↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
『MEMORIA WAR ―記憶戦争― 信長・武蔵・ジャンヌ――歴史の英雄と名もなき者たち』  作者: 130
第一章 無名軍

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
9/47

第9話 能力のない男

歴史上の偉人たちと、名もなき人々が“記憶”を武器に戦う物語です。


※本作には戦闘・死亡・一部残酷な描写があります。

「能力のない戦いを」


 朝倉湊がそう言うと、織田信長の目がわずかに細くなった。


 ホールの中央では、透明なMINOR COREが静かに光り続けている。


 《REPLAY》は使えない。凛の《ROUTE》も、壮真の《BACK SECOND》も封じられたままだった。


 相手は遺想能力強度LEVEL 4、危険度S。


 まともに戦えば勝てない。


「やってみよ」


 信長が笑った。


 止めるつもりはないらしい。


 いや、止める必要がないと思っている。


 湊には、そう感じられた。


 こちらは八人、相手は一人。それでも、全員で突っ込んで誰一人COREへ触れられなかった。


 信長は、自分が負けるとは思っていない。だから、待っているのだ。


「どうするの?」


 凛が小声で聞いた。


 湊はスマートフォンの画面を見せた。


 カメラで拡大した壁の案内板には、一階、二階に続いて、地下保管区画と書かれていた。


「まず、この下に行く道を探す」


 壮真が首を傾げる。


「床を落とすんじゃなかったの?」


「だから、その方法を探すんだよ。石の床を八人で殴って壊せるわけないだろ」


「そこはちゃんと考えてたんだ」


「今考えた」


「駄目じゃん」


 凛が小さく息を吐いた。


「でも、地下があるなら何かあるかも」


「そういうこと」


 湊はホールを見回した。


 案内板によれば、地下保管区画へ続く階段は、この部屋の北側にあるらしかった。


 問題は信長だ。


 八人全員で地下へ向かえば、当然気づかれる。しかも、その間にCOREを取られれば終わりだった。


 逆にCOREの近くへ人を残せば、地下へ行ける人数が減る。


 だが、信長は一人だ。


「三人、地下を探してほしい」


 湊は言った。


 仲間のうち、体格の良い男と、もう一人の若い男が顔を見合わせた。


「私も行く」


 凛がすぐに言った。


「大丈夫?」


「能力使わないなら、私も普通の人だから」


「それ大丈夫って意味になってないよな」


「三人で行けばいいでしょ」


 体格の良い男が手を上げた。


「俺が行く」


 湊は頷き、もう一人の男にも目を向けた。


「お願いします。凛と、二人で」


 残るのは、湊と壮真、それに無名軍の三人だった。


「俺たちは?」


 壮真が聞いた。


「ここに残る」


「五人であれ止めるの?」


「止めない」


「またそれ?」


「COREから離れさせなきゃいい」


 壮真は一瞬黙り、中央を見た。


「……なるほど」


 凛も気づいた。


「信長が私たちを追ったら」


「俺たちがCOREへ行く」


 湊が続ける。


「逆に、あいつがCOREを守れば、地下へ行く三人は動ける」


 どれだけ周囲を見渡せても、信長は同時に二か所へはいられない。


 凛が少しだけ笑った。


「ようやく作戦っぽくなった」


「最初から作戦だよ」


「床を落とす、だけだったでしょ」


「細かいこと言うな」


 凛たち三人が、ゆっくり北側へ動き始めた。


 信長の視線が動く。


 三人の進む方向を確かめ、一歩踏み出した。


「今!」


 湊の合図で、残る五人が中央へ走った。


 信長の足が止まる。


 北側へ向かう凛たちと、COREへ近づく湊たち。その両方を見比べた、わずかな間で十分だった。


 凛たちが北側の扉へ駆け込んだ。


 信長は追わなかった。


 追えば、COREの前が空く。


 湊たち五人は、中央の数メートル手前で止まった。


 近づきすぎれば倒される。遠すぎれば、信長を引きつけられない。


 ぎりぎりの距離だった。


「二手に分けたか」


 信長が湊を見た。


「一人じゃ二か所守れないだろ」


「俺に守らせるつもりか」


「勝手に守ってるのはそっちだろ」


 信長の口元が、少し上がった。


「なるほど」


 壮真が小声で言った。


「この人、なるほどって言うたびに怖いんだけど」


「分かる」


 湊は信長から目を離さなかった。


 凛たちは北側の扉を抜け、薄暗い通路へ入っていた。


 壁には、古びた案内表示が残っている。


 地下保管区画。


 矢印は、下を指していた。


「こっち」


 凛が階段を見つけた。


 照明はほとんど消えていて、階段の下は暗かった。


「何も見えないな」


 体格の良い男が言う。


 凛は一瞬、困った顔をした。スマートフォンを持っているのは湊だ。


 すると、もう一人の男が、腰につけていた小さな懐中電灯を取り出した。


「遺想具じゃない。元から持ってた」


 光がついた。


「普通の道具って大事ね」


 凛が呟いた。


 三人は階段を下り、やがて大きな地下空間へ出た。


「……何これ」


 凛は天井を見上げた。


 太い鉄骨に、巨大な鎖、古い歯車。その中央に、円形の大きな構造物があった。


 ちょうど、MINOR COREが浮かんでいた場所の真下だった。


「床じゃない」


 凛は気づいた。


 上から石の床に見えていたものは、巨大な昇降台の上面だった。


 荷物を地下へ降ろすための、古い貨物用昇降床。周囲と同じ石材で覆われていたため、ホールから見ただけでは普通の床と区別がつかなかったのだ。


 壁には、錆びた文字で「昇降床制御」と書かれていた。


 その横に、大きな手動ハンドルがある。


 体格の良い男が触れた。


「これ回せば下がるんじゃないか?」


「待って」


 凛は周囲を確かめた。


 機械の一部は壊れ、鎖も錆びていた。


「いきなり動かしたら、上の人まで落ちる」


「信長もな」


「味方もいるでしょ」


 男は黙った。


 凛は再び天井を見上げた。


 上には信長がいる。湊も壮真もいる。


 今、何が起きているのかは分からない。


 壁際に、別のレバーがあった。


 安全固定。


 その先では、巨大な金属爪が昇降床を支えていた。


「先に固定を外す」


 三人で仕組みを確認した。


「これを外して、ハンドルを回す」


「手動で?」


「たぶん」


「たぶん多いな、この軍」


「今さらでしょ」


 ホールでは、湊たちと信長の睨み合いが続いていた。


 誰も動かない。


 それなのに、緊張だけが途切れなかった。


 壮真が耐えきれずに言った。


「こういうの苦手なんだけど」


「俺も」


「何か喋ってよ」


「誰に?」


「あっち」


 壮真が信長を見た。


 湊は嫌そうな顔をする。


「何話すんだよ」


「趣味とか」


「殺されるぞ」


 聞こえていたらしい。


「聞こえておるぞ」


 信長が言った。


「すみません」


 壮真が即座に謝った。


 信長は呆れたように壮真を見た。


 だが、その直後、目つきが変わった。


 床が、ほんのわずかに震えていた。


 湊も気づいた。


 地下で何かが始まったのだ。


 信長が北側の扉を見る。


 まずい。


「行く!」


 湊が中央へ走り、無名軍の三人も続いた。


 信長が振り返る。


 COREへ向かう四人と、北側の地下。


 選択を迫られた信長は、地下へ向かわず、湊たちの前へ出た。


「やはり、下か」


「気づくの早すぎるだろ!」


 壮真が叫んだ。


 信長が進路へ入ってきたところで、湊は止まった。


 後ろの男が右へ、別の男が左へ動く。


 信長は、その動きを一つずつ確かめていた。


 だが、湊たちも本気でCOREへ触れようとはしていなかった。


 信長を、この場所へ縛りつければいい。


 それだけだ。


「貴様ら」


 信長が、初めて少しだけ表情を変えた。


「最初から、取る気がないな」


 湊は答えなかった。


「俺がここを離れれば核へ向かう。だが、本気で触れるつもりはない」


 信長の目が細くなる。


「俺をここへ置くためだけに動いておる」


 ばれた。


 壮真が湊を見た。


「どうする?」


「続ける」


「もう作戦全部ばれてるけど」


「ばれても止められないなら同じだ」


 信長の口元が、わずかに上がった。


「言うようになったな」


 その瞬間、地下で大きな金属音が響いた。


 ガンッ。


 床がわずかに沈み、MINOR COREの光が揺れた。


 信長の視線がCOREへ向いた。


 湊も、その下を見た。


 透明な結晶から、床へ向かって淡い光が伸びている。


 核と、その場所をつないでいるようだった。


「外れた!」


 地下で凛が声を上げた。


 安全固定の金属爪が収納され、巨大な昇降床がわずかに下がった。


 だが、すぐに止まった。


「動かない!」


 体格の良い男が、ハンドルへ力を込めた。


 重かった。


 もう一人も加わり、二人で押すと、ようやく少しだけ動いた。


「凛!」


「分かってる!」


 三人がかりでハンドルを回した。


 ギギギギギ、と古い金属が悲鳴を上げる。


 ホールの床が、数センチ沈んだ。


 信長の顔から笑みが消えた。


「昇降床か」


 理解が早かった。


 信長が、中央のCOREへ走った。


「止めろ!」


 湊も走った。


 勝てないことは分かっている。


 それでも、行くしかなかった。


 信長の手が、COREへ触れた。


 全員の頭に音声が響く。


 ――MINOR COREへの接触を確認。


 ――所有認証を開始します。


「まずい!」


 壮真が叫んだ。


 湊が信長へ飛びつこうとする。


 信長は片腕で湊を押し返した。


「遅い」


 湊は体勢を崩し、床へ転がった。


 能力ではない。ただの身体の使い方だった。


 それでも、届かない。


 信長の手は、COREから離れなかった。


 ――所有認証中。


「回して!」


 地下で凛が叫んでいた。


 三人でハンドルへ体重をかけたが、動きが止まった。


「錆びてる!」


「それでも回す!」


「せーの!」


 三人が一気に力を入れた。


 ガンッ、と何かが外れる音がした。


 直後、巨大な昇降床が数十センチ落ちた。


「っ」


 足元が急に沈み、信長の身体が揺れた。


 MINOR COREも、淡い光で床とつながったまま、同時に下がる。


 やはり、この核は床に固定されている。


 湊がそう思った瞬間、信長の指がCOREから離れた。


 ――接触断絶。


 ――所有認証を中断します。


「よし!」


 壮真が叫んだ。


 だが、まだ終わりではなかった。


 体勢を立て直した信長が、再び核へ手を伸ばす。ゆっくり下がり続ける昇降床の上へ、飛び乗った。


「嘘だろ!」


 湊は立ち上がった。


 このままでは、信長ごと地下へ降りるだけだ。


 それでは、結局COREを取られてしまう。


「凛!」


 地下まで届くかどうかも分からない。それでも、湊は叫んだ。


 直後、下から声が響いた。


「分かってる!」


 凛だった。


 地下の三人は、ハンドルから離れていた。


「何で止める!」


 男が叫んだ。


 凛は、別のレバーを見ていた。


 横には「非常降下」と書かれている。


「これ」


「何?」


「手動昇降が遅すぎる」


 凛がレバーを握った。


「待て、それ非常用――」


「今が非常でしょ」


 引いた。


 ガコン、と大きな音が響き、鎖が緩んだ。


 信長が顔を上げる。


 湊にも、何が起きるのか分かった。


「やば――」


 轟音とともに、昇降床が一気に落下した。


 信長は即座に足場を蹴った。


 ホール側へ跳び、床の縁へぎりぎりで手をかける。そのまま身体を引き上げた。


 足元では、MINOR COREが昇降床とともに地下へ消えていった。


 ドオオオン。


 凄まじい音が地下から響き、埃が噴き上がった。


 さっきまでCOREがあった場所には、巨大な穴だけが残っていた。


 誰も動かなかった。


 湊はゆっくりと穴を覗き込んだ。


 かなり深い。


 埃で下は見えなかったが、淡い光だけが微かに見えた。


 MINOR COREは、まだ存在している。


 だが、すぐに取りに行ける場所ではなかった。


 システムの音声が響いた。


 ――MINOR CORE。


 ――所有者、なし。


 壮真が息を吐いた。


「……成功?」


「たぶん」


「またたぶん」


 湊も、その場へ座り込みそうだった。


 信長を見る。


 怒っていると思った。


 だが、違った。


 信長は穴の縁に立ち、地下を見つめていた。


 そして、笑った。


「はは」


 小さかった笑い声が、次第に大きくなる。


「ははははは!」


 壮真が引いた。


「え、何?」


「知らない」


 凛たち三人が、地下から戻ってきた。


 別の階段を使ったらしい。全員、埃まみれだった。


「落ちた?」


 凛が聞いた。


 湊は穴を指さした。


「見れば分かるだろ」


「信長は?」


 全員が見た。


 本人は、まだ笑っていた。


 やがて信長がこちらを向いた。


「俺を倒さず」


 湊を見る。


「核も取らず」


 一歩、近づいた。


「俺にも取らせなかった」


 湊は警戒した。


 信長は続ける。


「勝つためではない。負けぬための戦か」


 その言葉に、湊は少しだけ武蔵を思い出した。


 勝てぬなら、勝たぬ方法を探す。


 だが、今回は少し違う。


「取れないなら」


 湊は言った。


「取らせなきゃいい」


 信長の目が細くなった。


「名は」


 湊は、一瞬答えなかった。


 システムは、普通の参加者の名前を教えない。


 信長も知らない。


 だから、自分で聞いたのだ。


「朝倉湊」


「朝倉……湊」


 信長は確かめるように繰り返した。


「覚えた」


 壮真が小声で言った。


「それ絶対いい意味じゃないよな」


「俺もそう思う」


 信長は二人を無視した。


「力がないと思うておった」


 湊を見つめる。


「今も力はないけど」


「違う」


 信長は即答した。


「遺想能力の話ではない」


 湊は黙った。


「何も持たぬ者は、何もできぬと思うていた」


 信長は中央の穴を見た。


「だが貴様は、使えるものを探した」


 人も、建物も、地下の仕組みも。


 そして、ただのスマートフォンも。


 《REPLAY》ではなかった。


 現象を再現したわけではない。カメラやライト、画面といった、能力を得る前からあった機能を使った。


 湊は自分のスマートフォンを見た。


「面白い」


 信長が言った。


 湊には、嫌な予感しかしなかった。


「それ、武蔵にも言われた」


 信長の眉が動いた。


「武蔵?」


「あ」


 言ってから気づいた。


 壮真が顔を覆った。


「また余計なこと言った」


 信長が笑う。


「そうか。あの剣士も貴様を見たか」


「知ってるの?」


「知らぬ」


 即答だった。


「なら何で」


「危険度S、LEVEL 5の未所属個体がいるという話は聞いた」


 本人を知っているわけではないらしい。


 王冠軍の参加者から、情報を得たのだろう。


 信長は歩き出した。


 地下へ続く別の入口へ、目を向ける。


「取りに行かないの?」


 凛が聞いた。


 信長が足を止めた。


「今はよい」


「いいの?」


「核一つのために、この場で時間を使う必要はない」


 遠くから爆発音が聞こえた。


 王冠軍と革命軍の戦闘が、近づいてきている。


 この建物も、安全ではなかった。


「それに」


 信長が湊を見た。


「一度取れなんだものを、その場で拾い直して勝ちとするほど無粋ではない」


 壮真が小声で言う。


「この人、変なところでルール作るな」


「聞こえておるぞ」


「すみません」


 信長は背を向けた。


 湊が聞いた。


「次会ったら?」


 信長は立ち止まらなかった。


「奪う」


 短い答えだった。


「何を?」


「すべてだ」


 王冠軍らしい答えだった。


 信長の姿が、暗い通路の向こうへ消えていく。


 しばらく、八人の誰も動かなかった。


 やがて壮真が穴を覗き込んだ。


「で」


 地下のMINOR COREを見る。


「俺たちも取れてないけど」


「うん」


 凛が答えた。


「これ、成功なの?」


 湊は少し考えた。


 MINOR COREの所有者は、いない。


 自分たちは手に入れていないし、信長も手に入れていない。


 目的を達成したとは言えなかった。


 それでも。


「少なくとも」


 湊は、ひび割れたスマートフォンを見た。


「負けてはいない」


 遺想能力は使えなかった。


 特別な力も使っていない。


 それでも、危険度Sの歴史記憶体を倒すことなく、その目的を阻止した。


 勝利とは呼べないのかもしれない。


 だが、今の湊には、それで十分だった。


 遠くから、また爆発音が響いた。


 凛が出口を見た。


「帰ろう。ここにいたら今度こそ巻き込まれる」


「賛成」


 壮真が肩を押さえながら歩き出す。


「相馬さんに何て説明する?」


「記憶核は取れませんでした」


「それだけ?」


 湊は少し考えた。


「でも、取らせませんでした」


 凛が小さく笑った。


「無名軍らしい」


 八人は、来た道を戻り始めた。


 地下では、誰のものにもなっていないMINOR COREが、静かに光っていた。


 そして湊は、まだ知らなかった。


 織田信長が最後に振り返ったとき、見ていたのは記憶核ではなかった。


 ひび割れたスマートフォンを持つ、一人の無名の男だった。

ここまでお読みいただき、ありがとうございます。


『MEMORIA WAR ―記憶戦争―』は、“記憶”と“歴史”をテーマにした異能バトル長編です。


少しでも続きが気になった方は、ぜひ次話もお読みいただけるとうれしいです。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。