9.契約召喚⑥
漏らすなと言われると漏らしてしまうのが人間である
一方、地上では、パトリアが教会に呼び出されていた。
「パトリア、議事堂の上でずっとしゃがんでいる、黒い鶴のような翼を生やした白髪長髪の男はなんだ。あの男とおまえが話しているのを見たという証言が複数ある。あの白髪の男の姿は、魔導書の中で地獄の門番とされる悪魔、ナベリウスの外見と一致しているのだ。さらに、あの男が現れて以来、国外から貿易に来た人間が、国境の門を潜ろうとすると、見えない力に阻まれて、締め出されるという報告が上がっている。
おまえとあの悪魔の関係を説明しろ」
「それは言えません。ですが……」
パトリアは、この国が陥っている窮状を説明した。
「……そういうわけで、この国を救えるのは、あの悪魔の力だけなのです」
「おまえの言うことを信用する根拠がない」
「信じてください。嘘だったら、私の命でつぐないます」
「万が一おまえの言うことが本当で、イグニス国がこの土地を狙っているにしても、だからなんだというのだ。まだ我々は彼らと対話をしていない。対話さえすれば、我々の平和革命の思想を理解しないはずがないのだ。今すぐイグニス国へ、特使を派遣しよう。それですべてが解決する。だから今すぐナベリウスに術をやめさせろ」
「できません」
「そもそもおまえはどうやってナベリウスを従えたのだ。やり方を教えろ」
「できません」
「ソルとやつの『国軍』が惨殺された事件と関係があるんだろう。ソルとおまえは共謀して、悪魔召喚を行い、悪魔の力で他国に侵略戦争をしかけようとした……」
「ちがいます!」
「ナベリウスを召喚し、服従させた方法を教えろ。さもないと、ソルは悪魔を使ってこの国を戦争に巻き込もうとした結果、神の罰が当たって死んだ極悪非道の侵略者だという掲示を国中に出す。おとなしく教えればしばらくの間、ナベリウスがあの場にいることを許そう」
パトリアに選択の余地は無かった。
「……※※※ ※※※※※ ※※※※※※※」
「なんだ……」
「悪魔を安全に呼び出す呪文です」
「……※※※ ※※※※※ ※※※#※※※?」
「違います。※※※ ※※※※※ ※※※※※※※です」
それから間もなく、国中に掲示がたち、安全な悪魔の契約召喚のやり方が、図入りで説明された。呪文だけは、文字で表現不可能だったので、発音を習得した者が口述で広めた。以下は掲示に添えられていた紹介文である。
「皆さんは、悪魔を悪い存在だと思っていませんか。実はそうではありません。彼らは、神様が与えてくださった言葉の本当の使い方と神様がご提示くださる道徳を、理解していないだけなのです。ですから、不断の対話により、人間と悪魔はいずれ完全に理解しあえるはずです。悪魔との対話を拒み、地獄を無いものと見なし、人間たちだけの殻に閉じこもる今の世界は、差別的であり、進歩的ではありません。悪魔を理解するためには、まずは我々から彼らを受け入れ、ともに生きる努力をすることが大切です。
皆さんもこの召喚術を使い、悪魔との共生社会を目指しましょう。上手な悪魔召喚はきっと、ご家庭や職場の人手不足を解消してくれるでしょう」
一方、パトリアは、悪魔を使って貿易を阻害している罪を理由に、独房へ閉じ込められた。この独房は、名無し国へ入国するための大きな門の側にあり、かつては入国審査の結果、スパイや、犯罪目的で入国しようとしている疑いのある者を閉じ込めるために使われていた。しかし、国名を捨てて以来、入国審査自体が無くなっていたので、パトリアが閉じ込められた時には彼の他に誰もいなかった。
パトリアが顔を上げると、鉄格子の向こう側にグラシア・ラボラスが立っていた。
「グラシア……おまえの親友の結界は無事か」
「今のところ大丈夫……あと、イグニス国へ特使として派遣された人、首だけになって帰ってきたって。町の人たちには隠されてるけど。教会の偉い人は、次の特使を派遣すべきだって言ってる。でも、誰も自分が行くとは言わない……みんな本当は、話し合いではイグニス国の侵攻を止められないって分かってるんじゃないかと思う」
「……なんでもいい。結界が無事なら……悪かったな……」
「何が」
「……ナベリウスっておまえの親友だろ……裏切らせてしまった」
「……ナベリウスはきっと俺を許すよ……」
「……じゃあ、なんでそんなに落ち込んでるんだ」
「……彼の俺に対する気持ちにつけこんだ、自分への軽蔑がすごい」
「……悪魔にも、罪悪感があるんだな」
「……君には友達を裏切らせたくない」
「ああ、俺はソルから託されたこの国を、どんな手段を使っても必ず守る」
悪魔の契約召喚術はその便利さから、次第に「名無し国」全土へ広がった。やがて、国家的な課題から、日常の細々とした困りごとに至るまで、逐一悪魔が呼び出され、問題解決に奔走させられるようになった。
「脱税の疑いのある大商家を調査しろ」
「家の屋根が壊れたから、直してほしい」
「産休の間、店番よろしく」
この契約召喚により真っ先に呼び出された悪魔の一人が、「地獄一の弁論家」にして「地獄の図書館のバイトリーダー」のカイムだった。大聖堂に呼び出された彼は「この国の宗教について学び、おまえの弁論術を使って世界への布教に協力せよ」という願いを言い渡された。ただちに悪魔専用のカリキュラムが組まれ、優秀な教官がつきっきりで彼に授業をした。しかしいくら説教しても、悪魔はこの国の宗教を何も理解しないだけでなく、罰当たりな質問ばかりした。教会の人間はついにさじを投げた。その結果、カイムは、わけのわからん授業が免除になったのと引き換えに、掃除だの、礼拝堂で行われる結婚式の準備だの、雑用をさせられる羽目になった。
彼が涙と鼻水を垂らしながら、礼拝堂の床を拭き掃除していると、開きっぱなしの入口に孔雀の悪魔であるアンドレアルフスが現れた。
「こんにちはカイム。どうしてそんなに泣いてるの」
「泣いているんじゃない。宗教アレルギーのせいだ」
「薬、持ってないの? じゃあ私のを分けてあげるわ。一日一回飲めば効くから」
アンドレは薄暗い礼拝堂の中に入って、友人に懐紙の包みを渡した。カイムはそれを開いて、大きい錠剤を水なしで苦闘の末、飲み込んだ。
「……ありがとう。おまえは、何の用でここに呼び出されたんだ」
「今度ここで行われる結婚式で使う、ウエディングドレスのデザインと製作を頼まれたの」
「へえ、なるほどな……」
カイムは目を閉じて、鼻の付け根を少しつまんだ。
「……やっと涙と鼻水が落ち着いてきた……薬のお礼をしないとな」
「べつにいいわよ」
「そうだ、若い女性の首なんてどうだ。たまたま手に入ったんで、防腐処理して部屋に飾ってみたんだが、全く他のインテリアと調和しないんだ」
「あら素敵。髪は何色?」
「真っ直ぐな金色だ」
「いいわね、かつらに使えるわ。骨や歯は白粉の材料になるし。ねえ、バラバラにしてもいいんでしょう」
「もうおまえのものだ。好きにしてくれ」




