Ep08_よく見かけないパーセントオフセール03
それまで穏やかだった河川の表面が徐々に波打ち始める。それは異様な光景だった。はるか遠くの水面に雨も降らないのにポツリと雨が落ちたような波紋が広がる。そしてその波紋は何度も何度も同じ場所を中心にその波を強め、やがてはルーシャの倍ほどの高さとなって岸へと押し寄せる。
「うーん……濡れたくはないんですけどねぇ。ああそうか、これなら……」
ルーシャは先ほど脱ぎ捨てた青の澄んだブーツを手に、ポイっと波の中心へと投げつける。すると波はまるで触手のように飛んできたブーツをキャッチし、水中へと引きずり込む……のだが……。
「ななな……なんだこれ!? 力が……抜けるぅ~」
なんとも気の抜けた声が響き、それまで波打っていた水面が徐々に落ちついていく。そして水中から地面を這うようにしてずるずると昇る人のような形をした何か。その足には先ほど投げられたブーツが身につけられている。
「お、おまえ! あたしにいったい何をした!」
先ほどのブーツに負けない程に澄んだきれいな蒼色の髪をした少女。腰まで延びようかというその長い髪は奇妙なことにまるで腕のように地面へと伸び、だるそうにする少女の体を起き上がらせる。
「いやぁ……ちょっと処理に困っていたブーツをいい機会だと思って投げてみたら"魔族"が食いついちゃったなぁと?」
ルーシャは小さくあくびをしながらぱたぱたと口元を仰ぐ。それを見た少女がその透き通るように白い肌を紅潮させていく。
「たかが人族ごときがこの偉大なる"アルファスライム"のイルミ様を小ばかにして……ただで済むと思うなよ!」
「あ、そうですね。一応そのブーツの料金もらってもいいですか? 無料で済ますのも商人としてはまずいので?」
「むきーっ! 馬鹿にして! これでも……くらえーっ!」
イルミは右腕を河の水面に着けるとぐっと右こぶしに力を籠める。それと同時にイルミの右腕がポンプのようにぐんぐんと水を吸い上げ膨張する。そして大木のような太さへと変貌したところでもはや人間の手とは大きく異なる歪な手をルーシャへと向ける。
かざした腕からはさながら水のレーザーのような激しい水流が吹き出しルーシャへと直撃する……のだが。
「ふっふっふっ……どうだぁ! 参ったか!」
「参りましたね……びしょ濡れじゃないですか」
「そうだろそうだろ……"イルミレーザー"はちょっと薄めの木の板にももしかしたら穴をあけるんじゃないかってほどの威力でひとたまりも……ふにゃ?」
猫が濡れた毛を乾かすかのようにぶるぶると身を震わせ水滴を飛ばすルーシャ。のほほんと服の端をつかんではぎゅっと絞るのを繰り返していたが、口を開いたまま唖然としているイルミに気付きぽりぽりと頭をかく。
「ええっと……水たまりはできましたね」
「いや、なんでそんなピンピンしている?」
「ちょっと薄めの木の板よりは丈夫な体をしていたんですが……少しは痛そうにした方が自然でしたか?」
「お前ほんと人間か? え? もしかして同業者? ウィーアースライム?」
「同業者ならライバルですね。私はしがない商人ですから。あと、言うほど先ほどの水流は強くなかったですよ?」
「う、嘘だ! あたしの水流を受けて無事だなんて、お前ふつーの商人じゃない!」
「あ、じゃあ超がつく一流の商人ということで? よくぞ私のウソを見抜きましたね?」
「いやいやいや! 一流の戦士だろ!? 超がいっぱいつくほどの武の化身だろ!」
「非戦闘員のか弱い少女を捕まえて失礼ですね」
「ぐぬぬ……いいだろう、お前はあたしを本気にさせるほどの実力の持ち主ってことだな! 認めてやる!」
「あ、そっち路線の承認欲求はないのでお構いなく……それより?」
空気が張り詰めるという感覚を肌で感じるイルミ。というよりも実際に腕がぶるっと波打ったのを見てイルミははっと目の前のルーシャへと身構える。
さして怒っているようには見えない。女性というよりも少女……見るものによっては幼女と表現するかもしれない小さなルーシャから発せられる威圧感にイルミはごくんと喉を鳴らす。
「この橋を壊したのは……あなたですか?」
「……だとしたらなんだっていうんだ?」
「魔物素材の仕入れ業務が始まります」
「……ち、違うって言ったら?」
「疑ったお詫びの粗品としてこちらのひんやりクールドリンクを贈呈しましょう」
ルーシャからの二択にイルミはしばらく黙り込み、かっと目を見開く。
「あたしは無実! あ、あたしは結構いいスライムって評判なんだぜ!」
「そうなんですか?」
「そ、そうだぞ! 今も寝ぼけて壊しちゃった橋をどうやって直そうか一生懸命考えてたんだぞ!」
「あ、壊したんですか?」
「わ、わざとじゃない! 水の中で寝てたらいつの間にか流れ着いてて……頭からごんってぶつかって寝ぼけてイルミレーザーを撃っちゃったら……その……」
「真面目に撃つよりも寝ぼけて撃つ方が威力が高いとか変わった特技をお持ちですね」
少し呆れたようにため息を漏らすルーシャ。それと同時に周囲を包んでいた空気がどこか穏やかなものに変わる。
「まあ悪意はないみたいですし……いいでしょう。これに懲りたら水の中では寝ないことですね」
「そ、そうする!」
「あ、こちらをどうぞ。粗品のひんやりドリンクです」
「なんかとてもひんやりとして美味しそうな名前だな!」
「自分で言うのもあれですがそのまんまな名前ですね」
「よせやい褒めるな!」
どこか誇らしげに鼻をすするイルミを見てルーシャは再度ため息を漏らす。そして手にしていた薬瓶をイルミに渡すとイルミは目を輝かせて受け取った薬瓶の中身を一気に飲み干す。
「うん! 冷たい! 美味しい!」
「それはよかったです」
「でもなんだかちょっと冷たすぎ……あれ? なんか手足の自由が……」
ふと自身の異変に気付き体に触れて確認するイルミ……はそのまま動かなくなり、その体からは冷気を発している。
「……まあ、魔族イコール悪というわけでもないですし。今回は見逃しますか」
そういってルーシャは凍結して固まったイルミをグイっと片手で軽々と持ち上げる。
「まさか本当にスライムを凍らせることになるなんて……まあ、凍ったぐらいじゃ死にはしないでしょう」
ルーシャはぐっと肩に力をこめ、河の上流……はるか遠く森から流れる川の源流を眺め、ぶんっとイルミを投げる。先ほど吹き飛んでいった四人のように瞬時に星となって消えたのを見てルーシャはやれやれとぬかるんだ地面の上におかれた鞄を背負う。
「どこかで体や服を洗える場所を探さないとですね……」
そういってルーシャはゆっくりと眼前を流れる河へと歩みを進める。そして地面の上を歩くかのように……水面に一切の乱れを生じさせることもなくルーシャは河を歩いて渡り始めた。
拙作をお読みいただきありがとうございました^^




