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『MEMORIA WAR ―記憶戦争― 信長・武蔵・ジャンヌ――歴史の英雄と名もなき者たち』  作者: 130
第二章 赤き戦原

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第11話 WAR

歴史上の偉人たちと、名もなき人々が“記憶”を武器に戦う物語です。


※本作には戦闘・死亡・一部残酷な描写があります。

出発の準備にかけられる時間は、一時間もなかった。


 誰かにそう命じられたわけではない。


 《CRIMSON FRONT》がいつまで存在するのかも、《WAR》がいつ誰かに取得されるのかも分からない。


 だからこそ、待てなかった。


 無名軍の開始領域では、参加者たちが慌ただしく動き回っていた。


「水、持てる人は持ってください! 怪我人用の布も!」


 相馬源一郎の声が響く。


 軍隊ではない。正式な指揮官がいるわけでもなかった。


 それでも、水を集める者、使えそうな道具を探す者、怪我人の状態を確かめる者と、少しずつ役割ができ始めていた。自分の遺想能力を試している者もいる。


 朝倉湊は、その様子を見ながらスマートフォンを操作していた。


 《REPLAY》で使う写真や動画を、順番に確かめていく。


 豪雨、花火、台風、電車。


 今まで使ったものだけでは足りない。これから役に立ちそうな記録を、今のうちに探しておきたかった。


「何かあった?」


 黒瀬凛が、横から画面を見た。


「使えそうなの探してる」


「例えば?」


「火事とか」


「持ってるの?」


「ない」


「じゃあ何で言ったの」


「強そうだから」


 凛が呆れた顔をした。


 湊はさらに画面を送った。


 海や雪、夕焼け、友人の誕生日。工事現場や夏祭り、昔行った山の記録もある。


 何のために撮ったのか分からない、短い動画も混じっていた。


 今までは、本当にどうでもいいと思っていたものばかりだった。それが今では、一つ一つ武器になるかもしれない。


「これ」


 凛が画面を指さした。


「何?」


 映っているのは、駅前の人混みだった。大勢の人が傘を差して歩いている。


「人は出せないよ」


「そうじゃなくて、音」


 湊が動画を再生すると、車の音や信号機、駅のアナウンスに、何百人もの話し声が重なって聞こえてきた。


「……なるほど」


 戦場で使えば、相手の聴覚を一瞬混乱させられるかもしれない。


「保存」


「元から保存されてるでしょ」


「使う候補として」


「頭の中に?」


「そう」


「頼りない」


「うるさいな」


 そこへ壮真が歩いてきた。


 肩には、まだ包帯が巻かれていた。


「何やってんの?」


「準備」


「俺もやった方がいい?」


「壮真は休んだ方がいい」


 凛が即答した。


「またそれ?」


「ナイチンゲールに何て言われたの」


「動かしすぎるな」


「じゃあ動かさないで」


「戦場行くのに?」


 三人とも黙った。


 問題は、そこだった。


 壮真は負傷している。痛みは抑えられているが、治ったわけではない。《BACK SECOND》も、使うたびに負荷がある。


 それでも、本人は行くつもりだった。


「残ってもいいんだぞ」


 湊が言うと、壮真は少しだけ笑った。


「一人だけ?」


「別に一人じゃない」


 全員が《WAR》へ向かうわけではなかった。


 怪我人や戦闘を拒む者、まだ能力を使えない者は開始領域に残る。戻ってくる人間を受け入れる者も必要だった。


「でも、お前ら行くんだろ」


 壮真が言った。


「行く」


 凛も頷いた。


「なら行く」


「理由になってない」


「十分だろ」


 それ以上は言えなかった。


 湊自身も、なぜ行くのかを完全には説明できない。


 帰るため。勝つため。


 もちろん、それはある。


 だが、少し前なら危険度Sがいると分かっただけで逃げようとしていた。それが今は、自分から五軍の集まる戦場へ向かおうとしている。


 変わったのだと思う。


 良い方向なのかは、分からなかった。


「朝倉さん」


 相馬に呼ばれ、三人は近くの建物へ向かった。


 中には二十人ほどが集まっていた。テーブルの上に広げられた簡単な地図には、大きな赤い領域が示されている。


 《CRIMSON FRONT》。


「全員で行くわけではありません」


 相馬が言った。


「行きたい人間だけ?」


「それも違います」


 相馬は集まった者たちを見た。


「行きたくなくても、行くべきだと思っている人もいるでしょう。逆に、行きたくても今の状態では危険な人もいる」


 壮真が目をそらした。


 相馬は見逃さなかった。


「牧野さん」


「はい」


「本当は残ってほしいです」


「ですよね」


「でも」


 相馬は少し考えた。


「止めても行きますね」


「たぶん」


「なら、絶対に前へ出ないでください」


「努力します」


「約束してください」


 壮真は少し黙った。


「……分かりました」


 凛が横から顔を覗く。


「今ちょっと嘘ついた?」


「ついてない」


「間があった」


「考えてただけ」


 相馬はため息をついたが、それ以上は言わなかった。


「今回、無名軍から《CRIMSON FRONT》へ向かうのは三十二人です」


 湊は周囲を見回した。


 三十二人。


 多いとは思った。だが、他の軍がどれほどの人数を送るのかは分からない。


「目的はCOREの取得です」


 相馬の言葉に、部屋の空気が変わった。


 これまでとは違う。


 偵察ではなかった。


「ですが」


 相馬は続けた。


「COREより命を優先するという方針は変えません」


「それで取れるんですか」


 若い男が口を開いた。


 相馬が黙っていると、男は言葉を続けた。


「他の軍は殺してでも来るかもしれない。こっちだけそんなこと言ってたら」


「負ける?」


 相馬が聞いた。


 男は少し迷ってから頷いた。


「はい」


「そうかもしれません」


 否定しなかった。


「でも、勝つためなら誰が死んでもいいという軍になったら、私たちは何のために帰るんでしょう」


 誰も答えなかった。


「私は、戦争のやり方を知りません」


 相馬は言った。


 自嘲ではなかった。ただ、事実を告げる口調だった。


「だから間違えると思います。皆さんに助けてもらいます」


 指揮官らしい言葉ではない。


 それでも、誰も笑わなかった。


 湊は不思議に思った。


 この人には、なぜ人が集まるのだろう。


 強くない。能力もまだ見せていない。戦争経験もない。


 なのに、気づけば皆が話を聞いている。


「出発しましょう」


 相馬が地図を閉じた。


 赤い領域までは、徒歩で約一時間。


 少なくとも、表示上ではそうなっていた。


 三十二人は開始領域を出た。


 最初は、普通の街だった。


 壊れた商店街の先に高層ビルがそびえ、古い石造りの建物も並んでいる。この世界では、すでに見慣れ始めた不自然な景色だった。


 だが、進むにつれて少しずつ変わっていった。


 最初に気づいたのは、匂いだった。


「……煙?」


 凛が顔を上げた。


 焦げた匂いに、土と鉄の匂いが混じっている。それだけではない、鼻の奥へ残る臭いもあった。


 壮真の顔が変わった。


「これ……」


 誰も、その先を続けなかった。


 さらに進むと建物が減り、やがて道路もなくなった。


 土や泥、草に覆われた地面の先へ、塹壕が伸びていた。


「何だこれ」


 誰かが呟いた。


 深く掘られた細い通路が、遠くまで続いている。壁は木材で補強され、周囲には崩れた土嚢や錆びた鉄条網があった。


 第一次世界大戦。


 湊の頭に、その言葉が浮かんだ。


 学校で見た写真や映画くらいでしか知らない。


 だが、塹壕の向こうには城壁があり、さらに別の方向には木造の砦が見えた。遠くには旗を掲げた騎馬もいる。


 時代も国も違うものが、同じ地平線に存在していた。


「混ざってる」


 凛が呟いた。


 《複数戦争記憶の混成》。


 システムの説明が何を意味するのか、初めて分かった気がした。


 ――MEMORIA NOTICE.


 全員が足を止めた。


 ――主要記憶領域への進入を確認。


 地面から、赤い霧のようなものが立ち上っていた。


 その向こうでは、空まで赤く染まっている。


 《CRIMSON FRONT》。


 ――領域進入。


 踏み込んだ瞬間、音が変わった。


 ドンッ、と遠くで爆発が起きる。


 続いて銃声が響き、金属音や叫び声、馬の嘶き、砲撃の音が一斉に押し寄せた。


 全員が反射的に身を低くした。


 何かが頭上を飛んでいく。


 弾かと思った。


 違う。矢だった。


 それが地面へ突き刺さった直後、別の方向から銃弾が飛び、土が弾けた。


「伏せて!」


 誰かの叫びに、全員が塹壕へ飛び込んだ。


「何でいきなり!」


 壮真が肩を押さえながらしゃがんだ。


「知らない!」


 湊も地面へ伏せた。


 頭上を銃弾と矢が飛び交い、さらに爆発が続く。


 誰が攻撃しているのか分からなかった。


 敵の参加者なのか、この領域そのものなのか。


 システムは何も教えない。


「参加者反応は!?」


 凛が叫んだ。


 湊はスマートフォンを見た。


 地図のほぼ全方向に、反応を示す点が浮かんでいた。多すぎて、どこを見ればいいのか分からない。


 所属不明。詳細不明。識別範囲外。


「使えない!」


「ですよね!」


 壮真が叫んだ。


 そのとき、前方に十数人の人影が現れた。


「来る!」


 無名軍の一人が武器を構え、全員が緊張した。


 だが、近づいてきた者たちの頭上にあったのは、盾の紋章だった。


 聖域軍だ。


「撃つな!」


 先頭の男が叫んだ。


 無名軍の参加者たちも武器を下げた。


 聖域軍の一団は、二人の負傷者を運んでいた。


「無名軍か!」


「はい!」


 相馬が答えた。


「何が起きてるんです!」


「分からん!」


 男が叫び返す。


「入った瞬間から攻撃されてる!」


「誰に?」


「戦場そのものだ!」


 直後、砲声が響いた。


「伏せろ!」


 全員が地面へ身を伏せた。


 少し離れた場所が轟音とともに吹き飛び、土と煙が噴き上がる。


 悲鳴が聞こえた。


 聖域軍の一人が倒れていた。


「大丈夫か!」


 仲間が駆け寄る。


 肩から血が流れていた。だが、その身体は光にはなっていない。


 まだ生きている。


「ここから出る!」


 聖域軍の男が叫んだ。


「負傷者を後方へ!」


 彼らはすぐに移動を始めた。


 相馬が呼び止める。


「COREは?」


 男が振り返った。


「まだ見てもいない!」


 そのまま走り去った。


 誰も追わなかった。


 湊は煙の向こうを見た。


 領域に入って、まだ数分しか経っていない。それだけで負傷者が出た。


 砲撃も、銃弾も、矢も、途切れず飛んでくる。


 《WAR》。


 名前の意味が、嫌というほど分かった。


「これを進むの?」


 壮真が言った。


 誰も答えなかった。


 相馬が地図を確認したが、正確なCOREの位置は示されていない。ただ、赤い領域がさらに奥へ広がっていた。


 情報開示率、12%。


 無名軍はMINOR COREを持っていない。


 だから、ほとんど何も分からなかった。


「行くしかない」


 誰かが言った。


 相馬は、その言葉にすぐ頷かなかった。


 周囲には塹壕が伸び、少し先には森、その向こうには城壁が見える。


 どの道を進めばいいのか分からない。


 そのとき、湊のスマートフォンが震えた。


 ――MEMORIA NOTICE.


 新しい情報が表示される。


 ――戦闘記憶密度、上昇。


「何だよそれ」


 直後、地面が揺れた。


 塹壕の向こうで赤い霧が動き、その中から人影が現れた。


 一人、二人。


 十人、二十人と増えていく。


 兵士だった。


 だが、参加者の紋章がなく、顔もぼやけていた。


 軍服姿の者もいれば、甲冑を着た者や騎士らしい者もいる。時代も国も違う兵士たちが、武器を手にこちらへ歩いてきた。


「何あれ」


 凛が声を落とした。


 システムに表示が出た。


 ――戦闘記憶体。


 ――領域構成要素。


 参加者ではない。


 歴史記憶体でもなかった。


 戦争に残された兵士たちの記憶が、目の前に現れている。


 その群れが、一斉にこちらを向いた。


 銃が上がり、弓が引かれ、槍と剣が構えられる。


「来る!」


 相馬が叫んだ。


 無名軍の三十二人が、初めて全員同時に武器を構えた。


 湊もスマートフォンを開く。


 《REPLAY》。


 雨か、花火か、それとも風か。


 選ぶより先に、銃声が響いた。


「凛!」


「分かってる!」


 ICカードが光った。


 ――《ROUTE》。


 塹壕の奥へ、細い光の道が伸びる。


「全員入って!」


 だが、三十二人が一度に通れるのかどうかは分からなかった。


「先に怪我人!」


 相馬が叫んだ。


 その一言で順番が決まった。


 負傷者と戦えない者を先へ送り、残った者たちが後ろを守る。


「湊!」


 壮真が腕時計へ触れた。


「やばかったら戻す!」


「一秒だけだろ!」


「一秒あれば十分な時もある!」


 兵士の群れが近づいてくる。


 湊は動画を選んだ。


 出発前、凛に言われた駅前の人混み。


 使うのは、雑踏の音だ。


「《REPLAY》!」


 戦場に、あり得ない音が響いた。


 車の音に信号機、駅のアナウンス。数百人の話し声が重なる。


 戦闘記憶体たちの動きが、一瞬止まった。


 わずかな間だった。


 それでも、逃げ込む隙はできた。


「今!」


 無名軍の参加者たちが、次々と《ROUTE》へ走り込んでいく。


 湊も続こうとした。


 だが、最後尾にはまだ相馬が残っていた。


「先生!」


「先に!」


「相馬さんが先に行け!」


「皆さんが――」


 爆発が、相馬の声を消した。


 煙が広がり、その姿が湊の視界から消える。


「相馬さん!」


 湊が引き返そうとした瞬間、煙の向こうから手が伸びた。


 別の参加者が相馬を掴み、塹壕の中へ引っ張り込んでいた。


「早く!」


 相馬が立ち上がった。


 残っていた者たちも《ROUTE》へ飛び込み、全員が抜けたところで、凛がカードを離す。


 光の道が消えた。


 直後、背後へ大量の銃弾が降り注ぎ、地面を削った。


 数秒間、誰も喋らなかった。


 荒い呼吸だけが聞こえていた。


 やがて、壮真が相馬を見た。


「先生」


「はい」


「今度から先に逃げて」


「努力します」


「約束して」


 相馬が一瞬黙った。


「俺に言ったでしょ」


 壮真が言うと、相馬は少しだけ苦笑した。


「……分かりました」


 湊も息を吐いた。


 全員、まだ生きている。


 そのとき、遠くの地平線の向こうに、巨大な旗が上がった。


 青、白、赤の三色だった。


「何だ、あれ」


 誰かが気づいた。


 同時に、高出力の参加者反応が近づいてきた。


 だが、まだ識別可能範囲外だった。システムは名前を出さない。


 それでも、その軍勢が他とは違うことだけは分かった。


 頭上にあるのは、王冠軍の紋章だった。


 軍服姿の者ばかりではない。現代の服を着た参加者や古い鎧をまとった者、銃を持つ者、槍を持つ者。


 さまざまな時代の参加者たちが、同じ隊列に組み込まれていた。


 整然と並ぶ人々の間には、大砲や騎兵も見えた。


 その中央に、一人の男がいた。


 灰色の外套をまとい、二角帽をかぶっている。


 凛が息を呑んだ。


「……あれ全部、王冠軍?」


 壮真も笑えなかった。


「さっきの信長どころじゃない人数いるけど」


 湊は答えなかった。


 男の名前は、まだ分からない。


 軍勢は《CRIMSON FRONT》の中心へ、迷うことなく進んでいた。


 まるで、この戦場が最初から自分のために用意されていたかのようだった。


 男は遠くの赤い地平線を見た。


 そして、片手を上げた。


 王冠軍の参加者たちが、同時に止まった。


 無名軍の誰も言葉を発せず、その光景を見つめていた。


 次の瞬間、王冠軍のいる方向から巨大な砲声が響いた。


 《WAR》を巡る戦いは、まだ始まったばかりだった。

ここまでお読みいただき、ありがとうございます。


『MEMORIA WAR ―記憶戦争―』は、“記憶”と“歴史”をテーマにした異能バトル長編です。


少しでも続きが気になった方は、ぜひ次話もお読みいただけるとうれしいです。

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