↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
『MEMORIA WAR ―記憶戦争― 信長・武蔵・ジャンヌ――歴史の英雄と名もなき者たち』  作者: 130
第3章 BOND

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
45/47

第45話 譲れない一歩

 刀が来る前に、足が来た。


 信長の草履が、謙信の前足のすぐ外へ入る。踏まれたわけではない。だが、その位置に立たれるだけで、階段の前へ戻る一歩が狭くなる。


 謙信の頭上に淡い光が灯った。


 ――《毘沙門陣》。


 WARで、仲間を背にして戦った時と同じ光だった。守る対象がいる戦場で、戦闘判断と迎撃の精度を高める。


 謙信は刀だけを見ていなかった。信長の足、階段の入口、後ろを進む診察台。その位置を確かめ、踵を浮かせた。


 その動きを待っていたように、信長の切っ先が喉へ伸びた。


 白い衣が翻る。謙信は刀の腹で突きを逸らし、振り向きざまに信長の手元を斬り上げた。


 信長が腕を引く。


 袖口が割れ、血が一滴、階段の手すりへ飛んだ。


 湊は思わず息を止めた。


 信長は傷を見なかった。視線が一度だけ、謙信の背後を進む診察台へ流れた。


「その術は残しておけ。後ろへ通すな」


 湊は、龍馬の力まで揺らがせた黒金の光を思い出した。《天下布武》で謙信を抑えれば、巨影を受ける力も削ぐことになる。


 信長が奪おうとしているのは、階段への一歩だった。


「そこから動かぬつもりか」


 謙信の足は、既に階段の前へ戻っている。


「動かせるものなら」


 言い終える前に、刃が重なった。


 受けた刀を押しのける。押し返される前に引く。空いた場所へ踏み込み、膝を狙う。


 湊には、打ち合う音と身体の動きが一致しなくなっていた。鋼が鳴った時には、二人はもう次の位置を取っている。


 信長は、階段を見ていない。


 それなのに、一度刃が交わるたび、そちらへ半歩ずつ寄っていく。


     *


「前、下げないで!」


 玲奈の声で、湊は振り向いた。


 診察台が車の間へ入ってきた。運び手の一人が横向きになり、蓮が肘を畳む。台の脚と車のドアが擦れ、耳障りな音を立てた。


 台の上の女性は、胸元へ寄せた毛布を握っている。


 湊は車の隙間を覗いた。


「そのまま。あと少し、右」


 凛が後ろの角を押さえて向きを直す。四人の足が揃い、台が隙間を抜けた。


「通った!」


 相馬が先へ走り、橋の向こうで手を上げた。


 大地も渡り始める。左手で運び手の背を支えようとして、やめた。揺らすより、先の道を空ける方がいいと判断したのだろう。


「そっち、退いてくれ! 台が来る!」


 王冠軍の参加者が、座っていた人々を壁際へ寄せた。


 湊はその動きを確かめ、凛へ顔を向けた。


「俺たちも」


 凛が頷いた、その時だった。


 橋の入口で、地面が跳ねた。


 黒い指が車の屋根を潰していた。鉄板が折れ、窓が白く砕ける。


 巨影は橋へ渡る前に、入口の車を掴んだのだ。


 湊は凛の肩へ右手を伸ばし、二人で後ろへ下がった。今まで立っていた隙間へ、ひしゃげたドアが倒れる。


 車体が持ち上がった。


 橋を渡っている診察台が、その向こうに見えた。


「伏せて!」


 湊の声に、運び手たちが台ごと腰を落とす。


 投げられた車は、頭上を越えた。


 向こう岸の路面に激突し、横滑りして壁へぶつかった。逃げた参加者が一人、尻餅をつく。誰かが襟を掴み、車体が倒れる前に引きずり出した。


 信長の顔が変わった。


 橋を渡られなくても、届く。


 それでも接岸させなければ、向こうの人々を奥へ逃がす時間は作れる。


「壁の裏へ入れ! 橋の正面に残るな!」


 王冠軍が動いた。


 湊は砕けたガラスの上で立ち直った。車がなくなり、通路は空いている。だが、黒い腕が入口を横切っていた。


 ここから渡るには、その下をくぐらなければならない。


     *


 信長が刀を左へ寝かせた。


 謙信の視線が刃を追う。


 違った。


 信長は、踏み込まなかった。後ろへ下がり、階段から離れた。


 謙信は追わない。


 その背後を、巨影の指が這ってきた。車を投げた腕が戻り、今度は路面そのものへ爪を立てる。


 謙信は刀を返した。


 黒い指の、曲がりかけた節を斬る。


 束になった糸が裂け、指先が路面へ落ちた。だが、切り口から糸が伸び、まだ腕とは離れきらない。


 その一瞬に、信長が入った。


 謙信が振り向く。


 刃を戻すには遅い。肩を入れて突きを外し、そのまま信長へ身体をぶつけた。


 信長の背が手すりを叩く。


 謙信の腹の横で、白布が切れていた。皮膚まで届いたのか、赤い染みがじわりと広がる。


「背後まで守るか」


 信長が言った。


 謙信は答えず、刀を引いた。


 その刃が、初めて信長の胸を真っ直ぐ狙った。


 信長は受けた。鋼が軋む。手すりを背にしたままでは、押し返す場所がない。


 謙信が一歩詰める。


 信長の膝が曲がった。


 倒れるのではない。


 自分から、低く沈んだ。


 押し込む力が抜け、謙信の刀が前へ流れる。その下で、信長の刃が横に走った。


 布を裂く音がした。


 謙信の右膝が崩れかけた。


 それでも、地面にはつかなかった。左足で踏みとどまり、切っ先を下げて信長の追撃を止める。


 だが、階段の前に置いていた身体は、半歩だけ横へずれていた。


 踏み込みを見抜いても、傷ついた脚では元の位置へ戻れない。


 信長は、その半歩を通った。


 謙信の刃が背を追いかける。信長は振り向かず、手すりの下へ身を滑らせた。切っ先が肩の布を掠め、白い壁へ細い傷を刻む。


 信長は階段の口で刀を返し、追撃を牽制した。


「ここからは橋へ術を放つな。支えを断つ」


 信長は刀を構えたまま、一段ずつ下がった。謙信の切っ先が届かなくなったところで身を返す。


 靴音が、階段を下りていった。


 謙信が右脚を引きずり、一段目へ足をかける。


 橋の上から、玲奈の声がした。


「着いた!」


 診察台が向こう岸へ下ろされた。


 蓮と聖域軍の二人も、橋から離れる。操作者を追っていた弓手も、屋上から降りて橋を走り抜けた。


「見失った! 壁沿いに隠れてる!」


 王冠軍の仲間が弓手を受け入れ、橋の上から最後の人影が消えた。


 相馬が湊を呼んだ。


「十六人! 朝倉さん、黒瀬さん!」


 あと二人。


 謙信まで入れれば、三人だった。


     *


 湊は動画を開いた。


 強風。これなら黒い腕をわずかに浮かせられるかもしれない。その下を抜けるだけなら。


 親指が再生の位置へ触れかけた。


 黒い指が路面を掴み直す。その重さだけで、橋の亀裂から砂がこぼれた。


「信長!」


 声が裏返った。


 返事はない。階段の下から、鉄を打つ音がした。


 湊は橋の亀裂を見た。


 さっきの車の衝撃で、隙間が広がっている。指が食い込んだまま腕を押し上げれば、路面まで剥がれるかもしれない。


 湊は親指を離した。


 自分たちがくぐる、その足場を壊すわけにはいかなかった。


 信長は、もう切断に入っている。


 こちらが渡ることを、判断の中から外して。


 謙信は階段を下りなかった。


 頭上の光を消し、足を引きずって戻ってきた。湊の胸元を掴む。


「退くぞ」

「まだ――」

「橋が落ちる!」


 凛が湊の右腕を引いた。


 鉄が断ち切られる音がした。


 一度。


 少し遅れて、もう一度。


 路面の亀裂から粉塵が噴き上がった。


 巨影の腕が橋へ伸びる。だが、掴んだ場所が既に沈んでいた。


 黒い指がコンクリートへ食い込み、そのまま重い橋桁に引かれる。


 信長が、残る側の階段を駆け上がってきた。


 足をかけた直後、背後の手すりが根元から抜けた。信長は地面へ片手をつき、身体を向こう岸へ滑り込ませる。


 落ちていく橋の端で、黒い腕が張った。


 巨影の上体が前へ倒れる。


 逃れようとする肩と、橋に食い込んだ指。その間で糸が伸び、一本ずつ弾けた。


 謙信が湊を押し、凛が反対側から引いた。


 三人が道路の縁を離れた直後、コンクリートの塊が闇へ消えた。


 腕を引きちぎられた巨影が、建物の壁へ激突する。


 窓が上から順に割れた。


 湊は膝をつき、咳き込んだ。


 白い粉塵の向こうに、信長が立っていた。


 血のついた刀を握り、こちらを見ている。


 謙信も、見返していた。


 右脚の布が赤く濡れ、足元へ血が落ちる。


 あの階段を守りきることはできなかった。


 それでも、診察台は向こうにある。


「朝倉!」


 大地の声がした。


 湊が顔を上げると、大地は橋のなくなった縁まで来ていた。玲奈が上着を掴んで止めている。


「そこにいるか!」


「いる!」


 湊は右手を上げた。


「黒瀬も! 謙信も!」


 信長が刀を下ろした。


 湊の手の中では、選んだ動画が開いたままだった。


 再現できる風があっても、渡る道はもうなかった。


 後ろで瓦礫が崩れた。


 凛が湊の肩へ触れる。


「立って」


 巨影は、まだ消えていない。


 片腕のない身体が、壁を押して起き上がろうとしていた。


 湊は立ち上がり、謙信を見た。


 謙信は右脚へ体重をかけた。その膝が崩れ、左手が壁を掴む。


 凛がすぐ、その脇へ入った。


「肩、使って」


 謙信は一度だけ橋の向こうを見た。


 そして、凛の肩へ腕を回した。




ここまでお読みいただき、ありがとうございます。


『MEMORIA WAR ―記憶戦争―』は、“記憶”と“歴史”をテーマにした異能バトル長編です。


少しでも続きが気になった方は、ぜひ次話もお読みいただけるとうれしいです。


『MEMORIA WAR ―記憶戦争―』の漫画版をaimangaで公開しています。

小説とはまた違った形で描かれる、湊たちの物語も楽しんでいただけたら嬉しいです。


漫画版はこちら:

【https://a-i-manga.com/series/T0sv47QH】

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。