表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

72/75

9.契約召喚⑪

グラシアの葛藤、パトリアの決断


 やがて粛清計画が定まると、新しく契約召喚された悪魔を通じて、現在「名無し国」にいる悪魔に、それぞれの役割が通達された。

 議事堂の上のナベリウスにも、再びプルソンが訪れた。

「ナベリウス、この国の人間の粛清が決まったことは知っているか。君には、今すぐ結界を逆向きに書き換え、国民を国内に完全に閉じ込め、他国へ逃亡できないようにしてほしい。できるか」

「結界を書き換えるのは簡単だ。逆五芒星の頂点を前回とは逆の順番に辿りながら、黒曜石を埋め直すだけだ」

「そうか、じゃあよろしくな」

 去ろうとしたプルソンの背中に、ナベリウスはつぶやいた。

「……もし俺が断ったら?」

 プルソンは真面目な顔で向き直り、相手の顔をみつめた。

「君が渋ったらこう言えと、クロセルに言われている。『言うとおりにすれば、真犯人の悪魔を罰することはしない』……」

 ナベリウスは、相手から目を反らした。

「……わかった、今日中に結界を書き換える」

 プルソンが去った後、彼は空を見上げた。追うべき雲のない真っ青な空だった。


――「真犯人の悪魔」か……クロセル……「真犯人」が誰か……気づいているんだな……



 ナベリウスの元を離れたプルソンは、次に千里眼でグラシア・ラボラスを探した。彼は元気の無い様子で町をうろつきながら、収監中のパトリアへの差し入れを物色しているところだった。プルソンはすぐに彼の前へ現れ、人気のないところへ引っ張った。

「グラシア、君の役目が決まった。君の召喚者に、クロセルを契約召喚させろ」

 グラシアは顔色を変えた。

「なんでクロセル……」

「なんでかは知らん。本人に聞いてくれ……とにかく君は、自分の召喚者を救いたかったら、おとなしくしたがってほしい。したがえない場合、彼の命は無いと思ってもらいたい」

「……」

 プルソンと別れたグラシアは、どのようにパトリアに話すか少しだけ悩んだ。

 召喚者に、粛清計画を含めすべてを正直に話す、という可能性は無い。正式に召喚された悪魔は、召喚者の願いをできるかぎり叶えたいと思う。もちろんグラシアもそうだった。しかしそれと同時に悪魔は、召喚者の生命を守り、できる限り長く彼と一緒にいたい、という業も持つ。ここまで自分の業に忠実に、親友を裏切り続けてきた彼は、今度も自分の業に従うしかなかった。


 独房に着いたグラシアは、パトリアにプルソンから頼まれたことを話した。しかし肝心なことは言葉を濁した。

「どうして俺がクロセルとかいう悪魔を契約召喚しなければならないんだ」

「分からない……でも従ってほしい……従わないかぎり君の命は無い」

「俺の命なんてどうでもいい」

 グラシアは二人を隔てる鉄格子を掴んだまま崩れ落ち、泣いているような震え声を絞り出した。

「いいわけない……いいわけないよ……」

 パトリアは心を打たれて、グラシアの肩に手を置き、すぐに表情を引き締めた。

「そうだな……悪かった……もう逃げるのは無しだ。命がなければこの国を救うために努力することすらできないもんな」

「……」

 うつむいたまま、グラシアは思わずうめき声を上げた。

「それでおれはその悪魔に何を願えばいいんだ」

 グラシアは、はっとして顔を上げた。

「……そういば、それについては何も言われなかった……」

「……」

「……」

 二人はしばらく顔を見合わせた。


 その日の夜、独房の前で悪魔が眠ってしまい、一人になったパトリアは考えた。彼は悪魔たちが何を企んでいるのか、まったく分からなかった。グラシアも何か隠している気配がある。彼は散々悩んだあげく、悪魔たちに従ってみることにした。従わなかったばっかりに、いきなり寝首をかかれては、彼らの企みに何も対策を打てない。

 それに彼は一つの名案を思いついていた。クロセルとやらに命じる願い事を「この国を守れ」にすればいい。これで少なくともそいつは、この国の人間に仇なすことはできなくなる。そうだ。「この国を守る」この願いだけがソルから自分へ託されたすべてであり、これさえ叶えれば他はどうなってもいい。

 おそらく悪魔は、なんらかの手段で自分を拷問して、思い通りの願い事を言わせようとしてくるだろう。なんとしてもこれに耐え「国を守れ」と命じなければならない。事前にアヘンチンキを用意して、拷問の痛みを緩和させたいところだがやめた方がいいだろう。これを使うと意志の自制が怪しくなるおそれがある。




 翌日の日没後、隠し事をしているらしいグラシアを独房の側から離れさせ、パトリアは一人で召喚の儀式を始めた。

「※※※ ※※※※※ ※※※※※※※」

 黒闇に浮かぶ、2つの燭台の灯り。その灯りの間に、ほどなく黒い悪魔の影が現れた。所定の儀式を終え、足にキスをさせた次の瞬間、パトリアは悪魔に馬乗りにされた。ここまでは予想できたこと。痛い目に合わされるまえに、さっさと願い事を言ってやろうと口を開けると、悪魔は彼の上顎と下顎の内側に指をかけ、口を開けたまま固定した。人間がうめきながら抵抗しているのも構わず、悪魔は初めから手に持っていたらしい小さい銀のCの形をしたピアスを舌にはさみ、思い切り締めた。

 パトリアは思わず叫び、口から溢れ出る血を抑えながらのたうち回った。

 クロセルはいつの間にかその場にあった椅子に移動し、足を組んでいた。

「さ、何なりと願い事をどうぞ」

 気を取り戻したパトリアは、身を起こしながらあらためてクロセルを見た。東洋風の黒い着物姿の黒髪長髪の男。黒髪の間からのぞく、誘うような黒と緑の目。悪魔特有の人形のような欠点のない顔に浮かべた微笑が、まったく油断できない印象を人間に与えた。

「……何なりと……だと……」

「ええ」

 クロセルは足を組み直し、相変わらず薄ら笑い。

 パトリアは一瞬疑ったが、すぐに思い直した。


――大丈夫だ。あいつが何を企んでいようと、俺が今から言う望みさえ叶えさせれば、あとはどうでもいいじゃないか……さあ……立て、パトリア……


 パトリアは自分の太ももをつねって痛みを分散させ、頬を抑えたままどうにか立ち上がった。そして激痛でろれつが回らない舌を、どうにか動かした。

「クロセル、この国を守れ。この国に害をなすやつらをすべて駆逐しろ」

 悪魔は一瞬真顔になったあと、より一層の薄ら笑いを浮かべた。

「かしこまりました。ご主人さま」



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ