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9.契約召喚⑨

そういえばベリアルはどこへいったのだろうか

 「名無し国」の大門近くにある独房。鉄格子を隔てて、グラシア・ラボラスとパトリア。

「グラシア、どうした。一段と元気がないじゃないか」

「契約召喚を人間に広めた犯人は自分だって、ナベリウスが白状したって」

「そうか……俺が約束を守れなかったせいで申し訳ない。すべて片付いたら、俺は悪魔どものところに行って、すべて自分の責任だと打ち明ける。俺の魂一つでどうにかなるのかは分からないが」

「それはさせないよ。誰のために俺がナベリウスを裏切り続けてると思ってるの。君には分からないかもしれないけれど、俺にとって君は世界の中心で、何もかも、たとえ親友でも宝物でも、すべてを捧げなければならない神様みたいなもんなんだよ。悪魔が同族の友達より召喚者を取るってことは、ナベリウスも分かってるよ」

「とにかくいつか三人で話そう。おまえもあれ以来、ナベリウスに会ってないんだろう」

「俺は当面、彼に会いにいくつもりはない」

 グラシアは、膝を抱えて顔をそこに埋めた。

「どうして?」

「俺がナベリウスに会ってあやまるってことは、許されるのと同じ意味だから。僕は当面、許されないままでいる。俺は自分の業のために、数千年分の友情を裏切っているんだよ。簡単に許されちゃいけないんだよ。この考えも僕の業なのかもしれないけど」




 大聖堂。礼拝堂の入口の階段に一人腰をおろして、休憩をしていたカイムの前に、再びアンドレが訪れた。

「こんにちはカイム、こちらに来てからベリアルを見なかった? ずっと地獄に帰ってないらしいのよ。この国でも、ぜんぜん会わないし」

「ベリアル? 見てないなあ。まあ、でもあいつなら、どこでも生きていけるだろ」

「あの子、前回の召喚者を看取ってからまだ十年とちょっとでしょ。最近ようやく、悲しまずに彼女のことを思い出せるようになったばかりなのよ。ちょっと心配だわ」

「そうだったな……例の離島の山の中に建てた屋敷で、二人仲良く暮らしてるって聞いた時は、うらやましいと思ったもんだが、別れが辛いの変わりないからな……」

「あなたはどう? ここの仕事は辛くない? あなたのことは、きっと地獄でクロセルが心配してるわよ」

「割と慣れてきた。人間どもは、みんな私に親切だ。この国の宗教観だと、悪魔と仲良くできるのは、柔軟で視野の広い価値観の持ち主である証拠になるらしい。ひょっとしたら私のことが気に食わない人間もいるのかもしれないが、悪魔に不寛容だと聖職者として出世できないみたいだからな」

「それはよかったわね」

「トーマスという若者が、とくに私に親切だ。いつも自分のおやつを私に分けてくれる。自分の宗教上の信念をたくさん話してくれた。だが問題なのは、仲良くなりすぎて、彼の妹の結婚式に招待されてしまったことだ……アンドレがドレスの製作を頼まれている式だ……そこで、わたしに友人代表として、スピーチをしてほしいらしい……悪魔になにを話せっていうんだろうな」

「いいじゃない、あなたスピーチは得意でしょ」

「でもなあ……私にとって話しがあるのはトーマスだけなんだ。他の人間には用が無い」

 カイムは空を見上げた。

「大勢に向かって大声で話す言葉と、たった一人にささやく時の言葉は、まったく違う……人間はすぐに二つの言葉を混同したがる。とくにこの国の宗教が掲げる『言葉』はその傾向が強い」

 彼は今度は、地面に目を落とし、同じことを繰り返した。

「私が話したいのは、トーマスただ一人だけなんだ。だが彼と会話していても、彼はいつも私を見ない。まるで私の後ろにいる、世界中の人間に向かって語っているようなんだ」




 一方、隣の議事堂では、当選祝賀会が行われていた。

「バンザーイ、バンザーイ」

「おめでとうヴァプラ。これで君は悪魔初の国会議員となった。今日この日は、人類と悪魔の格差是正の第一歩として、永遠に歴史に刻まれるだろう」


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