第6話 縁。
エルナが領地の見回りから帰ると、珍しく父親が祖父母とお茶を飲んでいた。
「まあ、お父様、どうしたの?」
「エルナ!帽子をかぶりなさい!暑気あたりになったりしたらどうするんだい?」
挨拶より早く、立ち上がった父からお小言が降ってきた。
「大丈夫よ、まだ5月よ?」
「だって、だって…具合が悪くなったりしたらどうするの?」
「はいはい。今度からは忘れないで帽子をかぶるわ」
「あと、馬じゃなくて、馬車で出かけなさい。ケガをしたらどうする??」
「…はいはい…それで、どうしたの?」
小さい頃体が弱かった私は、領地にいる祖父母のもとに預けられた。空気がいいし、食べ物も新鮮だし。続いていた咳も治ったし…今はもう、そこらのご令嬢方より体力もあって健康だ。日に当たっているし。
父や母にとって私は、いつまでも小さい子供のままなんだろうな。
「ああ、そうそう」
座った私に、父が一通の手紙を見せてくれた。王家の蠟印が押してある。
「6月の王城の舞踏会に呼ばれたんだよ、エルナ」
「……」
「王太子殿下の20歳のお誕生会だ。伯爵以上の未婚の、婚約者がいない娘が招待されるんだって。殿下はまだ決まった方がいらっしゃらないからね」
自分のことのように嬉しそうに話す父親を、エルナは冷めた目で見返した。
「ふーん。私は行かないわ」
「え?エルナ…断れると思っている?」
「頑張って、お父様」
「無理なんだけど。顔だけ出して、ご馳走食べて帰ってくればいいんじゃない?」
「…お父様?この前、アルノルト侯爵家から、お身体が弱いお嬢様では責務が全うできそうにありませんので、今回のお話はなかったことに、って言われたばかりでしょ?もう忘れちゃったの?」
「…いや…でも、今のエルナはもうすっかり元気だし」
「それでも、よ。お身体が弱い、って言われてるのに、侯爵家が無理で王家がオーケーなんてあるはずないでしょ?行くだけ無駄よ。お母様だって怒るわよ?」
「…だって…これは王命だよ?」
エルナがアルノルト侯爵家から領地に戻ってしばらくしてから、縁がなかったとお断りの手紙が着いた。原因はエルナの体が弱いことと記されていた。
社交界の噂話は古い情報がなかなか更新されないからね、と母が呆れたようにつぶやいた。
「ま、次行きましょう、次。ね、エルナ」
私からハインリヒに滞在のお礼に大きなお魚のクッションを送っておいた。家からもいろいろと送ったらしい。
…魚のクッションが気に入らなかったのかしら?渾身の作、だったのだけど。
細長い淡い緑色のお魚。抱き枕になる。
いや…体が弱い子供だったってことは、生まれてくる子も弱いかもと思われるのかしら?どちらにしても…縁がなかったんだわ、黒猫のハインリヒ。おんぶしてもらって見た景色は、広くてなかなか良かったんだけど。
そう言えば…チョーカーは貰ってきてしまったけど、良かったのかしら?
そもそも、縁、ってどんな感じなのかしら?
一度会っただけで分かるものなのかしら?あ、この人だ!とか?
それともやはり、先方さんのご希望と、こちらの意見のすり合わせ?
「ここで具合が悪いから行かない、なんて言ったら、ますますエルナの体調不調説が広がっちゃうでしょ?ね?お父さんと行こうよ」
「……」
「フール国の王女殿下もいらっしゃるみたいだし、公爵家も気合入れてるらしいし…何の心配もないから、ね?」
…だったら…その二人とお茶会でもすればよかろう。税金の無駄遣いだわね。
エルナはそう思ったが…さすがに不敬になるので口にはしなかった。




