第4話 猫と友達になるには。
「やっぱり、お魚かしらね?」
エレナはハンカチに刺繍をしながら、ハインリヒの喜ぶものは何かを考えていた。
踵の擦り傷はずい分と直ってきたので、もう家に帰れそうだ。いや、もう最初からサンダルを貸してくれれば帰れたのに。ハインリヒのおばさまが、私の滞在を段どってくれた。
…まあ、快適だからいいか。
考え事をしながらも刺繍の手は止めていない。シルクのハンカチに、アンバーの瞳を持った黒猫がお魚をくわえている絵柄だ。
…お世話になっているのに、踵の擦り傷のお詫びのつもりなのか、ハインリヒに素敵なチョーカーも貰ってしまった。黒地に琥珀が縫い留めてある。ちゃんとつけておけよ、と言われたので、今日も首に巻いている。なにかのおまじないだろうか?
最後の刺繍糸をパチンと切ったあたりで、ハインリヒが夕方の散歩のお誘いに来てくれた。考え事をしていて帰ってきたのに気が付かなかった。いつもはお迎えに玄関まで出るのに。
「あら、おかえりなさい。ハインリヒ様」
「う、ああ」
どうしたのかしら?いつもならお着替えをしてからお迎えに来るのに、今日はまだ外出着のままだ。この2階の客間まで階段を駆け上がってきたのか、息が切れている。
「どうしたの?」
「い…いや」
「ちょっと待っててね」
糸くずを丁寧に拾って、スカートを払う。
「さ、行こう」
「あ、うん」
いつの間にか日が長くなった。外はまだ明るい。
私たちはいつものようにぶらぶらと散歩に出た。私の履いたサンダルが、パタパタ音を立てる。よく手入れされている侯爵家の庭は、いつ歩いても気持ちがいい。裏庭に回ると、タンポポも咲きだした。
「そろそろ家に帰れそうなんです。今日おばさまがお医者様を呼んでくださって、もういいでしょう、って」
「そうか。俺は明日の早朝から殿下の外遊に附いて、フールに出かける」
「まあ、そうなんですか。じゃあ、バラのジャムを食べれるかもですね?うふふっ」
「……」
この2週間の滞在中、ハインリヒは良くしゃべるようになった。と、言っても業務連絡のような話が多かったけど。
昼間は何かと声をかけて下さる彼のおばさまも、朝夕のこのお散歩の時間は忙しいようだ。一度も姿を見ないから。
翌朝、早い時間に出発するハインリヒを見送る。正装しているハインリヒはいつもの5割増し位堅苦しく見える。
「ちょっとかがんで」
「ん?」
そう言いながら少しかがんでくれた彼の左側に立って、耳元でおまじないをする。
おばあ様もお母様も私の耳元でつぶやいたものだ。きっとうまくいくよ、って。
ハンカチを渡して、ハインツの乗り込んだ王城から迎えに来た馬車を見送る。




