9.契約召喚⑫
あなたが養子に迎えるなら、どの悪魔がよいでしょうか
その翌日、議事堂では、悪魔初の国会議員を拝命したばかりのヴァプラが、会議で演説をしていた。
「皆さん、わたくしは公約を果たそうと、悪魔と人間の共生社会を目指して活動をはじめました。しかし、悲しいことに人間の皆様の中には、未だ偏見をお持ちの方も多く、悪魔と手を取る生活を嫌って、国外へ引っ越そうと計画なさっている方もいらっしゃるのが現状です。そこで、わたくしは、ナベリウスに頼み、しばらくの間、あえて皆様方の出国を制限させていただくことにいたしました」
「正しい処置だ」
「この国に古い考えを捨てようとしない人間がまだいるなんて、恥ずかしい話だ」
「出国を制限していただいている間に、そいつらの差別意識を徹底的に正さなければならない」
満場の拍手。ヴァプラは両手をあげて、それを静めた。
「皆様、ご理解いただきありがとうございます。そしてわたくしにはさらに、早急に進めたい政策がある。それは、すぐにでも地獄からすべての悪魔を呼び出し、この国の方々に養子として迎えていただくというものです。
この数週間、ほとんどの悪魔たちは、人間と手を取り合うことの大切さを学び、地獄を出て、この国の国民として皆様とともに歩みたいと願っているのです」
会場からより一層の拍手。
「いいぞ、そのとおりだ」
「さすが悪魔だ。我々ではまったく思いつかない政策だ」
「感動した、涙が止まらない」
「では満場一致で可決ということで。さっそく国中に掲示を出しましょう。悪魔さんたちは全部で七十二人だけということですから、数日中にすべての悪魔さんは、この国の国民となることでしょう。
次に、最近井戸から汲み上げた水の味が変わったという報告があり……」
議事堂の隣の大聖堂。カイムとアンドレは、礼拝堂の入口の階段に座って、膝の上に懐紙を広げていた。懐紙の上には、ごく小さいビスケットの欠片。パトリアがクロセルを呼び出した際に使用したものである。二人は、これを慎重につまんで口へ運びつつ、拡張した聴覚を使って、議事堂で行われているヴァプラの演説を、ラジオ代わりに聞いていた。
「……いくらなんでもヴァプラのやつ、やり過ぎじゃないのか。ちょっと注意してやった方がいいかもな」
「いいのよ。クロセルの計画の一部だから」
「へえ……決行日は五日後だっけか……クロセルがこの手のことに自分から積極的に関わるなんて珍しいな」
「あなたのためでしょ」
「……私のため?」
カイムはしばらく黒目を上に向けて考えた。
「……なんで?」
「……あなたのそういうところが、かえってクロセルとうまくいってる理由だと思うわ」
「ところで、決行日はちょうどトーマスの妹の結婚式じゃないか」
「そうそう、ぎりぎりドレスが無駄にならなさそうでよかったわ」
「私も彼らにスピーチよりもずっとすてきな贈り物をしてやれそうでよかったよ……」
二人の会話が止まった。アンドレが盗み見ると、カイムは自分の手元を見つめたまま考えごとをしているようだった。
「……あなた、仲良くなった人間を手にかけるのは苦手でしょ。無理してその場にいなくてもいいのよ」
「……いや、仲良くなってしまったからこそ、決着は私がつけなければならない」
クロセルを召喚してしまったパトリアは、悪魔どもに対抗しようと策を練った。考えた末、古い友人等に手紙を送って、あえて彼らにできるだけ多く悪魔を召喚するよう頼むことを思いついた。(パトリアは舌のピアスのおかげで、もう自分では契約召喚ができなかった)先手を打って悪魔たちに「この国を守れ」と願えば、逆にそいつらをこちらの味方にできると思ったのである。
彼は独房から、思いつく限りの知り合いに宛てて手紙を書いた。しかし、召喚に成功したら、知らせをよこすよう文言を添えたにも関わらず、数日経っても音沙汰がなかった。
パトリアは、拳で鉄格子を打った。
「……くそ……長い間、国を離れていた俺の願いをきいてくれるやつなんていないか……」
グラシアは、鉄格子に寄りかかって座り、立てた膝に顔を埋めながら背中にパトリアの拳の振動を受けていた。
「パトリア……違うよ……地獄にはもう、呼び出せる悪魔がいないんだ。みんなこっちに来てる。みんなどこかのうちの養子になってる」
「なんだって……」




