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9.契約召喚⑩

ビスケットの思わぬ効能が明らかとなり、物語はついに最終局面へ突入する

 ほどなくして、地獄に転機となる知らせがもたらされた。

 自分を契約召喚した人間をうっかり殺してしまい、契約を完遂できなくなり、従って地獄へ帰る手段を無くしてしまったはずのバラン(名が似ているが、会議で議長をやっているバエルとは別の悪魔)が、ゴモリーと一緒に帰ってきたというのである。なんでもゴモリーが、自分が召喚された時にあったビスケットを、帰ることができなくなったバランにも分けてあげて、二人で半分ずつ食べた。すると、ゴモリーが地獄へ帰還すると同時に、バランも一緒に地獄に戻ったということだった。

 この報告を受けて第二回会議が、地獄中央文化センター(パンデモニウム)の第三多目的室(注1)で招集された。

「やっぱりあのビスケット、食べてもよかったんじゃん」

「めでたし、めでたし」

「じゃ、今回の会議は解散ということで」

 皆が席を立ちかけたので、議長のバエルは急いで木槌を叩いた。

「みんな、待ってくれ。もっと肝心な発見があっただろ」

「何よ、肝心な発見って」

 マルバスが腕を組んで、議長の代わりに答えた。

「自分と契約をした人間を殺してしまったとしても、他の悪魔にビスケットを分けてもらえば、そいつと一緒に帰れるってことだ」

「だからといってねえ、自分の契約者を始末したあと、ビスケットを分けてくれる悪魔を探す手間を考えると、人間の望みをさっさと叶えて、自力で帰った方が早い場合が多いからなあ」

「みんなビスケットは独り占めしたいもんね」

 次の会議の開催時期について、手当たり次第の悪魔に聞きまくっていた我らがグラシアも、無事に出席していた。彼は今回の会議の様子から、とくに進展が無さそうなのを見てとり、少し気を緩めた。

 場が静かになった時、頬杖をついて、ずっと黙っていたクロセルがつぶやいた。

「いえ……これで、事態は完全収束に向かうかもしれません」

 その場にいたグラシア以外の全員が、一斉に彼を見た。

「どういうことだよ」

「幸い、今のところ契約召喚のやり方が広まっているのは、人間世界の小国一つだけです。他国へ召喚された悪魔が一人もいないのが、その証拠です。だとしたら簡単です」

 クロセルは口調を変えずにつぶやいた。

「あの国の人間をすべて粛清します」

 うつむいていたグラシアは、一瞬で青ざめ、思わず顔を上げた。

 彼とは正反対に、他の悪魔は一斉に歓声を上げた。

「そうか、一人の人間に一柱の悪魔を契約召喚をさせる。その時使われたビスケットを、人間世界にいる悪魔全員で、一欠片ずつ食べる。それから、その人間一人だけを残して他の人間は全て死体にする。最後に、一人残った人間の願いを叶えれば、みんなで地獄へ帰ることができて、もう二度と新しい契約召喚はなされない」

「最後に残った一人はどうするんだよ。そいつがまた広めるかもしれないだろ」

「そいつの舌に細工をして、例の呪文を二度と発音できなくすれば大丈夫だろ」

 グラシアの左隣にいたアスモデウスが、隣人の深刻そうな様子を見て、何かを察し、片手を上げて議長から発言の許可を得ると、立ち上がった。

「その最後に残る人間なんだが、グラシア・ラボラスの召喚者にしてあげるのはだめだろうか」

 実は、彼が「名無し国」に正式な召喚中であることを、三人以外の出席者は全員、今の今まですっかり忘れていた。(クロセルはきっちり覚えていた)しかしこの提案には皆、異論がなかった。

「たしかにな。召喚者を殺されたら、さすがにグラシアがかわいそうだ。クロセル、いいよな?」

 数秒の間。

「……ま、いいでしょう」

 グラシアの右耳に、言葉とは裏腹に苛立った様子で机を指で叩く音がした。

「……情報漏洩だけは許せませんが」

「おい、グラシア、俺達があの国の人間を皆殺しにしようとしていることを、絶対におまえの召喚者には言うなよ。人間はすぐに他の人間を救おうとするからな。ややこしいことになりかねない」

 クロセルがこちらを睨む気配。

「この計画を知る人間が現れたら、たとえ誰の召喚者であったとしても、まっさきに殺さなければなりませんからね」

 彼は「誰の」を強調した。

「問題はグラシアの召喚者に、何をお願いさせるかだな。他の人間がすべて死体になった後でも、叶えられる願いにしてもらわなけりゃならない」

「それも含めて、私に考えがあります。粛清を実行するやり方やタイミング、すべての計画を立案しますので、しばらくお待ちください」





1 地獄中央文化センター第三多目的室


 この時の会議は前回使われた第二多目的室ではなく、第三多目的室が使用された。

 これは、第二多目的室が、クラフト教室の予約で埋まっていたためである。


 ちなみにこの時のクラフト教室は、講師のビフロンスの指導の元、「栄光の手」と呼ばれる呪物を手作りするというものだった。しかし持参しなければならない材料が、殺人の罪で絞首刑となった人間の手首(左右どちらでも可)という、調達難易度の高いものだったため、参加者は二名だけだった。隣に住むモレクがこの種のもののコレクターで、彼に材料を分けてもらえたイペスと、やはり友人からたまたまもらえたマルコキアスの二人である。

 その上、教室の開始時間直前に、講師のビフロンスが葬式の手伝いで契約召喚されてしまったため、第二多目的室には、イペスとマルコキアスの二人が取り残された。最初の内は、ほとんどしゃべったことのない二人の間に気まずい空気が流れていたが、やがてビフロンスが残した手順のプリントを見ながら、とにかくこの呪物を作ってみようということになった。最初こそ会話が途切れがちだったものの、こだわりをつめすぎてかえって分かりづらい手順書と、各工程の面倒くささに文句をつけながら作業を進めるうちに、二人の間にはいつの間にか笑いがうまれ、最後に作品を酢漬けにして仕上げる頃には、昔からの親友のようになっていた。

 教室を去る際、お互いの作品を交換した二人は、これからはたまに一緒にご飯でも食べようという約束をした。

 それぞれ自宅に帰り、教室内での感動が薄れて冷静になった二人が、本当にその約束をはたすのか、それともお互い遠慮して誘わないのか。それはまた、別の物語である。






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