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9.契約召喚⑦

ヴァプラの家はカイムやクロセルの家と同じ居住区にある

 悪魔の契約召喚のやり方が紹介された当初、名無し国の国民は皆、恐る恐るだったが、一度うまくいくと、次第に大胆になった。

 また、悪魔と契約を結ぶと、印章が足の甲に傷となって浮かび上がり、強い痛みを伴う件に関して、事前にアヘンチンキを使うことで簡単に無痛にできることがわかると、さらに契約召喚へのハードルは低くなった。



「回覧板をちゃんと回さないやつがいるから注意してこい」

「今日、雨だから、代わりに買い物に行ってきて」

「背中の真ん中あたりがかゆいから、かいてくれない?」




 ヴァプラは、意識が高い悪魔だった。毎日決まった時間に寝て、決まった時間に起きた。起床したらまずゆっくり白湯を飲み、それから自宅の周囲をランニングし、汗を洗い流してから、オーガニックの野菜を食べた。(彼の見解では、地獄の農園は安全性の確認が取れていない成長剤を使い過ぎだったので、彼はわざわざ人間の世界から野菜を取り寄せていた。)何をするでもなく、一週間も起きていたかと思うと、三日間昏睡し、起きてすぐにドーナツなんか食べてる他の悪魔とは、彼は意識が違うのである。

 外へ出る時は、たとえゴミ捨てだろうと、髪を撫でつけて正装し、首元には最も尊敬する人間の一人である皇帝ネロを彫刻した黒瑪瑙のタイピンも欠かせなかった。どこであろうと寝癖の頭のまま部屋着姿で外出なんてあり得ない。一流の悪魔たるもの、常に誰かに見られていると思わなければならない。

 また、彼は上昇志向も一流だった。そのおかげで一時期は、悪魔初のローマ教皇を目指したほどだった。しかし、志し高くヴァチカンに足を踏み入れた途端、涙と鼻水が止まらなくなったので断念した。(彼は他の悪魔と同様、宗教アレルギーがある)

 最近では、意識の低いやつらが人間の世界に呼び出され、人間の言いなりになっているという。実に嘆かわしいことで、そもそもぼんやり生きているからそういうことになるんだし、たとえうっかり呼び出されたとしても、人間の一人や二人、落ち着いてこちらが威厳を示せば、すぐに屈服するはずである。

 そんな彼が、これから先の時代、自分が目指すべきありようについて空想にふけりつつ、自宅で爪を磨いていると、背中に衝撃が走り、椅子から落ちた。

 


「ぎゃああああ、いってええええ」

 背中に激痛をかかえ、のたくりまわった。彼はいつの間にか人間の世界に来ていたが、本人はそれどころではなかった。

「おまえがヴァプラだな」

「痛い痛い痛い、い だ い〜。何でもしますから何でもしますから、だずげで〜」

 儀式の遂行者は、悪魔が聞いていた以上に大騒ぎしていることに、驚いた。

「……おい……大丈夫か……」

「たすけてくなさい、たしゅけてくらさい、足でも尻でも舐めますから〜」

「わかったから……儀式が終わるまで、ちょっと静かにしてくれないか……」

 ようやく一連の儀式を終えると、未だ、尻を突き立てうつ伏せの姿勢で、息を切らしている悪魔に向かって、人間は命じた。

「私は平和革命党の党首、ドミナント・ワー・ティラニーである。私の願いは、我が党から悪魔初の国会議員を輩出すること。

 ヴァプラ、私とともに選挙を戦い、栄光をつかめ」





 大門近くの独房。パトリアとグラシア。

「グラシア、俺のせいで契約召喚が国中へ広がってしまった……嫌な予感がする……」

「大丈夫だよ。俺がどうにかするから」

 悪魔の声は裏返っていた。


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