第12話 皇帝の砲列
歴史上の偉人たちと、名もなき人々が“記憶”を武器に戦う物語です。
※本作には戦闘・死亡・一部残酷な描写があります。
王冠軍の砲撃は、無名軍へ向けられたものではなかった。
遠くで轟音が重なった直後、赤い霧の向こうにいた戦闘記憶体の集団が、まとめて吹き飛んだ。
土煙の中を甲冑姿の兵士が転がる。古い軍服をまとった別の兵士たちは、身体の端から光の粒へ変わり、消えていった。
「……すげえ」
牧野壮真が呟いた。
朝倉湊も返事ができなかった。
砲撃は一発では終わらない。少し間隔を空けて二発目、続いて三発目が放たれた。
無秩序に撃っているわけではなかった。
戦闘記憶体が密集した場所だけを崩し、その間に王冠軍の参加者たちが前進していく。
使っている大砲は、《CRIMSON FRONT》に残されていたものらしい。複数の参加者が、古い形式の砲を操作していた。
その前方を進む者たちも、同じ時代の兵士ではなかった。
現代の服を着た男に、甲冑姿の者、古い軍服をまとった者。手にする物も、剣や銃、槍、遺想具とばらばらだった。
本来なら、統一感などないはずの集団だ。
それなのに、一つの軍隊に見えた。
騎乗できる者が左右へ広がり、中央では歩兵として動く参加者たちが進む。後方には砲列が続いていた。
誰が何をすべきなのか、最初から決められていたように迷いがない。
「さっきまでの王冠軍とも全然違うね」
黒瀬凛が言った。
「指揮してる奴が違うんじゃない?」
壮真は、その中央にいる男を見ていた。
灰色の外套に、二角帽。
歴史に詳しくない湊でも、その姿にはどこか見覚えがある気がした。
だが、まだ遠かった。
システムにも名前は表示されない。
――高出力記憶反応。
――識別可能範囲外。
――詳細情報、取得不能。
分かるのは、それだけだった。
「近づかない方がいいですね」
相馬源一郎が静かに言った。
「賛成」
壮真は即答した。
だが、問題があった。
無名軍が進もうとしている方向と、王冠軍の向かう方向が、ほとんど同じだった。
どちらも《CRIMSON FRONT》の奥、《WAR》が存在すると考えられる中心部を目指している。
凛が簡易地図を見た。
「避けるなら、大きく回るしかない」
情報開示率は12%。
表示されている道は少なく、安全な経路などほとんど分からなかった。
正面には王冠軍がいる。
左には広い平原があり、その向こうには古い城壁が見えた。右側には、森と塹壕地帯が広がっている。
後方では、先ほどの戦闘記憶体がまだ増え続けていた。
相馬は少し考えてから言った。
「右へ行きましょう。王冠軍とは距離を取ります」
三十二人は、塹壕沿いに移動を始めた。
走らず、音を立てすぎず、できるだけ低い姿勢で進む。
湊は何度も後ろを確かめた。
王冠軍はこちらへ来なかった。
気づいていないのか。それとも、気づいていて無視しているのか。
織田信長も、全員を倒そうとはしなかった。目的のために必要な者だけを止め、それ以外は無視した。
王冠軍に分類された人物たちは、どこか似た考え方を持つのだろうか。
「止まって」
凛が突然、手を上げた。
全員が足を止める。
前方の曲がり角から、複数の足音が聞こえていた。
何人かが遺想具を構え、湊もスマートフォンへ手をかけた。
《REPLAY》は使える。
壮真も腕時計へ触れかけたが、相馬に見られて手を離した。
「まだ使いません」
「分かっています」
「監視厳しくない?」
「負傷者ですから」
やがて、曲がり角から人影が現れた。
頭上にあるのは、砕けた鎖の紋章だった。
第二軍《革命軍》。
十五人ほどの集団で、無名軍より少ないが、武器を持っている者は多かった。
双方が足を止めた。
塹壕は狭く、簡単にはすれ違えなかった。
革命軍の先頭にいた女が言った。
「無名軍?」
「はい」
相馬が答える。
「後ろに王冠軍がいる」
「見ました」
「この先にも王冠軍が回ってる」
凛の表情が変わった。
「どれくらい?」
女は首を振った。
「分からない。ただ、かなりいる」
「王冠軍、多くない?」
壮真が小声で言った。
「集まりやすいんじゃない?」
凛が返す。
確かに、王冠軍には統率や支配という分類傾向がある。強い指揮能力を持つ者の周囲へ、参加者が集まりやすいのかもしれない。
革命軍の女が、湊たちを見回した。
「そっちは何人?」
「三十二人です」
相馬は普通に答えた。
壮真が横から顔を寄せる。
「先生、こういうとき人数言っていいんですか」
「嘘をつく理由がありますか?」
「戦争中ですよ」
「でも今は戦っていません」
革命軍の女が、少し笑った。
「面白い人だね」
相馬は困ったような顔をした。
「よく言われます」
湊は少し驚いた。
そんな返しもできる人だったらしい。
そのとき、革命軍の一人が後ろを見た。
「来るぞ」
声の調子が変わっていた。
全員が、男の視線を追った。
赤い霧から、戦闘記憶体が次々と姿を現していた。
銃を持つ兵士や槍兵、弓兵、騎士、甲冑姿の者。時代も国も関係なく、数十体がこちらへ向かっている。
その後ろにも、まだいた。
「さっきより増えてない?」
壮真が言った。
湊のスマートフォンが震える。
――戦闘記憶密度、上昇。
さらに、表示が続いた。
――領域活動段階、第二域へ移行。
「第二域?」
凛が画面を見た。
説明はなかった。
革命軍の女が叫んだ。
「今は軍同士でやってる場合じゃない! 抜けるぞ!」
誰も反対しなかった。
敵軍であっても、今は目の前の戦闘記憶体の方が明らかに危険だった。
革命軍と無名軍を合わせれば、四十人以上になる。
狭い塹壕の中で、全員が動き出した。
「前へ!」
革命軍の一人が能力を発動し、地面から光の壁を立ち上げた。
――遺想能力強度LEVEL 2。
――防壁形成を確認。
直後、銃弾が次々と壁へ叩きつけられた。
光の壁が激しく揺れる。
「長くは持たない!」
「凛!」
湊が叫んだ。
凛は、すでにICカードを握っていた。
「今作る!」
だが、その表情が変わった。
「駄目」
「何が?」
「通った道が少なすぎる」
《ROUTE》は、凛自身が通過した経路を利用する。
この領域へ来て、まだ時間が経っていない。使える道は限られていた。
「戻る道なら作れる。でも前には行けない」
「戻ったらあいつらの中だぞ!」
壮真が後方を見た。
先ほど通ってきた場所にも、別の戦闘記憶体が現れ始めている。
挟まれた。
相馬が周囲を見回した。
左右は土壁で塞がれ、前後からは敵が迫っていた。
「上へ出ます!」
誰かが叫んだ。
「待って!」
湊が止めた。
塹壕の外は平原だ。出た瞬間、複数の方向から狙われる。
だが、ここにいても囲まれてしまう。
何か、使えるものはないか。
湊はスマートフォンを開いた。
雨、花火、風、雑踏、電車。
思い浮かぶのは、同じ記録ばかりだった。
武蔵の言葉が頭をよぎる。
同じ手を使うな。
だが、今必要なのは新しい攻撃ではない。
この状況を変えられるものだ。
画面を送る指が、一本の動画で止まった。
工事現場。
数年前、道路工事をしているところを、何となく撮影した短い動画だった。
大型重機と削岩機が映り、コンクリートを砕く大きな音が入っている。
それだけの記録だった。
「これ」
湊は、塹壕の側面を見た。
土壁の上部には、木材で補強された部分がある。
「何するの?」
凛が聞いた。
「穴を作る」
「どこに?」
「横」
「横?」
この壁を崩せば、地下壕か、別の通路へつながるかもしれない。
何もないかもしれない。
それでも、前後から敵に迫られるよりはましだった。
「全員離れて!」
湊が叫ぶと、周囲が戸惑った。
革命軍の女が聞く。
「何する!」
「壁壊します!」
「どうやって?」
「俺もまだ分からない!」
「何それ!」
説明している時間はなかった。
湊は《REPLAY》で、工事現場の動画を選んだ。
――対象記憶を認識。
――再現可能時間、2.8秒。
短い。
「十分!」
湊は画面を押した。
――《REPLAY》。
ガガガガガッ!
塹壕の中に、削岩機の轟音が響いた。
重機そのものが現れたわけではなかった。記録されていた衝撃の一部が、目の前の土壁へ再現されている。
補強の木材が揺れ、土が崩れた。
「もう一回!」
湊が同じ動画に触れようとすると、警告が表示された。
――連続再現による同期率低下。
指が止まった。
「くそ!」
同じ記録を続けて使えば、同期率が落ちるらしい。
壁は完全には崩れていなかった。人一人が入れるかどうかの穴しか開いていない。
「退け!」
革命軍の大柄な男が前へ出た。
手にした古いハンマーが光った。
――遺想能力《BREAK LINE》。
――遺想能力強度LEVEL 2。
男が壁へハンマーを叩きつけた。
轟音とともに、ひびが広がる。
「もう一発!」
再び振り下ろすと、壁が崩れた。
その向こうに、暗い空間があった。
「ある!」
誰かが叫んだ。
古い地下壕だった。
どの戦争の記憶なのかは分からない。
それでも、進める道ができた。
「入れ!」
革命軍も無名軍も関係なく、次々と穴へ向かった。
「負傷者から!」
相馬が叫ぶ。
「後ろ、押さえる!」
革命軍の女も、同時に声を上げた。
二人は一瞬、互いを見た。
考えていることは同じだった。
戦える者が残り、その間に負傷者を通す。
「そっち先に行って!」
相馬が言った。
「馬鹿言わないで! そっちの方が人数多いでしょ!」
「だからこそです!」
「意味分かんない!」
銃弾が叩きつけられ、防壁が大きく揺れた。
「揉めてる場合じゃない!」
凛が怒鳴った。
全員が黙る。
「交互に入って!」
その一言で決まった。
革命軍、無名軍と、順番に地下壕へ入っていく。
壮真が笑った。
「凛、こういうとき強いな」
「喋ってないで入って!」
「はい」
壮真が穴へ入った。
湊は、相馬や革命軍の女たち数人とともに、最後尾へ残った。
戦闘記憶体が迫ってくる。
十メートル、八メートル、六メートル。
湊はスマートフォンを構えた。
工事現場の動画を続けて使うのは避けたい。
雑踏か、雨か、風か。
選ぼうとした瞬間、塹壕の外で鋭い笛の音が響いた。
続いて、声がした。
「撃て!」
轟音。
塹壕の向こう側で、戦闘記憶体の列が一斉に崩れた。
砲弾だった。
また王冠軍だ。
だが、今度は先ほどより近かった。
土煙が晴れると、平原に王冠軍の参加者たちが見えた。
古い砲を操作する者たちの間を、灰色の外套を着た男が歩いてくる。
距離が縮まり、識別可能範囲へ入った。
湊の頭の中で、警告音が鳴る。
――歴史記憶体を確認。
男がこちらを見た。
無名軍、革命軍、そして大量の戦闘記憶体。その視線が、一瞬で状況をなぞった。
――第一軍《王冠軍》。
男は歩みを止めなかった。
――遺想能力強度LEVEL 4。
革命軍の女の顔が変わる。
――危険度S。
残っていた者たちは、息を呑んだ。
――希少度LEGEND。
――個体識別を開始。
名前が表示された。
NAPOLÉON BONAPARTE.
ナポレオン・ボナパルト。
湊は声を失った。
織田信長、宮本武蔵、ジャンヌ・ダルク。
今度は、ナポレオン。
本人はシステムの声を聞きながら、少しだけ眉を動かした。
だが、自分が誰なのかを迷っている様子はなかった。
ナポレオンは戦闘記憶体へ視線を向け、片手を上げた。
後方の王冠軍参加者たちが止まる。
「次弾装填」
短い命令で、複数の人間が同時に動いた。
湊にも分かった。
信長とは、また違う。
信長は、その場にいる人間の目的を読み、必要な場所へ先に動いていた。
だが、この男は最初から、何十人、何百人という単位で戦場を見ている。
ナポレオンの視線が、湊たちへ戻った。
「第五軍」
白い円を見てから、革命軍の砕けた鎖へ目を移した。
「第二軍もいるか」
こちらの名前を知っているわけではない。軍章を見て判断していた。
「何をしている」
誰も答えなかった。
先に口を開いたのは、革命軍の女だった。
「見れば分かるでしょ」
ナポレオンは地下壕へ続く穴を見た。
「逃走か」
「生存よ」
女は即答した。
ナポレオンの目がわずかに動く。
「同じことだ」
「違う」
「生き延びるために戦場から離れる。逃走と何が違う」
女が言い返そうとした。
その前に、相馬が答えた。
「戻るつもりなら、逃げではありません」
全員が相馬を見た。
ナポレオンも、視線を向けた。
「誰だ」
「相馬源一郎です」
普通の参加者の名前は、システムから表示されない。
相馬は自分で名乗った。
「第五軍《無名軍》の参加者です」
「指揮官か」
「違います」
即答だった。
ナポレオンが少し眉を上げる。
「では、なぜお前が答える」
相馬は少し困ったように言った。
「質問された気がしたので」
沈黙が流れた。
革命軍の女が、吹き出しそうになった。
湊は頭を抱えたくなった。
危険度Sを前にしても、この人は変わらない。
だが、ナポレオンは怒らなかった。
ほんの少し、口元が動く。
「奇妙な軍だ」
また言われた。
無名軍に会った歴史記憶体は、だいたい似た反応をする。
そのとき、赤い霧の奥から、さらに大量の戦闘記憶体が現れた。
ナポレオンが、そちらを見た。
「話は終わりだ」
手を上げると、王冠軍が動き出した。
「前列、三歩前へ」
前列の参加者たちが、一斉に進んだ。
「砲兵、左翼へ照準」
大砲の向きが変わる。
「騎兵は回り込め」
それぞれが、自分の役割へ迷うことなく動いていた。
その瞬間、システムの警告が響いた。
――歴史記憶体、ナポレオン・ボナパルト。
――遺想能力発動を確認。
湊の表情が変わる。
――《GRANDE ARMÉE》。
王冠軍の参加者たちを、細い金色の光がつないでいった。
一人から十人、さらに数十人へ広がっていく。
視界や位置、命令。
何かが、彼らの間で共有されているようだった。
――指揮共有型遺想能力。
――部隊内行動同期を開始。
――遺想能力強度LEVEL 4。
――危険度S。
湊は息を呑んだ。
軍隊を召喚する能力ではない。
今ここにいる人間たちを、より正確に、より速く、一つの部隊として動かす能力だった。
ナポレオンが剣を抜いた。
「撃て」
その一言で、砲声と銃声が響いた。
騎兵と歩兵が動き出す。
それまで別々だった参加者たちが、まるで一つの生き物のように戦っていた。
湊は、その光景を見ていた。
歴史に名を残した、戦争をする人間の力。
その意味が、目の前で形になっていた。
「行け」
ナポレオンが、こちらを見ずに言った。
「え?」
「逃げるのであろう」
相馬が口を開いた。
「助けていただけるんですか」
「違う」
ナポレオンは戦場を見つめたまま答えた。
「邪魔だ」
相馬は少しだけ笑った。
「ありがとうございます」
「礼を言うな」
「でも結果的には助かります」
ナポレオンが初めて、少し嫌そうな顔をした。
「早く行け」
湊たちは地下壕へ向かった。
最後に、湊だけが一度振り返った。
砲火の向こうで、王冠軍が動いている。その中心には、ナポレオンがいた。
織田信長とも、宮本武蔵とも違う。
危険度Sという同じ評価でも、強さの形はまったく違っていた。
穴へ入ろうとした瞬間、ナポレオンの声が聞こえた。
「第五軍」
湊が振り返ると、今度はこちらを見ていた。
「中心へ行くなら、覚えておけ」
砲撃で地面が揺れた。
その中でも、声だけははっきりと聞こえた。
「ここは戦場ではない」
湊には意味が分からなかった。
ナポレオンは続けた。
「戦争そのものだ」
次の砲声が響き、煙が視界を覆った。
湊は地下壕へ飛び込んだ。
その言葉の意味を、まだ理解できないまま。
ここまでお読みいただき、ありがとうございます。
『MEMORIA WAR ―記憶戦争―』は、“記憶”と“歴史”をテーマにした異能バトル長編です。
少しでも続きが気になった方は、ぜひ次話もお読みいただけるとうれしいです。




