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『MEMORIA WAR ―記憶戦争― 信長・武蔵・ジャンヌ――歴史の英雄と名もなき者たち』  作者: 130
第3章 BOND

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第44話 橋を落とす者、守る者

「十八人」


 玲奈が紙に最後の線を引いた。


「私たちも、見張りも入れて。自分で歩けるのが十二人。肩を貸せば歩ける人が四人。残り二人は運ばないと無理」


 湊は診療室の奥を見た。


 高架から救った男性は、足を床につけようとして看護師に止められていた。もう一人は、湊たちが来る前から寝かされていた女性だった。毛布の下で、片脚だけが不自然に動かない。


「担架は?」


 大地が尋ねる。


「一つしかない。もう一人は、この診察台ごと動かせれば」


 大地が左手で台の端を押した。車輪は回ったが、一輪だけが横を向いたまま戻らなかった。


「段差で止まるぞ」

「そこだけ持ち上げる。ずっと担ぐよりはいい」


 玲奈が紙の名前を線で結んでいく。


 四人が歩行の介助につく。担架には二人、診察台には玲奈と蓮。大地は荷物を減らし、進む先を空ける。吊った右腕で人を持ち上げる役には入れなかった。


 蓮は出発前に、別の街区へ呼びかけた。壮真と真奈の返事はなく、三度目を試す前にイヤホンから手を離した。


「今は搬送の連絡に絞る」


 湊は頷いた。休んだばかりの耳へ、全てを任せることはできない。


 先に道を確かめられるのは、湊と凛、相馬の三人だった。


「私と相馬さんで、先に道を見てくる」


 凛が言った。


 湊は端末に、敵の顔と人数を表示した。


「これを見せてください。何を聞かれたかは、蓮を通して俺に」


 相馬は画面を覗き、湊を見た。


「その男が何をしていたか、直接見た人が話せる方がいい。入口を閉めようとしている相手です。判断を変えてもらうには、その場で答える必要があるでしょう」


 湊は左腕へ目を落とした。


 ここで人を運ぶ手にはなれない。だが、見たことを伝える役ならできる。


「分かりました。通れる場所で、俺は人数を数えます」


 凛が頷いた。


「私は道が分かったら戻る。途中で人手が必要になると思う」


 大地が入口へ向かった。


「こっちも準備できた順に出す。狭いところを先に抜けさせるぞ」


     *


 駅から離れるにつれ、糸の擦れる音は遠くなった。


 代わりに、鉄柵を引きずる音が聞こえてくる。


 街区の裂け目には、コンクリートの陸橋が一本残っていた。白い光で作られた橋ではない。都市が動いた後も、ひび割れた車道が辛うじて両岸をつないでいる。


 橋の入口には車が斜めに並べられ、人が一人ずつ通れる隙間だけが空いていた。


 鉄柵を運んでいた王冠軍の男が、相馬に気づいた。


「まだ来てないのか」

「十八人です。歩けない二人を運びます。この幅では診察台が通りません」

「だったら、先に歩ける者を寄越せ」


 男は湊たちの後ろを見た。


「待つ場所じゃないんだ、ここは」


 橋の向こうでは、避難者が壁際に座り込んでいた。靴を脱がされている女がいる。隣の男も肩で息をしていて、立たせる余裕がないようだった。


 橋の上から、作業を終えた数人が戻ってきた。


「準備は済んだ。あとは下の支えを断つだけだ」


 湊は入口脇の作業階段を見た。橋の下へ降りた先に、亀裂の入った鉄骨が見える。


「ここを落とすんですか」

「こちら側をな。斬った者は、残る側の階段から戻れる」


 男が示した路面の亀裂は、車道を横切っていた。あそこが落ちれば、こちら岸から渡る道はなくなる。


 湊は端末を開いた。


「大きい方を動かしてる人間がいます。こいつが、記憶を預かった人を捕まえていました」


「見せろ」


 背後から低い声がした。


 黒と金の衣が、車の間を抜けてくる。


 織田信長だった。


     *


 信長は画面だけを見た。


「撮ったのは貴様か」

「はい」

「この男を倒したのか」

「いえ。捕まっていた人を助けて、逃げました」

「動かすところは見たか」


 湊は、左手の指を曲げると細い糸が動いたこと、その間は巨体の手が止まっていたことを話した。


「両方を一度には動かしていませんでした。俺たちが見た範囲では」


 信長は画面から目を離した。


「本体を探せ。巨体の真下とは限らん」


 王冠軍の男が、屋根を見張る仲間へ声を飛ばした。


 湊は続けた。


「十八人を通したいんです。車を動かしてもらえれば」

「どれほどかかる」


 相馬が答えた。


「ここまで私たちの足で七分ほど。搬送では、それ以上です」


 信長は車へ顎を向けた。


「一台退けろ。運ぶ者を通せ」


 湊が礼を言うより先に、指が道路の入口を示した。


「ただし、あれが姿を見せるまでだ」


 駅側の建物が途切れ、道が真っ直ぐ橋へ続いている。巨体がそこへ出れば、途中に身を隠せる場所はなかった。


「まだ人が残っていても?」

「橋に手をかけられれば、落とす側も巻き込まれる」


 信長は作業階段を見た。


「あそこへ降り、支えを断って戻る。その間まで見込んでいる」


 湊は亀裂の向こうを見た。周りの建物は崩れ、両岸をつなぐ屋根も、線路もない。


 屋上の見張りから声が下りてきた。


「両脇、変化なし! あいつが使っていた足場は、ここでは途切れてる!」


 完全に追跡を防げるかは分からない。それでも、この橋を渡らせるよりは逃げる時間を作れる。


「二人で……誰かと組んで、止めることは」


 湊が言いかけると、信長は駅側へ目を向けた。


「止めている間、誰が次を受ける」


 向こう岸の負傷者が、ようやく二人がかりで立ち上がっていた。


「ここで仕留められる保証はない。橋へ来てから勝てなければ、あの者らも逃げられん」


 湊は答えられなかった。


 この男は、勝てるかどうかだけで決めていない。


「蓮、出発して。通れる幅は空けてもらえる」


『もう出てる。担架も動いた』


 息の弾む声だった。


 凛が来た道を指した。


「戻る。次の角、段差があったから」

「俺はここで伝える」


 彼女は頷き、駆け戻った。


     *


 歩行の介助を受けた四人と、その肩を支える四人が橋を渡った。


 首に傷の残る男性も、その中にいた。向こう岸へ足をつけたところで、一度振り返った。自分を助けた者がまだこちらにいると確かめるように。


 湊が手を上げると、彼は小さく頷き、先へ進んだ。


「八人、渡りました」


 相馬が紙へ印をつける。


『診察台の車輪、止まった』


 蓮の声が割り込んだ。


 湊は端末を握った。担架に二人、台を持ち上げるには四人。先に介助の組を渡らせた今、搬送隊の手が足りない。


 続けて凛の声がした。


『聖域軍と合流した。二人、運ぶのを手伝ってくれる。上杉謙信もいる』


「場所は?」

『屋根のある通路。担架を先に出す』


 相馬が顔を上げた。


 高架で救った男性の担架が、角から現れた。革命軍の二人が、歩幅を揃えて運んでいる。


 その後ろで、白い衣が動いた。


 謙信は担架を追い越さず、振り返って短く指示した。


「角で持ち替えろ。道の途中では止まるな」


 診察台を運ぶ四人が、建物の陰で一度腰を落とした。玲奈と蓮に加え、聖域軍の二人が持ち手を握り直す。大地が左手で落ちた看板をどかし、凛が先の路面を確かめていた。


 湊は橋の向こうへ手を振った。


「担架が行きます!」


 王冠軍の男が車の脇を空けた。


 謙信は担架が橋へ入るのを見届け、診察台のところまで引き返した。持ち手を握り直した四人が再び歩き始めると、その横につく。


 担架と運び手が渡り終わり、相馬が三つ、印を増やす。


 十八人のうち、十一人が向こうへ着いた。


 湊たち七人と、手を貸してくれた謙信たち三人は、まだこちら側にいる。


 その時、建物の上で黒い腕が持ち上がった。


「上!」


 湊の声に、凛が顔を上げる。


 巨影は、屋根を一つ越えてきていた。壁を掴む指の間から、砕けた外壁がこぼれ落ちる。


 その下の路地を、黒い外套が横切った。


 湊はスマートフォンを向けた。拡大した画面の中で、頬の傷が見えた。


「あの男です!」


 男は診察台を見た後、橋へ目を向けた。左手を開き、ゆっくりと前へ押し出す。


 巨影の腕が、道路の入口へ伸びた。


「路地の奥だ!」


 王冠軍の見張りが弓を上げた。だが、外套の男は崩れた壁の陰へ身を引いていた。矢をつがえたまま、見張りが屋上を横へ走る。


「壁で見えない! 回り込む!」


 湊の画面にも、もう男の姿はなかった。居場所が分かっても、そこへ刃を届かせる間に巨体は進んでくる。


 記憶を返したから追われない。今度は、そう考えてはいけなかった。


 あの男が、こちらを見て動かしている。


     *


 信長が刀を抜いた。


「橋の上を空けろ。落とす」


 王冠軍の男が、向こう岸へ走る。


 謙信は診察台の横から前へ出た。


「運び続けろ。走るな」


 運び手に言い残し、橋までの道を駆けた。信長が作業階段へ足を向けたところへ追いつき、その入口を塞ぐ。


 そこを降りなければ、最後の支えには刃が届かない。


 信長の足が止まった。


「退け、謙信」

「台が渡るまで待て」

「待てば、断つ者が戻れん」

「私が後ろを受ける」

「一度受けた後はどうする。橋へ手をかけられてからでは遅い」


 謙信は巨影を一瞥した。


 診察台はまだ、道の半ばにある。運ぶ一人の膝が折れかけ、隣の者が歩幅を縮めた。


「間に合わせる」

「間に合わなかった時に死ぬのは、貴様だけではない」


 信長が踏み込んだ。


 刀は謙信の喉へ向かわなかった。低い位置から斜めに入り、階段の前に置かれた足を払う。


 謙信が抜き放った刃を落とした。


 鋼が噛み合った瞬間、信長は押す力を抜いた。受けた刀がわずかに沈む。その外側へ身体を滑らせ、階段を取ろうとする。


 謙信の切っ先が、無防備になった肩へ向きかけた。


 だが、追わなかった。


 一歩引いて階段の口へ戻り、信長の進む先へ刀を置いた。


 刃先が黒と金の衣を掠める。信長は足を止めた。


「斬れる時に斬らんのか」

「通さぬために立っている」


 信長の目が細くなった。


 湊は診察台の方へ目を走らせた。


「毛布……足に、かかる」


 台の上の女性が、垂れた毛布を指していた。蓮の膝に触れそうになった端を、自分の胸元へたぐり寄せる。脚の痛みに顔を歪めても、手は離さなかった。


「ありがとう。そのまま押さえてて」


 玲奈が声をかけた。凛は割れた路面を指し、四人を右へ寄せる。大地はその先で、転がった石を足で払いのけていた。


 ここで二人が争わず、巨影を迎え撃てば。


 そう言いたかった。


 診察台が傾き、壊れた車輪が路面を擦った。四人が持ち上げ直す間にも、黒い腕は近づいてくる。


 あと少し待ってほしい。その少しを、信長は向こう岸の者を逃がすために使おうとしていた。


「まだ七人います」


 湊は言った。聖域軍の三人もいる、と続ける前に、信長が答えた。


「聞いておる」


 信長は湊を振り向かなかった。橋の向こうから、まだ咳き込む声が届いていた。


 謙信が刀を構え直した。


「まだ渡っていない者を、数から外すな」

「渡った者もな」


 信長の刃が、今度は高く上がった。


 謙信は階段の前を譲らず、身体を斜めにした。斬撃を横へ流せば、後ろの搬送路へ抜ける。


 受けるしかなかった。


 衝突した刀が鳴り、謙信の膝が沈む。


 信長はそこで刃を引いた。鍔元を外れた切っ先が白い袖を裂き、腕に赤い線を残す。


 謙信は踏みとどまった。剣を追わず、肩で相手の進路を塞ぐ。


 信長の身体が半歩、階段から離れた。


 湊は息を詰めた。


 二人とも、相手を見ているだけではなかった。階段と、搬送路と、迫る巨体。その全ての位置を計りながら、一歩を奪い合っている。


「朝倉さん」


 相馬が紙を差し出した。


「台が来たら、私が向こうで数えます。あなたはこちらで呼び込んでください」


 湊は頷き、車の脇へ移った。


 刀の間に入っても、台は一歩も進まない。


「こっち! 右側が通れます!」


 玲奈が顔を上げた。


 凛は返事の代わりに手を上げ、台の角が車へ当たらないよう、運び手を導いた。


 頭上で、コンクリートが砕けた。


 黒い指が、建物の角から離れる。


 次に掴む場所を探す腕の下で、信長の刀が再び動いた。




ここまでお読みいただき、ありがとうございます。


『MEMORIA WAR ―記憶戦争―』は、“記憶”と“歴史”をテーマにした異能バトル長編です。


少しでも続きが気になった方は、ぜひ次話もお読みいただけるとうれしいです。


『MEMORIA WAR ―記憶戦争―』の漫画版をaimangaで公開しています。

小説とはまた違った形で描かれる、湊たちの物語も楽しんでいただけたら嬉しいです。


漫画版はこちら:

【https://a-i-manga.com/series/T0sv47QH】

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