Ep09_緊急クエスト時の実演販売はご遠慮ください04
「急に奇妙な娘が落ちてきたかと思ったが……なるほど、"アダマン"から聞いていたおかしな娘というのはお前で間違いないようだな」
「人違いではないですか? 私はいたってごく普通の商人ですよ? ここに来たのもたまたまみたいなものですし」
微かな光さえ届かない地の底。開けた空洞と化した暗闇の中で互いに睨みあう両者は暗闇など関係なく相手が見えている様子だ。そのうちの一方、ルーシャは睨むというよりも興味があるのかないのかわからない呆けた瞳で相手を眺めているというのが正しい。
「黙れ。そういってアダマンの時も油断させて不意でも突いたのだろう。そうでもなければやつがお前のような者に遅れをとるはずもない……」
ルーシャに対峙するのは場違いな執事服に身を包む紳士を彷彿とさせる整った顔つきの男性。だがその手は黒く艶やかに光沢した甲殻に覆われており、アイアンラウスに似た魔蟲種であると……彼をひとならざるものだと印象付けている。
「どなたのことを指しているのかわかりませんが、あなたこそこんな地底の奥底のそのまた奥のような場所で何をされているのですか……そんな"大きなペット"まで引き連れて」
ルーシャの問いに男は不敵に微笑み、ふと後ろに控える全長50メートルはあろうかという蛇のように長い不気味な魔蟲種へと振り向く。それはまさに百どころか千の足を持つのではとさかっくさせるほどの巨大な百足。その頭にはドリルのように捻じれた鋭く太い角が伸び、その漆黒の甲殻に負けないほどの鋭利な輝きを放っている。
「ここに来たからには察しているのだろう。地上の連中は囮……このジャイアントヘカテーでの奇襲こそが我らが策と」
「全然察してないのですが?」
「……本当に偶然落ちてきただけなのか? いや、そもそもこの場所まで来れた段階で貴様は異常だ。正体を現せ!」
そう言ってルーシャをビシっと指差す。そしてすぐ様その指の先、漆黒の詰めが鋭い針のように伸びてルーシャを襲う。だがその針がルーシャの胸元を貫かんと迫ったところでルーシャがすっと指を立て、"針を防ぐ"。突如止まった自身の針、そして力を込めるもびくともしない状況に愕然とした表情で男がルーシャへと視線を向ける。
「たしか他人様を指差すのは失礼だと……人族の世界では言われているそうですよ?」
「その口ぶり……貴様まさかこの世界の者ではない……神の類か!?」
「違いますが?」
「ならば悪魔の化身か!」
「違いますが?」
「だったら精霊だとでもいうのか!」
「違いますが?」
中々的を得た返事が来ず、業を煮やした男はすっと伸びた爪をもとに戻し、今度は左手の五本指を手刀のように構える。そして瞬時にすらっと伸びた爪は一本の針へと収束するように伸び、漆黒の刀身を持つ細剣を形作る。
「ふざけたやつだ。その命、直々に"ロノミア"様の右腕であるこの"ネプラス"が貫いてくれる!」
「ああ、あなたも"右腕さん"でしたか」
ネプラスの繰り出す激しい突きを涼しい顔でちょこまかと避けつつルーシャもまた相手を真似してかすっと人差し指を立てる。
「ということはあのとき"ラシーナダンジョン"にいた"全自動式ご自由にどうぞ品"の鎧さんのお知合いですか?」
「はぁ?」
「彼にはお伝えしたんですがね……」
「訳のわからぬ戯言で謀ろうなど……なっ!?」
ルーシャがいつのまにか手にしていた二本の金属筒……全く動きが見えなかったということもネプラスにとっては脅威ではあった。だがそれ以上にまさに無言の圧と言わんばかりのルーシャの押し黙った表情……そこに並々ならぬ危機感を感じネプラスは大きく飛翔し距離をとる。
「ご友人の腕の仇を取りに来たというのなら返してあげますよ」
そう言ってルーシャは手にしたうちの一本の金属筒をネプラスの足元目掛け放り投げる。そして筒が地面につくや否やすさまじい閃光、そして続く白煙がネプラスを包み込む。
「ぐっ!? 目眩まし……それにこれは……チッ!」
「どうでしょう? 涙ぐむほどに大切な方の腕だったのでしょう。感動の再会も叶ったわけですしこれでもうこの先の村を襲う理由もないのでは?」
「ふざけるな! これは催涙ガスの類だろう! そんなものを投げておいて貴様……」
「あなたは大丈夫でも後ろの魔蟲種はもう無理なのではないですか? 苦手なんでしょう? "明かるい"のが?」
ルーシャの指摘にネプラスが背後を見ると突然の強烈な明かりに恐慌状態に陥ったのか、ジャイアントヘカテーはその巨体を震わせ逃げこそしないもののせわしなくその巨体を蠢かせている。
「まあ……あなたがた魔族も形はどうあれ神や悪魔、精霊たちや人族同様に母が生み出した存在。むやみやたらとその命を刈り取る気はありませんが……あなたたちは"他種族を殺し過ぎている"。この現世にとって迷惑客なことこの上ない存在です」
「……それが"原初の存在の意向"であろう?」
「ふざけないでください」
ルーシャの無表情に浮かぶ暗く淀んだ瞳。そこに炎が灯るかのような紅が混じる。感情こそ感じさせないものの、明らかに不愉快さを放つその雰囲気にネプラスはごくりと息をのむ。
「あの人は誰よりも争いを嫌っていた。あなたたち魔族の役割は他の4種族が手を取り合って主である"魔王種"をダンジョンの奥底に封印した段階でもう十分に果たしています。これ以上無意味に暴れる必要もないでしょう」
「何を言うかと思えば……違うだろう。この現世は人族ではなく我らが魔王種の……魔族たちのもの。神も悪魔も精霊もただこの世界にふさわしくないと排除されたのだ。あとは邪魔な人族を排除すればこの世界は……」
「生憎と土地や"世界"といった不動産は私の取扱品ではありませんが……ダンジョン暮らしが気に入らないというのなら"母"に会った際に掛け合ってみますよ」
「……母?」
ピクリと眉をひそめるネプラス。だがルーシャはぶんぶんと首を振り、その紅に変わった瞳でネプラスを真っ直ぐと見据える。
「まあ、今日はお引き取り願いましょう。いずれあなたたちの主とやらにもご挨拶に伺いますよ」
「貴様……いったい何者なんだ?」
「商人ですよ。本日は実演販売でやってきただけですよ……」
そういって残る一本の金属筒を先ほどのようにネプラスの足元へと放り投げる。再度辺りを包み込む強烈な光……そして……。
「ぐああっ! この香りは……おのれ……おのれっ!」
辺りを包み始めた淡い緑の煙にネプラスは口元を手で覆い、ここまでジャイアントヘカテーが掘ってきたであろう横穴へと引き返していく。主が逃げるのを見てかジャイアントヘカテーもその巨体を起用にひねり、もと来た穴へと引き換えしていく。
「ふむ……魔族たちの間ではそんな認識になっていたのですか。まあ同情はしますがそれでも彼らの手段は母が望むものではありません。まったく、母も魔族たちの住処を用意してから引きこもってくれればよかったのですが……ねぇ」
魔蟲種たちが引き揚げ静寂と闇だけが溜まる地の底。自分が下りてきた大穴は光さえ届かぬ深さ。だがルーシャはその光なき天を見据えるかのように遠く……どこか懐かしむような瞳を浮かべて見上げていた。
拙作をお読みいただきありがとうございました^^




