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9.契約召喚③

「地獄の門番」というアルバイトの実態


(人間の悪魔学ではナベリウスの別名はケルベロスです)



 ベリアルが、自作のアップルパイから永遠の別離を余儀なくされたのと同じ頃。地獄と人間世界の境にある、通称「地獄の門」、その地獄側に、ナベリウスとグラシア・ラボラスという二人の悪魔が腰を下ろしていた。

「最近、カイムが召喚儀式で人間の世界に呼び出されたんだって」

 二人はここの門番のアルバイトをしていた。しかし実質上、することは何も無かった。

「でも正式な召喚じゃないんだろう」

「うん」

 何百年も前、この門を通じて、人間の世界と地獄がつながっている頃は、定時の門の開閉に始まり、あやまって地獄に入ってこようとする人間を追い払ったり、この門を通じて出ていった悪魔が、閉門後に締め出されないように管理したり、仕事はたくさんあった。

 しかし、人間の世界と地獄をつなぐ通路は、年々狭まり続けており、今ではトカゲくらいの大きさでなければ、通れなくなっていた。すでにこの門を通じて、人間の世界に出ていこうとする悪魔もいなければ、地獄に入ってこようとする人間もいなかった。定時の門の開閉は、もはや形式的なものである。

「だろうな。儀式によって正式に悪魔を召喚するのは、非常に難しいからな。とんでもなく手先が器用で、とんでもなく細かいところに気を使える人間が、たった一人、強い執念で魔法円と魔三角を仕上げなければ成功しない。千年に一度くらいの奇跡だろ。

 たいがいは、中途半端な儀式で何も呼び出せないか、うまく悪魔が現れたところで、召喚者に仕える気の無い我々に首を切られて終わる。

 だから、ほとんどのすべての場合、我々の正式な召喚は、儀式とは関係なく、人間の鬱屈した強い願いによって起こる」

「ここ数年、増えてるんだって。中途半端な儀式で呼び出される悪魔。みんな帰り方を分かっているから問題になってないけど」

 地獄の門の実質的な閉鎖により、悪魔が人間の世界と地獄を行き来する方法は、人間の「召喚」による以外、今のところほぼ無いと言ってよい。正式な召喚がなされれば悪魔は、制限はあるものの、地獄と人間の世界をある程度自由に行き来できるようになる。しかし間違った仕方で召喚されると、前述した通りの手順を踏む以外の方法で、地獄へ帰る手段はまだ確立されていなかった。

「そんなことよりおまえ、カイムと仲直りできてよかったな。五十年以上、会うことすらできなかったもんな」

「うん……でも俺が、カイムにひどいことをしたからしょうがないんだよ」

「それでもカイム自身は、すぐにおまえを許してくれていたみたいだけどな。俺達の間に入ったクロセルの方が怖かったんだよな……俺達がカイムに会いに行くと、必ず家の前に立っていて押し返された」

「……うん……」

 グラシアはあいまいな返事をした。


――「俺達」か……


 ナベリウスは、いつも友人の問題を自分の問題のようにあつかった。ときにはその解決に、本人よりも尽力した。

 しかしそれはグラシアにとって心強さであると同時に、甘えにも直結していた。彼はそのことを理解していた。

「カイムとまた話せるようになったのは、全部ナベリウスのおかげだよ。君が俺をかばって、クロセルと交渉してくれたからだ。俺はいまだに一人ではクロセルと顔を合わせたくない」

「まあクロセルの反応は仕方がない。あいつにとってカイムは親友だからな。俺とお前と同じだ。俺だってお前が、他の悪魔にひどい目に合わされそうになったら、全力で戦ってしまう……あ、お湯が沸く頃だな」

 ナベリウスは立って腰を伸ばし、お茶を淹れるために、近くに建っている小屋へ向かった。

「……それは……俺も同じだよ……」

 親友の去り際、グラシアは念の為、小声でつぶやいてみたが、自分がナベリウスを守るために戦う必要に迫られることは、この世の終わりまで無さそうだった。

 一人になった彼は、膝をかかえて顔をうずめた。


――ナベリウスは一人でなんでもできるのに、俺は彼がいなければ何もできない。


 親友への依存と劣等感、これを自覚させられるたびに、グラシアは自尊心のために、自分も誰かに仕えて役に立つことを証明したい、という気持ちに襲われるのだった。


 その時、彼は自分の名を呼ぶ声を聞いた。自分の本当の名である。それは愛情のこもった声というよりは、取引を求めるような、依存関係を許さない突き放した声だった。しかしかえってそれが、今のグラシアには、良いように働いた。

 正式な召喚を悟った悪魔は、その場にひざまずいた。



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