第6話 聖女
歴史上の偉人たちと、名もなき人々が“記憶”を武器に戦う物語です。
※本作には戦闘・死亡・一部残酷な描写があります。
宮本武蔵と別れてから、三人はほとんど会話をしなかった。
話す元気がなかった、という方が正しい。
朝倉湊はスマートフォンの地図を何度も確認しながら、無名軍の開始領域を目指していた。
目的地までは、あと十五分ほど。本来なら大した距離ではないが、今は妙に遠く感じられた。
原因は壮真だった。
「……ちょっと待って」
後ろから声がして、湊と凛は振り返った。
壮真が壁へ手をついていた。
「どうした?」
「いや……ちょっと休憩」
「さっき休んだでしょ」
凛が言う。
「俺、意外と体力ないんだよ」
壮真は笑っていたが、顔色が悪かった。
湊は壮真の右肩を見た。
武蔵の木刀を受けた場所だ。服の上からでは分かりづらかったが、肩から腕にかけて大きく腫れている。
「見せろ」
「大丈夫だって」
「いいから」
湊が腕を持ち上げようとした瞬間、壮真の顔が歪んだ。
「いっ……!」
「全然大丈夫じゃないだろ」
「折れてはないと思う」
「何で分かるの?」
凛が呆れた顔をした。
「気持ち?」
「最低の診断方法ね」
壮真は壁にもたれたまま笑った。その笑いも、先ほどより弱かった。
湊はスマートフォンを見た。
何か使えないかと思い、《REPLAY》の写真や動画を確かめる。だが、治療に使えそうな記録はなかった。
病院の写真を再現したところで、医者まで現れるとは思えない。
「とにかく戻ろう」
湊は言った。
「無名軍に医療関係の人がいるかもしれない」
「あとどれくらい?」
「十五分くらい」
壮真がため息をつく。
「遠いなあ」
「危険度Sから逃げ切った人間が十五分で弱音吐かないで」
凛が歩き出した。
「それとこれとは別だろ」
壮真も続こうとした、そのときだった。
――MEMORIA NOTICE
三人は同時に足を止めた。
湊は反射的にスマートフォンを構える。
「また?」
壮真が腕時計へ触れ、凛もICカードを握った。
だが、聞こえてきた内容は予想と違った。
――第三軍所属領域への接近を確認。
――《聖域軍/SANCTUARY》。
三人は顔を見合わせた。
「聖域軍……」
凛が周囲を見回す。
建物の向こうに、白い光が見えた。
さらに進むと、大きな広場へ出た。白い布で作られた簡素なテントが、いくつも並んでいる。
そこには、かなりの数の負傷者がいた。
頭上に浮かぶ紋章は、王冠、砕けた鎖、開かれた本、白い円と、ばらばらだった。
「何だ、ここ」
壮真が呟いた。
入口に立っていた男が、三人を見た。頭上に盾の紋章を持つ、聖域軍の参加者だった。
男はこちらへ武器を向けなかった。
「負傷者か?」
「え?」
「そこの人」
男が壮真を見る。
「肩をやられてるだろ」
壮真が反射的に一歩下がった。
「俺たち無名軍だけど」
「見れば分かる」
「敵じゃないの?」
男は一瞬、不思議そうな顔をした。
「怪我人なんだろ?」
それだけ言うと、テントの中へ声を上げた。
「一人追加!」
「ちょっと待って」
凛が男を止める。
「何で他軍の人間まで治療してるの?」
「うちが聖域軍だからだ」
説明になっているようで、なっていなかった。
そのとき、テントの中から一人の女性が出てきた。
白い服を着て、髪をきっちりとまとめている。片手には、古いランプを持っていた。
彼女が一定の距離まで近づいた瞬間、三人の頭の中へ認証音が響いた。
――歴史記憶体を確認。
――第三軍《聖域軍》。
――遺想能力強度、LEVEL 2。
湊は一瞬、表示を見直した。
武蔵はLEVEL 5だった。
歴史記憶体だからといって、全員が最高レベルというわけではないらしい。
――危険度、A。
「……A?」
壮真も気づいたようだった。
LEVEL 2なのに、危険度はA。
続いて、認証音声が告げた。
――希少度、LEGEND。
――個体識別。
FLORENCE NIGHTINGALE
三人とも固まった。
壮真が小声で言った。
「ナイチンゲール……?」
女性は少し眉を寄せたが、その反応の意味を尋ねることはしなかった。
「立っていないで、その肩を見せなさい」
「え、俺?」
「他に誰がいるのです」
「はい」
壮真は素直だった。
湊と凛も、後についてテントへ入った。
中には十人以上の負傷者が横たわっていた。ここでも、軍章はばらばらだった。
ナイチンゲールは壮真を椅子へ座らせると、すぐに肩へ触れた。
腕を上げられる角度や腫れの範囲、指先の動きまで、細かく確かめていく。
「指を動かしてください」
壮真が指を動かす。
「握れますか?」
「一応」
「痺れは?」
「ちょっとだけ」
ナイチンゲールの表情が、少し険しくなった。
湊はその様子を見ていた。
アラートは鳴っていない。少なくとも、遺想能力を使ったという通知はなかった。
彼女は自分の知識と技術で、壮真の状態を調べている。
「何か分かるんですか?」
壮真が聞いた。
「少なくとも、肩だけを見て終わりにしていい怪我ではありません」
即答だった。
武蔵の剣術とはまったく違う。だが、これも遺想能力とは別に、本人が持っている力なのだろう。
「何にやられました?」
「木刀」
ナイチンゲールが壮真を見た。
「これを木刀で?」
「宮本武蔵って人に」
「ミヤモト……ムサシ?」
「知らない?」
「私は聞いたことがありません」
淡々とした答えだった。
凛が説明した。
「日本の昔の剣士。歴史記憶体だった」
ナイチンゲールの視線が、少し鋭くなった。
「能力評価は?」
「遺想能力強度LEVEL 5。危険度S」
壮真が答える。
「あと、『交戦を推奨しません』って出た」
そこで初めて、ナイチンゲールの表情が変わった。
「……危険度S?」
もう一度、壮真の肩へ目を向ける。今度は先ほど以上に慎重に確認した。
「強い衝撃による深部損傷の可能性があります。見た目だけで判断しない方がいいでしょう」
壮真が苦笑した。
「本人は殺す気なかったみたいだけど」
「殺す気がなければ安全、という意味にはなりません」
「ですよね」
診察を終えたナイチンゲールは、そこで初めてランプを持ち上げた。
――MEMORIA NOTICE
――遺想能力の発動を確認。
ランプの光が、淡く強くなる。
《LADY WITH THE LAMP》
――損傷進行抑制。
――生命状態安定化。
光が壮真の肩を包んだ。
「おお……」
壮真が目を丸くした。
腫れが消えたわけではない。傷が一瞬で治ったわけでもなかった。
それでも、先ほどまで強く感じていた痛みが、急速に落ち着いていくようだった。
「治った?」
「治してはいません」
ナイチンゲールが答えた。
「損傷の悪化を抑え、身体を安定した状態に保っています」
「じゃあ完全回復じゃない?」
「当然です」
「ゲームみたいに一瞬で治るかと思った」
「あなたの言うゲームが何かは知りませんが、そんな都合の良いものではありません」
「ですよね」
ナイチンゲールは包帯を巻き直した。
「私の能力だけで治療を完結させることはできません。固定と安静が必要です」
壮真が少し残念そうな顔をする。
「動いちゃ駄目?」
「駄目です」
「戦闘とか」
「論外です」
「厳しいなあ」
「怪我人には当然です」
凛が小さく笑った。
湊はナイチンゲールを見た。
LEVEL 2。それでも、危険度はA。
攻撃能力らしいものは見えない。だが、この戦争で負傷者を助け、いずれ戦線へ戻せる人間がいるということは――。
「……そっか」
湊が呟くと、凛がこちらを見た。
「何?」
「いや」
LEVELだけでは、強さは分からない。
まだ漠然とだが、そんな気がした。
そのとき、テントの外が騒がしくなった。
「ジャンヌ!」
誰かの叫びに、湊は振り返った。
入口の向こうから、白い旗を持った少女が歩いてくる。
十代後半くらいに見えた。金色に近い髪に、泥のついた鎧。手にした旗は、ところどころ焼け焦げていた。
少女が一定の距離まで来ると、認証音が響いた。
――歴史記憶体を確認。
――第三軍《聖域軍》。
――遺想能力強度、LEVEL 4。
湊は、先ほどのナイチンゲールの評価を思い出した。
続く音声に、表情が変わる。
――危険度、S。
LEVEL 5の武蔵、LEVEL 2のナイチンゲール、そしてLEVEL 4の少女。
数字は違う。それなのに、この少女の危険度は武蔵と同じSだった。
――希少度、LEGEND。
――個体識別。
JEANNE D’ARC
ジャンヌ・ダルク。
少女は、ほんの少し眉を寄せた。
《歴史記憶体》。
自分をそう分類する声に、まだ慣れていないのかもしれない。
だが、すぐに壮真へ目を向けた。
「新しい負傷者ですか?」
「処置中です」
ナイチンゲールが答える。
ジャンヌが壮真へ近づいた。
「痛みは?」
「あ、かなり楽です」
「よかった」
普通に笑った。
湊は、思わずその顔を見ていた。
歴史上の英雄。聖女。
そんな言葉から、もっと神々しく、近寄りがたい人物を想像していた。
だが、目の前の少女は、ごく自然に怪我人を心配している。
ジャンヌが湊を見た。
その視線が、スマートフォンで止まる。
「それは?」
「スマートフォン」
「すまーと……?」
またか。
湊は少しだけ笑いそうになった。
「遠くの人と話したり、写真撮ったりする道具です」
ジャンヌは不思議そうにスマートフォンを見た。
「そのような物があるのですね」
「俺の時代では普通です」
「あなたの時代……」
ジャンヌが一瞬だけ言葉を止めた。
自分とは違う時代。そのことを意識したのかもしれなかった。
壮真が言う。
「今日は昔の人にスマホ説明する日だな」
凛が睨んだ。
「その言い方やめなよ」
「だって武蔵にも説明してたじゃん」
ジャンヌが首を傾げた。
「ムサシ?」
壮真が口を閉じる。
「あ、知らないですよね」
「どなたですか?」
「日本の……すごく強い剣士」
「そうなのですね」
それだけだった。
歴史記憶体同士だからといって、互いを知っているわけではないらしい。
そのとき、テントの外で怒声が響いた。
「どけ!」
続いて、剣が抜かれる音がした。
ジャンヌの表情が変わる。
「何かあったようですね」
彼女が外へ出ると、湊たちもついていった。
広場の入口に、王冠の紋章を持つ三人の男がいた。
その一人が、聖域軍の兵へ剣を向けている。
「そいつを渡せ」
男が指さしているのは、テントの中にいる革命軍の負傷者だった。
聖域軍の男が首を振る。
「ここでは軍を問わない」
「そいつはこっちの仲間を傷つけた」
「今は負傷者だ」
「だから何だ」
王冠軍の男が剣を上げた。
「今ここで潰しておけば、あとで戦わずに済む」
湊は無意識に身構えた。
言っていることは理解できる。
この世界では、回復した敵と、あとで再び戦う可能性がある。
王冠軍の男が一歩進み、聖域軍の兵たちも武器を構えた。
その間へ、ジャンヌが歩いていった。
「退いてください」
男がジャンヌを見る。
「誰だ、お前」
戦争は始まったばかりだ。顔を見ただけで、名前まで分かるはずもなかった。
だが、男が一定の距離まで近づいたところで、その表情がわずかに変わった。
彼にも認証が届いたのだろう。
「……ジャンヌ・ダルク?」
ジャンヌは答えなかった。
男も、剣を下ろさない。
「歴史記憶体だろうが関係ない。そいつを渡せ」
「できません」
「なぜだ」
ジャンヌは負傷者の前へ立った。
「ここへ助けを求めて来たからです」
「敵だぞ」
「今は違います」
「何が違う!」
男の声が大きくなった。
「戦場にいる以上、敵は敵だ!」
ジャンヌは静かに答えた。
「戦場にいるからといって、すべての瞬間で敵である必要はありません」
王冠軍の男の顔が歪む。
「綺麗事だ」
「そうかもしれません」
「それでお前の仲間が死んでも?」
ジャンヌは一瞬だけ黙った。
ほんの一瞬だった。
だが湊には、その問いが彼女に何も響かなかったわけではないと分かった。
それでも、ジャンヌは負傷者の前から動かなかった。
「それでも、今ここで助けられる人を見捨てる理由にはなりません」
王冠軍の男が剣を構えた。
――MEMORIA ALERT
――遺想能力の発動を確認。
――遺想能力強度、LEVEL 3。
――危険度、B。
剣に光が集まる。
「なら一緒に斬る!」
光の斬撃が、負傷者へ放たれた。
ジャンヌは避けなかった。
焼け焦げた旗を、地面へ突き立てる。
――MEMORIA WARNING
――歴史記憶体、ジャンヌ・ダルク。
――遺想能力発動。
《LA PUCELLE》
光の斬撃が、途中で軌道を変えた。
負傷者から逸れ、ジャンヌへ向かう。
「え?」
湊が声を漏らした直後、斬撃が直撃した。
爆発が起き、白煙が少女の姿を隠す。
「ジャンヌ!」
聖域軍の兵が叫んだ。
煙が晴れると、少女はまだ立っていた。
肩から血が流れている。
無傷ではなかった。傷は、本物だった。
その傷口から、白い炎が生まれた。
炎はジャンヌを焼かず、焼け焦げた旗へ吸い込まれるように集まっていく。
――攻撃肩代わりを確認。
――被害記憶を熱量へ変換。
――遺想具共鳴値上昇。
炎が、さらに強くなった。
――危険度上昇。
S。
湊は目を見開いた。
ジャンヌのLEVELは、4のままだった。
遺想能力強度と危険度は、やはり別のものらしい。
武蔵へ斬撃を放った王冠軍の男も、LEVELが変わらないまま、危険度だけがCからBへ上がっていた。
目の前で力が変化しても、LEVELまで同じように動くわけではない。
続いて、新たな警告が響いた。
――交戦継続を推奨しません。
王冠軍の男が一歩下がった。
ジャンヌは攻撃しなかった。
白い炎をまとった旗を手に、静かに言う。
「帰ってください」
「……脅しているのか」
「いいえ」
ジャンヌは真っ直ぐ男を見た。
「お願いしています」
男は動けなかった。
もう一度攻撃すれば、その攻撃すらジャンヌの力へ変わるかもしれない。
やがて、男の剣から光が消えた。
「……行くぞ」
三人は警戒したまま後退し、その場を離れていった。
ジャンヌの炎が消えた。
その瞬間、少女の膝が崩れた。
「ジャンヌ!」
ナイチンゲールが駆け寄った。
「またこんな無茶を!」
「すみません」
「謝ればよいと思っているでしょう」
「少しだけ」
「ジャンヌ」
「……すみません」
ナイチンゲールは、すぐに傷を確かめた。
能力を使う前に、まず目で見て、触れて、状態を判断する。それからランプを近づけた。
湊は、その姿を見ていた。
武蔵は能力を使わなくても強かった。
ナイチンゲールはLEVELこそ低いが、能力とは別に医療の知識と技術を持っている。
ジャンヌは負傷者への攻撃を肩代わりし、受けた被害をさらに力へ変えていた。
同じ歴史記憶体でも、持っている力はまったく違う。
「強い」という言葉で一括りにして、LEVELだけを比べても、分からないことがあるのかもしれなかった。
「……何でそこまでして守るんだ」
無意識に言葉が出た。
ジャンヌが振り向く。
「何がですか?」
「今の人」
湊はテントの中の革命軍参加者へ目を向けた。
「知らない人なんでしょ。しかも、次に会ったら敵になるかもしれない」
「そうですね」
「なのに、自分が怪我してまで」
ジャンヌは少し考えた。
「理由が必要ですか?」
湊は答えられなかった。
「目の前に傷ついている人がいました。私に助けられる力がありました。それでは足りませんか?」
「……俺には分からない」
「それでいいと思います」
意外な答えだった。
「あなたが私と同じである必要はありません」
ジャンヌはナイチンゲールに支えられながら立ち上がった。
まだ、肩には血が滲んでいた。
「でも、一つだけ聞いても?」
「何?」
「あなたは、何のためにこの戦争で戦うのですか?」
湊は迷わず答えた。
「帰るため」
「どこへ?」
「現実に決まってる」
「帰って、どうするのですか?」
湊は少し言葉に詰まった。
「どうするって……普通に暮らす」
コンビニで夜勤をして、古いスマートフォンを使い続ける。特別なものなんて、何もない生活だ。
それでも、今は戻りたかった。
「だから、勝って帰る。それだけ」
ジャンヌは湊を見た。
責めるような目ではなかった。ただ、少しだけ寂しそうに見えた。
「それだけ?」
湊は答えられなかった。
「……それ以外に何があるんだよ」
ようやく、それだけ言った。
ジャンヌは答えず、小さく笑った。
「いつか見つかるといいですね」
「何が?」
「帰ること以外の理由です」
湊は眉をひそめた。
正直、余計なお世話だと思った。
だが、不思議と腹は立たなかった。
壮真の処置が終わる頃には、空が少し暗くなっていた。
この世界に、どんな時間の流れがあるのかは分からない。それでも、少なくとも明るさは変化するらしい。
ナイチンゲールに包帯を巻き直してもらった壮真が、恐る恐る肩を少し動かした。
「おお。だいぶ楽」
「動かしすぎないでください」
「はい」
「次に悪化させたら、今度はもっと長く休ませます」
「治療しません、じゃないんだ」
「何か?」
「何でもありません」
凛が笑いを堪えていた。
湊たちが無名軍へ戻る準備をすると、ジャンヌが入口まで見送りに来た。
「気をつけて」
凛が聞いた。
「聖域軍はずっとここに?」
「しばらくは。でもCOREの位置が判明すれば、私たちも動かなければなりません」
「やっぱりCOREは欲しいんだ」
湊が言うと、ジャンヌは頷いた。
「帰りたい人は、私たちの軍にもいます」
当然だった。
聖域軍だけが特別なわけではない。彼らも、第七記憶戦争の参加者だ。
いずれCOREを巡って、敵になる可能性がある。
「そのとき俺らと会ったら?」
壮真が言った。
ジャンヌは少し困ったように笑う。
「できれば、戦いたくありませんね」
「こっちも」
壮真が答えた。
だが、凛は現実的だった。
「でもCOREが一つしかなかったら?」
ジャンヌは、すぐには答えなかった。
「そのとき考えます」
凛が少し意外そうな顔をする。
「絶対譲ります、とか言うと思った」
「そんなことをすれば、私たちの仲間が帰れません」
声は柔らかかったが、答えははっきりしていた。
湊は、ジャンヌを見る目が少し変わった。
誰でも助ける。
だからといって、勝利を捨てるわけではない。
矛盾している。
たぶん、本人も分かっているのだろう。
この先、どちらかを選ばなければならないときが来る。
そんな気がした。
三人は聖域を離れた。
少し進んだところで、壮真が言った。
「いい人たちだったな」
「次に会ったら敵かもしれないけど」
凛は前を向いたまま答えた。
「すぐ現実に戻すなよ」
「現実でしょ」
湊は二人の会話を聞きながら歩いていた。
頭の中には、ジャンヌの問いが残っている。
――あなたは、何のためにこの戦争で戦うのですか?
帰るため。
それだけだ。
何も間違っていない。そのはずだった。
――それだけ?
なぜか、その言葉だけが消えなかった。
湊はポケットからスマートフォンを取り出した。
画面には、無名軍までの地図が表示されている。あと十分ほどの距離だった。
そのとき、スマートフォンが短く震えた。
――MINOR CORE反応を確認。
三人が足を止めると、地図上に新しい光点が一つ現れた。
――副記憶核《MINOR CORE》。
――所有状態、未取得。
「さっきのとは別?」
凛が画面を覗き込んだ。
「ああ。場所が違う」
無名軍の開始領域から、それほど遠くない場所だった。
続いて、情報が表示される。
――MINOR CORE周辺に複数の参加者反応を検出。
壮真が眉をひそめた。
「複数って、何人?」
――詳細情報、未取得。
「何軍?」
――所属情報、未取得。
壮真がスマートフォンを睨んだ。
「そこ一番知りたいんだけど」
凛は地図を見ながら言った。
「つまり、誰かが向かってることしか分からないってことね」
「敵か味方かも?」
「近づくまで分からない」
湊は画面を操作したが、それ以上の情報は出てこなかった。
「一回、相馬さんのところに戻ろう」
壮真が光点を見た。
「取りに行かないの?」
「三人で勝手に決めることじゃないだろ。無名軍の近くだし」
凛も頷いた。
「賛成。さっきみたいに別の軍と鉢合わせするかもしれない」
三人は再び歩き始めた。
だが、数歩進んだところで、スマートフォンがもう一度震えた。
――高出力記憶反応を検出。
三人の足が止まった。
「高出力?」
壮真が聞いた。
画面には、それ以上の詳しい情報はなかった。
――識別可能範囲外。
――詳細情報、取得不能。
凛が遠くの街並みを見た。
「誰かいる……ってこと?」
「たぶん」
「危険度とかは?」
湊は首を振った。
「出てない」
誰なのか、どの軍なのか。普通の参加者なのか、歴史記憶体なのか。
何も分からなかった。
ただ、副記憶核の近くに、通常より大きな反応を示す何かがいる。
分かるのは、それだけだった。
壮真がため息をついた。
「知らない方が怖いな、これ」
湊も同感だった。
三人は足を速め、無名軍の開始領域を目指した。
新しい記憶核を巡る戦いは、まだ姿さえ見えない何者かを巻き込みながら、静かに始まろうとしていた。
ここまでお読みいただき、ありがとうございます。
『MEMORIA WAR ―記憶戦争―』は、“記憶”と“歴史”をテーマにした異能バトル長編です。
少しでも続きが気になった方は、ぜひ次話もお読みいただけるとうれしいです。




