Ep10_縄張り争いとロープ活用方法01
「おうおう、嬢ちゃんどこに目をつけてるねん!」
「額と鼻の中間ぐらいでしょうか?」
尋常じゃないほどに大きな鞄を前に、尻餅をつき見上げる女性は開口一番で怒りをあらわにする。まだ昼もまもないというのに彼女の顔に薄暗い影が落ちているのは道沿いに林立する大樹たちの仕業。道以外の地面は鬱蒼とした草や苔で覆われ土色が全く見えない森の中、怒声だけが木霊して森の奥へと消えていく。
「人にぶつかっておいて何もなかったように行くのはどないやねん!」
「どちらかというとそちらが私の鞄にぶつかってきたように思うのですが?」
「も、もうよしなよ"セド"……よそ見してたのはこっちなんだから」
「いやいやいや、あんな馬鹿でかい鞄で道塞いでたら例えガン見してても避けられんやろ!」
隣にいた小柄な女性が転んでいたセドに手を差し伸べ、それをつかむ形で勢いよく立ち上がるとセドは鞄の持ち主……というよりも背負い主であるルーシャへと詰め寄っていく。鞄とは対照的に小さな身なりのルーシャはぶつかられたことにも気づいていなかったのか無表情のままキョトンとしている。
「一度立ち止まってお声がけいただければ道をお譲りしましたよ?」
「ほ、ほら! もう僕泣きたいぐらいに向こうの方が正論言ってるよ?」
「ええい、なんでお前はそんな弱腰やねん! "フェン"!」
弱腰というよりは申し訳なさから泣きそうになっていたフェンとよばれた少女はびくっと体を大きく震わせる。その怯えた様子にセドは顔に手を当て大きく息を吐く。
「まあええわ。ここはお前の顔を立てて引き下がっておくわ」
「あ、でしたらもう少し引き下がっていただけると道が開いて私通れるんですけど?」
「こんにゃろう……やっぱ引き下がれんわ」
腹を立てていた様子のセドとどこかもの悲しい表情がデフォルトのフェン。感情豊かな二人に対し冷静さを通り越して無関心といった様子のルーシャは立ちふさがるセドを見て首を傾げる。
「ここであったが100年めや。ただで通れると思ったらあかんで」
「生憎お金持ってませんけど大丈夫です?」
「そやなぁ……ここはあたしらの商品を買って……え? お前無一文なん?」
「そちらももしかしてそんな身なりをしていますが商人というわけですか?」
「どっからどうみても商人やろ! いや、もう生まれるべくして生まれた稀代の商人捕まえてどの口が言うとんねん」
「私の口ですが?」
「……自分なんでそんな冷静なん? 調子狂うわぁ……」
再度どしんと腰を下ろしたセド。ルーシャが商人かと疑問を持つのもうなずけるものがあった。商人というにはあまりにも軽装でほぼ手ぶら。商人というよりは荒事に長けた身軽な装備でその体を武器にしているかのように金属製の膝あてや肘当てを装備しており、なにより手に付けたナックルガードがいよいよ商人というステータスを否定している。
「あ、もしかしてそちらの方の護衛ということでしょうか?」
ルーシャが指さした先でどこか照れくさそうな笑みを浮かべるフェン。確かにフェンはどこか質の良い素材のローブを羽織っており、その胸元には天秤をモチーフとした紋章が縫われている。
「僕たち商人ギルドに入って間もなくってさ。えへへ、でももう商人に見えちゃうかなぁ……えへへへへ」
「ちっちゃいのにおだてられて舞い上がっとるなや! というか、むしろこいつの方がうちの手伝いや!」
「ちょ、セド……うわわ!?」
首根っこを捕まれぐいっと引き寄せられたフェンは体勢を崩し膝をつく。その背中に背負っていた鞄はルーシャほどではないにしろ多くのものが入っているようで、揺れるたびにガチャガチャと音が鳴る。
「もうっ! 何するのさセド!」
「こいつんちが商人の一家なんやけど、親からはこいつ一人で行商するのは不安でしかないからついていってくれって頼まれたんや」
「あ、ひどい! 僕だってセド一人で旅に出るのは不安だからってセドのお父さんやお母さんに泣きつかれたんだから! しかも冒険者ギルドにだけ登録すればいいのになんか僕に張り合って勢いだけで商人ギルドにも入っちゃうし……」
「おま……それは言わん約束やろ普通!」
目の前で漫才のように行われるじゃれあいをルーシャは周囲の大樹に負けないほどにただ棒立ちのままじっと見つめている。それに気づいてかセドはこほんと咳打ったのち、どやっと自分を指さし鼻を鳴らす。
「なあなあ、うちら地元で二人そろってなんて呼ばれてるか知ってるか? 嬢ちゃん?」
「嬢ちゃんではありませんが……そうですね。"セド&フェン"でしょうか?」
「……自分もう少し変化球投げれへんの?」
「ふむ?」
「うちら地元の"アクアズム"では向かうところ敵なしの……」
「あ、海の街"アクアズム"から来たんですか?」
「え? あ、うん……って! 最後まで言わせえや!」
「アクアズムからこの"トライアルトフォレスト"を抜ける道は冒険者、あるいは冒険者の護衛無しでは通行禁止になるほど危険とされているのはご存じですよね?」
「あー、まあトライアルトフォレストは通称"三魔の森"いわれてるからな。ここらやとちょうど魔蟲種と魔獣種のテリトリーの境目ぐらいか?」
「怖いこと言ってるけど……僕は一応反対したんだよこの道を通るのは。いくらトラスティンに行くのに近いからって……本当なら南に大きく迂回していくのが普通だよ」
「そんなん冒険者のうちがおれば旅費も時間も節約できるからお構いなくやろ」
どやっと自分を指さすセドを見てフェンが泣きそうな表情で小さなため息を漏らす。
「どうしてこんな強気に育っちゃったかなぁセドは」
「おまえこそどうしてそんな弱気に育ってもうたんやフェン。うちの背中を見て育ったとは思えんで」
「その背中を見ていつも不安にさせられた記憶しかない……」
「そんな弱気やと客に足元見られて商売立ち行かんくなるで」
「生憎とお金には厳しくいくからね、僕」
首元に回されていたセドの腕を払い、膝についた汚れを払って立ち上がるとフェンはルーシャを見てにっこりとほほ笑む。
「そういえば……君も商人さんなの?」
「君ではなく、ルーシャです」
「へぇ、ルーシャちゃんっていうんだ。そっちは護衛がいないみたいだけど大丈夫なのこんな道通って?」
「おいフェン。お前今うちのこと護衛いうた?」
「気のせいじゃないかな? ちょっとお話の邪魔しないで?」
「お前……」
「私はまあ行商で何度もこの道を通ってきましたので、魔族が出てもいいよう対策はしっかりしていますよ」
「そのおかしな馬鹿でかい鞄に武器でも詰め込んどるん?」
「商品兼魔族対策グッズ兼旅の必需品……あとは兼夢と希望とロマンでしょうか?」
「鞄にあれこれ詰め込みすぎやろ……あと夢と希望とロマン兼ねた段階で一気に胡散臭いんやけど?」
セドの指摘に表情こそ崩すことはないがどこかむすっとした雰囲気でルーシャは小さく頬を膨らませる。
「そうですね……先ほどから色々とご期待に沿えなかったので、ここはセールスカウンターでお応えしましょう」
「セールスカウンター? 何それ?」
ルーシャは鞄を下ろすとよじよじとその鞄を上り、その口からアイテムを手に戻ってくる。そしてごそごそとどこから取り出したのか大きな白い布を手にばっと勢いよく広げ地面に敷く。
「まあお金はないですがその分お安くしておきますよ? という商人向けの限定セール?」
「えぇ……商人相手にもの売るん自分?」
「いや……セドもさっき難癖付けてお金巻き上げようとしてたよね……」
フェンからのツッコミにセドはどこかばつが悪そうに頭をかいた。やれやれと起き上がると目の前でどこかテンションが少し上がった様子のルーシャが並べ始めた商品にゆっくりと目を向けた。
拙作をお読みいただきありがとうございました^^




