「え? あ、そ、そうだけど、いまそれどころじゃ……」

「お客様に不要な品を売りつけたままお別れというのは商人としてはよろしくないですからね」

「お、お別れって……そんなのだめだよ! あきらめないで逃げ……え? 何してるの?」


 フェンから無限に伸びるロープを回収したルーシャは退魔薬《イクスポーション》の瓶のふたを開けるとその中にロープの先端を押し込み浸していく。


「ふむ……まあ5センチぐらいは浸せましたかね」

「それっぽっちで効果あるんか?」

「いや……退魔薬《イクスポーション》もある程度の量がないと効果は弱くなるはず」

「そうですね。なので増やすとしましょう」


 そういってルーシャはロープの先端と濡れて色が変わった境目を持ちぐいっとループを引っ張る。それにより濡れた部分のロープが勢い良く伸びる……その"本体を湿らせた状態"で。


 その様子を見てぽかんと固まるセドとフェン。だが二人よりも早く反応したのはゴールデンベアの群れ。ルーシャの手元で伸びたロープを見てその歩みを止め、四つ足で地面につき明らかに警戒した様子でルーシャを睨む。


「え!? な、なんで? それだけの量じゃ……ええっ!? なんでそのロープそんなに濡れて……ま、まさか!?」

「このロープは伸びても強度や太さが落ちることもなく……"伸びる前のロープと同じ状態を維持"できます。なので、退魔薬《イクスポーション》で濡れた状態を維持したまま伸ばさせていただきました。まあ……まだこちらを威嚇するだけの気概が残っているということは足りていないのでしょう」


 ルーシャは再度伸びたロープの先端と濡れた境い目を手にロープを折り曲げて持ち、再度勢いよく引っ張る。


「さて……どこまで伸ばせばあなたたちは臆してくれますかね?」


 ルーシャはロープの先端で素早く輪っかを作り、それを手に素早くゴールデンベアの群れへと駆けていく。突然の小さな商人の接近に先頭に立っていた熊は慌てて身を起こし威嚇するように両手を挙げて自身を大きく見せる。


 だが迫りくる少女はお構いなしに飛翔し、熊の頭上からその首元に乗るとその輪っかを熊の首にかける。そして素早い手つきで何重にもロープをぐるぐると首元で巻くとロープは複雑に絡みつける。


「すみませんが絡ませた部分だけ"いじらせて"もらいますね……"魔改造《イビルリクリエイト》"」


 セドとフェンに気づかれぬよう小さなその身で隠すように手元の仄かな光を隠し、ロープをぎゅっとつかむ。不思議なことに熊の首元に絡まった部分だけが普通のロープのように伸びることはなく、ルーシャがギュッと力を籠めるとその首元に食い込んでいく。


ゴールデンベアは引き離そうと慌てて自身の首へと手を伸ばすもうまくロープだけを掴むことができずもどかしそうに何度も自身の首を掻く。


「少々きつめに縛ったのであなたのその馬鹿でかい手ではほどけないと思いますよ?」


 首が締まってというよりは退魔薬《イクスポーション》の効果にもがき苦しむように暴れだしたゴールデンベア。ぶるぶると激しく身を揺らした勢いで首元に乗っていたルーシャは吹き飛ぶも猫のように空中で鮮やかに身をひねり鮮やかに着地……したと思いきやそのままころころと転がる。やがて身を起こすとぱっぱと服についた汚れを払う。その手にはなおも伸び続ける退魔薬《イクスポーション》に濡れたロープ。


 それは撤退の合図だったのかもしれない。なおも苦しむ熊が木々の葉を揺らすような激しい咆哮をあげると熊たちはぞろぞろと森の中へと走り出した。無論その中には首にロープをかけられた熊の姿も。ルーシャがその伸びた先を持っているためロープは無限に伸び始める……しみ込んだ退魔薬《イクスポーション》の効果をもまた引き伸ばしながら。


「さて、ここはもう大丈夫でしょうし私は行きますね。ちょっとロープの回収もしないとこのままだと何かとまずそうなので?」

「え? ま、待てやちっこいの!」

「ルーシャですが?」

「る、ルーシャ! 行く前にちょっとこの縄ほどいてけや!」

「あ、そちらのロープ、時間経過でその効果がなくなるので認識疎外《ミスターゲット》の効果共々あとしばらくで解《ほど》けますよ。あと……」


 ルーシャは地面に置いたままの金色のロープの輪に近づくとセドが縛ったロープをほどき輪を壊す。そして素早くロープを手繰り寄せて元のように束ねていく。


「こちらもどうやらご満足いただけなかったようなので返品として受け付けますよ」


 そういってルーシャはセドから受け取った小銀貨2枚をそっとその場に置き指さす。


「いただいたお金はこちらに置いておくのでロープがほどけたらどうぞ」

「ま、待ってルーシャちゃん!」

「なんでしょう?」

「そ……そのアイテムたち、どこで仕入れたの? はっきり言って異常だよ。特にその無限に伸びるループなんて……アーティファクト級の品だよ!?」

「……商人がそうおいそれと仕入れ先を言うはずがありませんよ? "同業者"ならわかるでしょう? ねえ?」


 どこか突き放すようなルーシャの言葉にフェンは思わずぞくりとした感覚に包まれる。相変わらずの無表情。その表情にもちろん怒りや敵意などはない。そう……そんなありふれたものを超越したようなルーシャの放つ得体のしれない何か。それを感じとったのかフェンは言葉を失う。


 そしてそれはセドも同じだった。先ほどのルーシャのゴールデンベアへ飛び掛かる動きを見てからというもの、呆気にとられたような表情のまま押し黙っている。


「……これ以上用がないようでしたら失礼しますね。またお会いした際には是非またご利用ください。"このたびはありがとうございました"」


 ルーシャは置いていたカバンを背負うとそれ以上二人の方を振り返ることもなく、なおももぞもぞと手の中で動くロープをたどるようにとことこと走り出した。


「強いて言うなら"仕入れ先"はあなたたち冒険者。久々に気まぐれな救済取引(ランダムメサイア)で有効なアイテムが手に入りました。無限に伸びるロープ……使えそうですね」


 誰にでもなく……もちろん背中越しに遠ざかっていく二人宛ではないルーシャのつぶやきは誰に届くでもなく辺りに満ちた環境音の中に溶けては消えた。


拙作をお読みいただきありがとうございました^^

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