第10話 無名軍の戦果
歴史上の偉人たちと、名もなき人々が“記憶”を武器に戦う物語です。
※本作には戦闘・死亡・一部残酷な描写があります。
無名軍の開始領域へ戻る頃には、空の赤みがさらに濃くなっていた。
夕焼けに似ている。
だが、太陽はどこにも見えなかった。この世界に本当に昼と夜があるのか、それすら朝倉湊にはまだ分からない。
「……疲れた」
牧野壮真が、心の底からという声で呟いた。
「肩、大丈夫?」
黒瀬凛が聞く。
「大丈夫じゃないけど、さっきよりはマシ」
「だから無理するなって言われたでしょ」
「俺、今回そんなに何もしてなくない?」
「信長に投げられてた」
「あれ俺が悪いの?」
「腕時計触ったからでしょ」
「癖なんだよ」
三人の後ろを、残りの五人が歩いていた。
八人全員が戻ってきた。誰も死んでいない。
ただし、MINOR COREも手に入っていなかった。
遠くに、無名軍の白い円の紋章が見え始めた。
開始領域の入口には、何人かの参加者が立っている。その中から、相馬源一郎が走ってきた。
「皆さん!」
顔を見ただけで、かなり心配していたことが分かった。
「全員いますね」
相馬は湊、凛、壮真、そして残る五人の顔を、一人ずつ確かめた。
「八人」
小さく数えてから、ようやく息を吐く。
「よかった」
壮真が笑った。
「先生、それ毎回やるんですか?」
「何をです?」
「人数確認」
「します」
即答だった。
「全員戻るまでは」
壮真が少しだけ黙った。
相馬はそれ以上言わず、八人を見た。
「それで、どうでしたか」
全員の視線が、一斉に湊へ集まった。
「何で俺」
「作戦考えたからじゃない?」
凛が言った。
「途中からだろ」
「十分でしょ」
相馬が首を傾げる。
「何かあったんですか?」
湊は少し考えた。
どこから話せばいい。
王冠軍と革命軍の戦闘。織田信長との遭遇。《天下布武》による能力封印。
そして、地下の昇降床。
まずは、結果から伝えることにした。
「MINOR COREは取れませんでした」
周囲の空気が少し沈んだ。
何人かが顔を見合わせる。
だが、相馬は特に表情を変えなかった。
「そうですか」
それだけだった。
責めることも、残念がることもしない。
壮真が横から言った。
「先生、続きがあります」
「続き?」
湊が口を開いた。
「織田信長がいました」
相馬の表情が止まった。
周囲も、一瞬静かになる。
「……織田信長?」
「歴史記憶体です」
何人かがざわついた。
「本物の?」
「それはまだ分からない」
凛がすぐに答えた。
「システム上は歴史記憶体。本人は自分を織田信長だと思ってる」
湊も頷いた。
「遺想能力強度LEVEL 4。危険度S」
相馬の表情が、少し険しくなった。
「宮本武蔵と同じ危険度」
「LEVELは一つ下だけど」
壮真が続ける。
「能力が厄介でした」
湊はスマートフォンを取り出した。
画面には、もう《REPLAY》が戻っていた。信長の領域を出たことで、封印は解除されている。
「《天下布武》」
その能力名を、相馬が繰り返した。
「領域の中にいるLEVEL 3以下の遺想能力を封じます」
「全部ですか?」
「少なくとも俺たちのは全部」
《REPLAY》も、《ROUTE》も、《BACK SECOND》も使えなくなった。
他の参加者の能力も、同じように封じられていた。
「能力を封じる能力……」
誰かが呟いた。
相馬は、すぐに言った。
「それだけを事実として共有しましょう」
「え?」
「今確認できたのは、LEVEL 3以下の遺想能力が発動できなかったこと。LEVEL 4以上にどう作用するかは分かりません」
湊は少し驚いた。
確かに、そのとおりだった。
システム表示も、領域内の低強度遺想能力への支配干渉としか言っていない。
「先生、細かいね」
壮真が言う。
「間違った情報で誰かが死ぬ方が困ります」
相馬は淡々と答えた。
それから、湊を見る。
「それで、どうやって逃げたんです?」
「逃げてません」
「……はい?」
「信長にもCOREを取らせませんでした」
今度こそ、周囲が静かになった。
相馬も数秒黙った。
「どういうことですか」
湊は、順を追って説明した。
全員の能力を封じられ、八人で正面から向かっても、一人の信長に止められたこと。
信長は武蔵のような異常な剣技を見せたわけではなかった。それでも、誰がCOREを狙い、誰が囮なのかを見抜き、必要な場所へ先に動いていた。
突破できないと分かったあと、スマートフォン自体は使えることに気づいた。
カメラで壁の案内板を拡大し、地下保管区画を見つけた。凛たちが下へ向かうと、中央の床は貨物用の昇降床だった。
信長がCOREへ触れ、所有認証が始まった直後、その床を落とした。
接触が途切れ、認証は中断された。
「で、COREは地下」
壮真が最後だけ雑にまとめた。
相馬は、しばらく何も言わなかった。
「……それは」
何か言いかけて、口を閉じる。
「何です?」
湊が聞いた。
「よく全員戻ってきましたね」
結局、そこだった。
壮真が笑う。
「先生ほんとそこしか見てない」
「重要でしょう」
「まあ、そうだけど」
相馬は八人を見た。
「MINOR COREは取れなかった」
全員が頷く。
「でも、織田信長にも取らせなかった」
もう一度、頷いた。
相馬は少し考えてから言った。
「では、戦果なしではありません」
「戦果?」
「情報があります」
相馬が指を一本立てた。
「歴史記憶体《織田信長》の存在」
二本目を立てる。
「遺想能力《天下布武》」
三本目。
「LEVELと危険度が、やはり別評価であること」
四本目。
「能力を封じられても、本人が持つ技能や判断力までは失われないこと」
そして、五本目を立てた。
「能力が使えない状況でも、対抗する方法があること」
湊は、最後の言葉で少しだけ顔を上げた。
能力が使えなくても、対抗することはできる。
勝ったわけではない。
それでも、何もできなかったわけではなかった。
「十分な戦果です」
相馬が言った。
その場にいた誰かが息を吐き、張り詰めていた空気が少し和らいだ。
今までの無名軍には、何もなかった。
王冠軍のような統率も、革命軍のような明確な目的もない。聖域軍のような救済の理念もなければ、叡智軍のような知識の集積もなかった。
どこにも当てはまらなかった者たち。
最初は、余り物と呼ばれた。
だが、危険度Sの歴史記憶体を相手に、八人全員が戻ってきた。
それだけで、周囲の見る目が少し変わっていた。
「で」
壮真が両手を腰へ当てた。
「俺ら、ちょっと格上がった?」
「何の?」
凛が即答する。
「無名軍内評価」
「ないでしょ、そんなの」
「作ろうよ」
「やめて」
湊は二人のやり取りを聞きながら、スマートフォンを見た。
《REPLAY》の表示は正常だった。
画面を閉じようとして、指が止まる。
一件、新しい記録が増えていた。
《BATTLE LOG》
「何だこれ」
凛が覗き込む。
「戦闘履歴?」
湊が開くと、簡単な情報だけが残っていた。
遭遇個体は、歴史記憶体。
所属は第一軍《王冠軍》。
遺想能力強度LEVEL 4、危険度S。
使用能力は《天下布武》。
その下に、結果が記されていた。
取得対象、MINOR CORE。
所有者、なし。
「結果って、これだけ?」
壮真が言った。
「勝敗は出ないんだな」
「そもそも戦闘だったかも怪しいし」
凛が答える。
湊は画面を閉じた。
勝者も敗者もなく、記憶核も誰のものでもない。
妙に、自分たちらしい結果だった。
そのとき、空気が震えた。
低い音に、全員が顔を上げる。
――ゴォォォォン。
鐘にも、地鳴りにも似た巨大な音が、世界全体へ広がっていった。
会話が止まった。
湊のスマートフォンが、一度、二度、三度と震える。
周囲の参加者たちも、同じように反応していた。
「何です?」
相馬が顔を上げた。
次の瞬間、全員の頭の中へアラートが響いた。
――MEMORIA NOTICE.
――七大MEMORIA COREの活性化を確認。
空に巨大な表示が現れた。
七つの光。
そのうち一つ、赤い光が強く脈打っていた。
湊の表情が変わる。
――第一主要記憶領域、形成開始。
「第一……」
誰かが息を呑んだ。
――対象CORE。
赤い光が大きくなり、文字が浮かんだ。
《WAR》
闘争。
「WAR……」
壮真が呟いた。
直後、地平線の向こうが赤く染まった。
巨大な夕焼けのように見えた。
だが、違った。
煙が立ち上り、炎が揺れている。
遠くから、砲声が届いた。
聞こえるはずもない距離なのに、腹の奥へ響いてくる。
一発、二発と、その数が増えた。
銃声に馬の嘶き、金属がぶつかる音、怒号まで重なった。異なる時代の戦場が、一つの場所に集まっているような音だった。
湊は無意識にスマートフォンを握った。
――主要記憶領域《CRIMSON FRONT》を形成。
――七大MEMORIA CORE《WAR》が存在します。
半透明の地図が開いた。
これまでのMINOR COREとは違い、かなり広い範囲が赤く塗られていた。COREの正確な位置はなく、巨大な領域だけが示されている。
「広すぎない?」
凛が言った。
「これ全部?」
壮真も画面を見る。
直径数十キロはあるように見えた。
いや、この世界の距離感が、現実と同じなのかすら分からない。
システムが続けた。
――全参加軍へ大域座標を開示します。
――詳細領域情報は保有情報量に応じて開示されます。
相馬の表情が変わった。
「MINOR CORE」
湊も、同じことに気づいていた。
「持ってる軍は、もっと詳しい情報が見える」
凛が言った。
そのための副記憶核だった。
必須ではなくても、持っていれば有利になる。詳しい情報があれば、より早く、安全にCOREへ近づけるかもしれない。
攻略条件の一部まで知ることができるのだろうか。
壮真がため息をついた。
「さっきの、取っとけばよかったな」
「信長がいたでしょ」
「言ってみただけ」
相馬は、赤く塗られた地図を見ていた。
《CRIMSON FRONT》。
そこに存在する、最初の主要記憶核《WAR》。
この情報は、無名軍だけに届いたわけではない。
王冠軍、革命軍、聖域軍、叡智軍。
すべての軍が、同じ場所を目指す。
「これは……」
相馬が呟いた。
誰も、その先を続けられなかった。
これまでのMINOR COREを巡る、小さな争奪戦とは違う。
七つしかない主要記憶核を求めて、五軍すべてが動き始めるのだ。
「行くの?」
誰かが聞いた。
相馬は、すぐには答えなかった。
無名軍の人々を見回す。
戦える者は少ない。怪我人もいる。能力を使えるようになった者も、まだ自分の力をほとんど理解していなかった。
それでも、四つ取らなければZEROには行けない。
そこへ行かなければ、勝てない。
「今回は」
相馬がゆっくりと言った。
「偵察だけでは済まないでしょう」
空気が重くなった。
湊は赤い地図を見た。
《WAR》。
闘争を示す、最初の主要記憶核。
そのとき、スマートフォンに新しい文字が浮かんだ。
――領域特性情報を一部開示。
全員に同じ情報が届いたわけではないらしい。
湊の近くにいた者たちが、画面を覗き込んだ。
第一主要記憶領域《CRIMSON FRONT》。
領域構成は、複数戦争記憶の混成。
時代、不定。
地域、不定。
戦闘規模、大規模。
そして最後に、取得条件が表示されていた。
不明。
「そこは教えてくれないのかよ」
壮真が言った。
その下に、もう一行が加わった。
――当該領域では、戦闘記憶の高密度化が進行します。
凛が眉をひそめる。
「高密度化?」
答えはなかった。
さらに、表示が増えた。
――歴史記憶体との遭遇率上昇。
誰も喋らなくなった。
湊の頭に、宮本武蔵と織田信長の顔が浮かんだ。
どちらも危険度S。
だが、この世界にいるのは、あの二人だけではない。
まだ、どれほどの人物がいるのだろう。
その答えを示すように、はるか遠くの赤い空の下で、巨大な光が上がった。
一つ、二つ、三つ。
何かの能力だ。
誰のものかは分からない。ここからでは識別できず、システムも名前を教えなかった。
ただ、戦いが始まったことだけは分かった。
壮真が小さく言った。
「……もう誰か入ってる?」
凛が首を振る。
「分からない」
「でも」
湊は赤い空を見た。
光が弾け、遠くで黒煙が立ち上っている。
「始まってる」
無名軍の人々も、同じ方向を見ていた。
相馬が静かに息を吐く。
「準備をしましょう」
「戦う準備ですか」
誰かが聞いた。
相馬は少しだけ考えた。
「いいえ」
そして、全員を見た。
「生きて帰る準備です」
湊はその言葉を聞きながら、ひび割れたスマートフォンを握った。
勝つために行く。
だが、死ぬために行くわけではない。
最初の主要記憶核《WAR》。
その名のとおり、第七記憶戦争で初めての、本当の戦争が始まろうとしていた。
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『MEMORIA WAR ―記憶戦争―』は、“記憶”と“歴史”をテーマにした異能バトル長編です。
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