第8話 タンポポ茶。
「ねえ、エルナ?」
領地の屋敷の執務室で帳簿を書いていたエルナのところに、祖母がお茶を持ってきてくれた。
「あなた…その、今回お断りされたアルノルト侯爵家の御子息のことが好きだったの?」
「え?やだなあ、おばあ様。そんなことないですよ。ケガをしてしばらくご厄介になっていましたけど、そんな色恋の話じゃなくてデスネ…」
エルナは笑いながら祖母にそう言った。
「私は私で良い、という人を見つけますから。ご心配なく」
「そう?」
おどけたようにそう言って、祖母が運んできてくれたお茶を飲む。タンポポ茶だ。
体が温まるから、と、小さいころから飲まされてきたお茶。
小さい頃、咳が出始めると息が出来なくて苦しかった。泣きながら、こんなのがいつまで続くのかと小さいながら絶望していた。咳が始まるとご飯も食べれない。自分の腕が細くなっていくのをベッドの中で見ていた。大人にはなれないかもしれないと思った。
その頃のおばあ様の指の爪はいつも、土にまみれて真っ黒だった。
私のためにタンポポの根を掘ってくれたんだと、今ならわかる。
おばあ様は私を抱きしめていつも私の左耳に囁いた。おまじないの言葉。
「いつかいいことがある。きっとうまくいくわ」
「大丈夫よ、おばあ様。今度の舞踏会で、あのご子息よりいい男を捕まえてくるからね。真っ先におばあ様に紹介するわ」
せっかく元気な体になったんだ。外を走ろう。美味しいものを食べよう。それから…素敵な恋をしよう。ずっとそう思ってきた。ずっと憧れてきたんだもの。
あの日、あきらめかけていた大人になったんだもの。
それで…その人の子を産むんだ。
…ハインリヒよりいい男となると、ハードルは高そうだが。
いや、身分とか、外見とか、そう言うことじゃなくて…。
「ただね、その人が見せてくれた景色が、とても楽しかったのよ」
馬に乗った時とも違う、30センチ高い、広々した景色。温かい背中。
侯爵家の御子息に、歩けないからおんぶしろと言ったのは伏せておいた。おばあ様がびっくりしてひっくり返っちゃうといけないからね。
「素敵な人が見つかるようにおまじないをして頂戴、おばあ様」
両手を広げて、おばあ様にしがみつく。
***
「……」
「エルナ!」
「……」
口いっぱいに、プチケーキを頬張ったタイミングで、声を掛けられた。
その人は慌てて、給仕係からお茶を貰っている。
王太子殿下と来賓のフール国王女のダンスから始まって…ようやくみんな踊り出したタイミングを見計らって、誰も近づいていないお料理のテーブルにたどり着いた。
色とりどりのお料理、たくさんのプチケーキ!ムースや焼き菓子まで…。天国だわ。
父と母も踊りに行ってしまったから、これ幸いにと小さな完成度の高いケーキをお皿に3つ載せてもらった。で、ぱくっと…。
「はい、お茶。大丈夫か?」
「……」
まさか…一番避けたかった人に声を掛けられるとは思ってもいなかったので、エルナは動揺したが、ごっくんとケーキを飲み下して、渡されたお茶を飲んで、気を取り直した。
「これはこれは、アルノルト侯爵家ハインリヒ様、いつぞやは大変お世話になりました」
お皿とフォークをテーブルに置いて、ドレスのスカートを引いて挨拶をする。
「エルナ?」
ハインリヒの正装を見るのは二度目だが、眩しいぐらい堅苦しい。さて。挨拶も終わったので、残りの二つのケーキを食べ始めた。今日はお父様の顔も立てたので、美味しいものを食べたら帰ろうと思っていたのに。もぐもぐ。
「え、と。元気だったか?今日の靴は大丈夫か?」
ほらほら、ハインリヒ?後ろで綺麗なご令嬢方があんたにダンスを誘ってほしくてうろうろしているわよ?
…この中で、一番丈夫そうな女性と結婚するのね、こいつ。
そう思ったらムカッとしたので、違う種類のケーキをもう一つ取り分けてもらう。美味しい。後ろに壁のようにデカいこいつが居なければもっと美味しく味わえそうだ。
「エルナ?今日はチョーカーしてこなかったの?」
「……」
もう…なんなのよ????




