第9話 ダンス。
殿下とフール国王女のダンスが終わったあたりで、一斉に殿下にご令嬢方が群がる。その隙に帰ろうとしたハインリヒは、食事用のテーブルにくっついて給仕係と楽しそうに話をしている、もこもこの明るい金髪にクリーム色のドレスを着た小柄なご令嬢を見つけた。もうお皿に小さなケーキが3つも載せてある。
…そうか、エルナも伯爵令嬢だものな。
「エルナ!」
つい嬉しくなって、声をかけたのだが…。
「あなたさ、振った女でも、俺はいい男だからまだ俺が好きだろう?とか言うタイプなわけ?」
「は?」
黙ってもぐもぐと4つ目の小さなケーキを食べていたエルナが、ようやくお皿を置いて俺に向き合った。でも、こいつの言っていることはよくわからない。
「あのさ…あなたにお見合いのお断りを受けた私に…どんなリアクションを期待してるのかって聞いてるのよ?バカなの?」
「え?」
見合いの返事?俺はフールから帰ってからも仕事漬けだったから…。
「こういう場合は、見て見ぬふりをするとか、思い切り無視してくれた方が…ありがたいんだけど?わかる?私も次の人探しに行かなくちゃいけないし」
「いや…言っていることがよくわからないんだけど?しかも、次ってなに?」
一つ大きくため息をついて、エルナがゆっくりと、わざとらしいほど丁寧に言う。
「…アルノルト侯爵家から、お身体が弱いお嬢様では責務が全うできそうにありませんので、今回のお話はなかったことに、って丁寧なお断りのお手紙を頂いたんですの。おほほっ」
「家から?お前…体が弱いのか?」
「そうだと言ったらどうするのよ?もういいでしょ」
「そんな風には見えなかったけど…そうなのか?」
「だ・か・ら!」
曲が変わって、ゲストが料理のテーブルにぱらぱらと集まりだしたので、エルナの手を取って、ホールに出る。
「な、な、なんであんたと踊んなきゃいけないのよ?」
「だって、エルナが言ったんでしょ?よく話さなきゃわからないって」
「い…ったかもしれないけど、もうお断りを受けた私と話すことなんかなくない?」
「……」
ハインリヒはステップを踏みながら…エルナは小さいな、手も小さい。…体が弱いから…こんなに小さいのか?育ちきれなかったのかな?そんなことを思った。声が漏れていたらしい。
「違うわよ。うちの母も小さいわよ。それにあんたがデカすぎるのよ」
「俺はフールから帰って来てから…この舞踏会を開催するまで休みなしだった。おまえに返事なんて書いていない。断るなんて…」
「じゃあ、お父様が判断なさったんじゃないの?どちらにしても、アルノルト侯爵家の意向には違いないわね。もう、いいでしょ?」
「いやだ」
「は?」
2曲目はワルツだった。エルナをホールドしたまま、持ち上げて踊った。踊らせすぎて靴がすれたりすると大変だから。
時々、エルナの髪があごに触れて、くすぐったい。こいつをおんぶしたときも、頬にこの髪が触れた。全然嫌じゃなかった。
「ちょ…下ろしてよ」
「いやだ」
「もー何考えてるのよ?私と2曲とか踊っちゃダメじゃないのよ!下ろしてよ!」
「いやだ」
じたばたするエルナ。それはそれで可愛らしい。
「いやだじゃないでしょ?2曲とか踊っちゃったら、婚約者と間違われるでしょ?」
「婚約すればいいでしょ」
「は?」
「次の男とか探さないで。俺と結婚すればいいでしょ?」
「…ハインリヒ?」
「なあに?」
「…バカなの?」
「あははははっ」
次の人を探す、だって?それは無理。だって、エルナはこれから俺と2人でお茶を飲むんだ。この先、ずっと一緒にいるんだ。
…俺は…こいつがいなくなって寂しかったんだ、とやっと気が付いた。
3曲目に入って、ようやくエルナがあきらめてくれたようだ。
「あなたのこと2週間分しか知らないわよ?」
「会って一度で決める人だっているわけでしょう?」
「そりゃあ…そうかもしれないけど」
「俺は毎晩、エルナの代わりに魚を抱いて寝てたよ?エルナは?俺のこと思い出しもしなかった?」
「……言い方…」
怒ったエルナが顔を赤くする。
一部始終を見ていたんだろう、父が難しそうな顔で俺を睨みつけている。
「…エルナ、俺にうまくいくおまじないをしてくれないか?」
抱き上げたままエルナにお願いした。
「しかたないわねぇ」
くりくりの若草色の瞳が俺を見ている。
俺の頭を抱え込んで、俺の左耳にエルナがおまじないの言葉をささやく。
エルナの手を取って、父の前に進み出る。
「父上、紹介いたします。ゲルデ伯爵家のエルナ嬢です。先ほど私が求婚して、受けていただきました。彼女以外の人とは結婚しません。エルナの体が弱くても、私が支えていきます」




