Ep09_緊急クエスト時の実演販売はご遠慮ください03
「ふ、二人は来なくても!」
「馬鹿言うな! お前ひとりであんなの相手にできないだろ! 適当に村から離れたらその防具壊してでもはずせ!」
「そうですね。一か所に集まれば他の冒険者たちに集中砲火していただければ討伐の効率も上がりますし……まずは敵の誘導ですよ」
サクラを軽々と抜き、前を走る形でギーネがリードし始める。その後ろにサクラも意図を汲み後に続く。モカも少し遅れてはいるが必死にその後に食らいついていく。そしてその後ろには優に100を越えるであろう魔蟲種の群れ。
追いつかれれば命はない。それがわかっているだけに3人の足は決して緩むことなく動き続ける。
「あの……そちらお代をまだいただいてないのですが?」
がくんと彼女たちの足が崩れそうになった。一列に並ぶように走っていた3人。そこに並走するように走るルーシャ。その背にはおなじみの身の丈以上の巨大な鞄を背負っており、思わず三人そろってぎょっとした表情で息をのむ。
「ど、どんな筋力と脚力してるんだよお前!」
「そ、そのかばん背負って涼しい顔して私たちについてこれるのおかしくないかな!?」
「わ、私……すでにちょっと呼吸が……」
3人からの追及にもどこ吹く風で無表情のまま砂塵を巻き上げながら走るルーシャ。とことこと小さな足を動かしているだけのように見えるがその速度は尋常ではない。
「そちらの商品、買わないのであれば返していただきたいのですが?」
「そ、そんなこと言われても! これはずれないんだけど!」
「ああ、そういう事情でしたか。これは失礼。それでしたらこちらをお使いください。潤滑油みたいなものです」
ルーシャが羽織っていたコートのポケットから小瓶を取り出しサクラへと投げ渡す。それを受け取りサクラは慌ててふたを外すと手甲をはめていた左手に潤滑油を垂らしていく。その後瓶を投げ捨て、空いた手で手甲の金具をぐいぐいと引っ張る。
「と、取れた!」
外れた手甲を高らかに上げてサクラはにかっとした笑みを前を行くギーネ、そして後ろを走るモカへと順に向ける。そして横を走るルーシャの方を見て外れた手甲を返そうとするもルーシャの視線ははるか後方へと向けられている。
「思ったよりも速いですね……魔蟲種というのも」
ルーシャの言葉を待たずして同じ矛先、魔蟲種の群れを見てギーネがきゅっと下唇を噛む。離れていたはずの魔蟲種の群れ。だが地を這うアイアンラウスに比べ空を飛ぶバレットビーの速度はすさまじく、既に羽根を震わせるブーンという音が間近に迫ってきている。
「あの数相手じゃナイフが足りないぞっ! くそっ!」
ギーネはベルトから素早くナイフを抜き、すっと目を細め狙いを定める。だが群れを成してビュンビュンと飛び回る相手では中々狙いが定まらず、小さく舌を打つ。そこにそっと横から伸びた小さな手。その手にはギーネの手にしたナイフとは別のナイフ。
「このナイフ……緊急セール価格で銅貨3枚でいかがです?」
「そのナイフ……もう投げなくても無視は寄ってきて……そうかっ! 買ったぜそのナイフ!」
「まいどあり」
ルーシャから受け取ったナイフをすぐさま構え、自分たちとは離れた先にある一本の木に狙いを定める。そして鮮やかな手つきで投げた一刀は見事にその木へと突き刺さる。
「み、見て! バレットビーの矛先が……」
ナイフから散布されたであろう薬剤の効果でバレットビーは理性を失ったように一目散にナイフの刺さった木へと向かう。
「す、すごい効果。本当に虫たちが全部あっちへ……って、アイアンラウスはまだこっちに転がってくるみたいだよ!」
「ふむ……丸まってて匂いに鈍感なんですかね」
迫る危機を感じさせないのほほんとしたルーシャの物言い。だがサクラは意を決したのかぐっと手にした剣を構える……のだが手にした剣を落としすぐさまサーっと血の気が引いたのか青ざめる。
「さ、さっき使った潤滑油のせいで手が滑って武器をまともに持てない……あはは~」
「あはは~じゃないだろサクラおまっ!」
「燃える展開というやつですか……? ではこちらもどうぞ」
ルーシャが次に手にしたのはボールサイズの丸い球体。それを見てギーネがまたもはっとしてその商品に手を伸ばす。
「そいつはいくらだ? 売ってくれ!」
「そちらの方を潤滑油まみれにしたのはこちらの不手際ですし、お代は結構ですよ」
ルーシャの返事にギーネはすぐさま"投擲玉"を受け取りサクラの方へと向き直る。
「おいサクラ、燃える展開というやつだから我慢しろ」
「ふえぇ?」
ギーネはどこかニヤリと目を光らせ手にした投擲玉……"ハッタリハナビ"をサクラへと投げつける。サクラが驚いて小さく悲鳴を上げると同時に、着弾した玉ははじけ綺麗な色とりどりの炎がサクラを包む。
「こ、これ大丈夫なやつなのかな!? でも……熱く……ない?」
「パーティの余興用のグッズですから見物客の心は熱くしますが使用者に熱さはありませんよ」
「使っておいてあれだけどどういう仕組みなんだこのアイテム?」
ジトリとした目つきでギーネがルーシャに顔を近づけるも一切表情にぶれもなく、ルーシャはくいくいっとギーネの後方、なおも迫りくるアイアンラウスの方向を指さす。その仕草にはっと背後を振り返るとそれまでまっすぐ自分たちの方へと転がっていたはずのアイアンラウスがその勢いを殺し球体から通常の姿へと戻っていく。
背中を覆う甲殻は個体によっては鉄にも勝る硬度を持つといわれるアイアンラウス。大きなダンゴ虫のような身なりだが、球体の時には隠していた棘状の突起がその背のところどころに生え、何本あるかもわからない短い脚をせわしなく動かしゆっくりとルーシャたちの方へと近づいてくる。
「魔蟲種は炎を嫌います。なのでアイアンラウスも警戒したということでしょう」
ようやく立ち止まったサクラやギーネの後ろで息切れから肩で息をするモカ。なおも燃え盛るサクラの肩に手を置き、自身の手に燃え移った炎を見て確信めいた表情を浮かべる。
「警戒はしてくれても歩みは止めてくれないんだな」
ギーネもサクラに倣い腰に差していた二本の短剣を手にむかってくる魔族の群れを辟易とした表情で睨む。
「おいルーシャ。ここまで来たら他にもなんかあいつらに有効そうなアイテムはないのか?」
「ふむ……アイアンラウスが相手ですか。それでは一振り地面に刺すだけで瞬時に大穴を掘れるピッケルなどいかがですか?」
「え? そんなのあるのかよ!?」
「はい。空を飛べない魔族相手には非常に有効で、お値段も小銀貨一枚と非常にお求めやすいお値段です」
「買った!」
「お買い上げありがとうございます。あ、使用の際は気を付けてくださいね。刺さったところから半径50メートル、深さ500メートルほどの大穴が開くので」
「そうか、その大きさなら敵もひとたまりも……いや待て……それ使用者も巻き込まれないか?」
「ちなみに商品名は"ボケツホッテル"です」
「自殺用アイテムじゃねぇか! 返品!」
「むう……便利なんですよ? ああそうか、実演販売をしてみせろという振り……ですね?」
「振ってねぇ! というか降るなよそんな危険なピッケル!」
「大丈夫ですよ。ちゃんとお客様の安全な場所で実演するので」
ふんすふんすと鼻を鳴らし、手にしたピッケルをまるで子供がおもちゃを得たようにぶんぶんと振り回しでかい鞄を背負ったまま魔蟲種の群れへと走り出すルーシャ。その背に慌ててギーネが制止しようと手を伸ばすもひょいっとタッチの差でその鞄をつかみ損ねる。
「お、おいおい! 何してんだよお前!」
「だ、だめだよルーシャちゃん!」
最前線で剣を構えていたサクラの横をひょこひょことした足取りで尋常じゃない速度で通り過ぎていくルーシャ。その姿に気付き悲鳴に似た制止の声を上げるもルーシャはなおも加速していく。
アイアンラウスも何かが向かってくると察知し、ぴたりと足を止めその背に生えた棘を向けて威嚇する。だがルーシャは小柄ならではの小回りの良さで群れの隙間を縫うようにして中心へと抜け、そのまま躊躇なくピッケルを地面へと突き刺す。
周囲の者からすればその光景は瞬時に目の前に大穴が開いたのと同じ。そしてその中心に位置する魔蟲種達からすると足元をすくわれるというレベルでは済まされない緊急事態。無論飛ぶ術のないアイアンラウスからするとまさになす術はなく、まるで地面が大口を開けて飲み込むかのようにして落ちていく。
「る、ルーシャ!」
大穴の淵までたどり着いたときにはすでに魔蟲種の群れはなく、まるで爆破でもあったかのようなすさまじい砂塵だけが周囲に立ち込めていた。
「う、噓でしょ……まさかあの子は身を挺して私たちを……」
追いついたモカは目元を潤ませ口を手で覆い、深くあいた地面を見下ろしその場にへたり込む。
「だ、ダメだよそんなの……そんなのってないよ! ルーシャちゃん!」
「ば、馬鹿! 何してんだサクラ!」
「放してギーネ! 私ならこのくらい飛び降りても!」
「無茶言うな!」
いまにも穴に向かい飛び降りそうと察してかサクラを羽交い絞めにするギーネ。それを必死に振り払おうともがくサクラ。
「はやくいかないとルーシャちゃんが!」
「……なんでしょう?」
「……はい?」
これまた非常に奇妙としか言えない光景だった。砂塵が収まりつつある中、ぽっかりと空いた大穴の上でまるでガラスの床にでも立つかのように宙に立つルーシャ。
「う、浮いてる!?」
「使用している間は大地に根が這ったように"その場所に固定され"動けなくなる……言いませんでしたっけ?」
両手で持つ十字架"マイナイオンクロス"をぽかんとした表情の3人へと向けて首を傾げるルーシャ。呆気にとられしばらく固まっていた3人だが既に腰を下ろしていたモカ以外の二人も足の力が抜けたのかへなへなとその場にへたり込む。
「ほんともう色々とでたらめだよ~、ルーシャちゃん……」
「あいつの商品ほんとどんな性能してるんだよ」
「もはやあれを商品と呼んでいいのでしょうか……アーティファクトと呼んだ方が……」
大穴の上で相変わらずの無表情のままじっと大穴の底を見つめるルーシャ。あまりにもずっとそのままでいたのが気になり、ギーネたちも大穴の底へと視線を落とすも真っ暗な闇が広がるばかりでその底は見えない。
「そういえばこれ、穴に真っ逆さまに落ちはしませんがそちらに戻る方法を用意しておくのが抜けていましたね」
「え? あ……」
ぽつりとつぶやいたルーシャの台詞にサクラははっと口に手を添える。だがギーネはやれやれとその慌てふためきだしたサクラの肩にポンと手を置く。
「長いロープでも持って穴をまたいで張ってやればいいだけだろ」
「で、でもそんな長いロープ……今持ってる?」
「あー……一旦村に戻って買ってこないとだな」
「あ、お構いなく。それよりもまだバレットビーの群れが残っているでしょうしそちらに向かってください。私は……」
そういって十字架に添えていた両手を解くとそれまで止まっていた時が動き出すようにルーシャは落ち始める。それを見てぎょっと3人が目を見開いた瞬間にはまたルーシャはぴたりと空中で静止している。
「こんな感じで十字架を握っては放してを繰り返せば底まで降りれそうですね。それでは皆様ごきげんよう」
そう言ってルーシャはひらひらと手を振る。そのせいで十字架から手が離れ、また迎え入れた重力によりルーシャはさして怯えた様子も驚いた様子もないノーリアクションのまま闇の中へと消えていった。




