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君に送る手紙  作者:
14/14

秋の記憶 1

これ以降の話に病気に関する記述が出てきますが病気は作者の想像上のものであり実際にある病気ではありません。

 夏の花火の余韻を感じながら私は夜道を一人歩いていた。からんころんと下駄が鳴らす音が夜道に響いてく。私は昔からこの下駄の音が好きだ。なんだか温かい音で聞いていて面白くて何度もわざと鳴らすように歩いたものだ。

 もうすぐ、夏が終わる。

 もう、二度と訪れることのない夏が終わっていくのだ。


「楽しかったな……」


 初でーとというもした。三人で河原で花火なんてものもした。とても楽しかった。楽しい思い出になった。 楽しかったから、もっともっと続けばいいと思ってしまう。この夏がもっと続いていって沢山遊んで沢山の思い出を作っていきたいって、そう心から思う。

 歩くと数メートル先に我が家が見えてきた。


 ふにゃりと頬が緩んだと思ったそのとき、頭の奥でずきりと痛みが走る。ある意味で慣れ親しんだ頭痛に舌打ちをしそうになってしまう。

 なに?

 どうして、今日は調子がよかったのに……!


「っ……」


 鋭い痛みに思わず頭を押さえて立ち止まってしまった。良くなれた痛みだがいつもより痛みの間隔が短く感じる。

 痛みとともに体中に広がる倦怠感に立っていられなくて近くにあった電信柱に背を預ける、そのままずるずると倒れこむ。


「あっ……っ……」


 酷い痛み。だが本当に怖いのはこれからだ。くらりと視界が歪む。ぎゅうと唇をかみ締めて震える手で胸元にぶらさけたブザーに手を伸ばす。

 そうしている間にもまぶたが開けていられなくて意識が遠のいていく。最後の力を振り絞って私は胸元のブザーを引っ張った。途端に耳をふさぎたくなるような音が当たり一面に鳴り響くがその音ですら私の意識を留めることはできない。

 すぅと意識がなくなる。深い深い闇に飲まれる。


 痛みより苦しみより何よりも私が怖い優しい眠りへと落ちていってしまった。




 小さな頃の私には不思議なことがあった。

 友達と遊んでいても、学校の授業を受けていても、ご飯を食べていても……突然何の前触れもなく記憶がそこで途切れる。次に目覚めた時にはたいていベットの上で寝かされていて心配そうな母上殿の顔を見上げていた。

 そして私はカレンダーの日付が二、三日飛んでいることに首をかしげたものだ。


 楽しみにしていた給食を食べ損ねたとか友達と遊びに行きたかったのにとかそういう他愛もないことに腹を立ててその症状が一体何なのか子供の私は深く考えもしなかった。


 へんてこりんな症状で日付が飛ぶようになってすぐに母上殿は私をおっきな病院に連れて行った。家からめったに使わない電車で行くことになったので私は流れていく景色をあきもせずに見ていたのをよく覚えている。

 小声でだけど興奮してあれこれ報告していた私に母上殿は笑って答えてくれていたけど……今思うとその顔はどこか青ざめていた。小学生の私にはわからなかったが高校生になった今の私ににならわかる。

 母上殿は私に何が起きているのかそしてどのような未来が待っているのかをほぼ正確に悟っていたのだろう。

 その上で母上殿は外れて欲しいと願ってくれていたのだ。

 残酷な未来など、来なければいいと。


 病院では沢山の検査をして注射で血も抜かれ何日も病院に入院をした。

 学校に行けないのがいやで退屈な検査がつまらなくてその日、私はこっそり病室を抜け出し病院内を探検することにした。

 病院の人に見つからないようにしながらあっちこっち覗くのが楽しくて冒険気分だった。

 

 一丁前の冒険家きどりだったのが自分でも笑えてしまうな。

 好奇心は猫を殺す、というが本当に知らなくてもいいことを好奇心は暴いてしまうのだと幼い頃の自分の行動を見返すと身に染みてわかるものだ。


 聞こえてきたのは入院している人達の噂話。

 好奇心に駆られて近づいた幼い私は聞いてしまう。


『この前入院した女の子って…………』


『……れは…………なく……るて……』


『あんな小さな子が……ていられない……』


 断片的に聞こえてくる言葉。『この前入院した女の子』という言葉に思わず耳を傍立ててしまった。

 何せ自分が知っている限りそれに該当するのが自分自身だけだと知っていたからだ。


(私のことをしゃべっている)


 違うかも知れないとはなぜか思わなかった。不思議とこの人たちが話しているのは私のことだと確信していた。直感のようなものが働いていたのかもしれない。

 物陰で小さくなって出来る限り気配を消す。

 子供ながらに会話に出てきた単語に不吉なものを感じてもっと詳しく知りたいと思ったのだ。


(私の何を言っているんだろう)


 怖い。でもここで立ち去るのも怖くてただパジャマをぎゅうと握り締めて必死に堪えた。

 怖かった。だけどその恐怖もその人達の次の言葉で吹き飛んでしまった。


「それで、その病気の女の子のお母さんってまだ若いんだけどどうやら継母らしくてね……」


 びくりと体が震えた。母上殿が私を生んでくれた人ではないということは知っていたが他人に言われるのを聞いたのはたぶんここがはじめてだったのだと思う。

 普段は全く意識していないことを言われて心臓がどきどきしたのを覚えている。


「まぁ……それは大変ね……血のつながりのない子がそんな大変な病気だなんて」


「しかも父親の方は再婚してすぐに亡くなっているらしいのよ」


「え!それじゃ、その母親は血の繋がりのない重病の子の面倒をその人はみなきゃいけないの?」


「血の繋がったわが子でも大変なのに……血の繋がらない子を……しかも一人で面倒看続けるだなんて……かわいそうねぇ」


(……かわいそう?かわいそうって……だれが?)


 ぐわんぐわんと頭の中であの人達の声や言葉が反響しているみたいだった。

 

「案外、母親の方も逃げ出したいって思ってるんじゃない?」


 その言葉は正しく私の心を傷つけた。思いもしなかった病気の存在とそれによって自分が母上殿に捨てられてしまうのではないかという恐怖が全身を襲った。


(かわいそう、なのは母上殿?私、私は……母上殿にとって……じゃまなの?いらないの?)


 急に世界中の人からそっぽを向かれたような深い孤独を感じた。歯の付け根が合わずかちかち鳴ってしまう。

 怖かった。

 ただただ、怖かった。

 これ以上話なんて聞いていられなくて私は我武者羅に走り出していた。

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