↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
『MEMORIA WAR ―記憶戦争― 信長・武蔵・ジャンヌ――歴史の英雄と名もなき者たち』  作者: 130
第3章 BOND

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
43/47

第43話 矢印の先へ行くな

 荷物の受付には、まだ人がいた。


 凛は曲がり角の手前で足を止めた。駅の東側に沿って伸びる道は、途中から建物の下へ潜り込んでいる。受付の小窓は、その先にあった。


 顔を出す前に、背後へ手を上げる。


 湊と玲奈が止まった。


 診療所を出る前に、行き先と帰る経路を大地に伝えた。外套の男がいれば戻る。誰かが追ってきたら、診療所へ直行せず蓮へ知らせる。


 大地と負傷者たちは診療所に残っている。湊も左腕を胸の前で支え、右手にスマートフォンを持つだけだった。


「見える?」


 湊が小声で尋ねた。


「二人並んでる。窓の中に一人」

「黒い外套は?」

「いない。上も、今は動いてない」


 凛は軒の切れ目を見上げた。遠くの建物までは見通せない。


 巨影がいないとまでは、言えなかった。


 駅の外周を回る経路は、案内の紙をもらった男から聞いたものだった。湊たちは光の橋を使わず、診療所側から陸続きの道をたどってきている。


 来る途中、凛は角ごとに足を止め、帰り道を確かめていた。


「まず並んでる人に話す。揉めたら離れる」


 玲奈が言った。


 湊は頷いた。


 駅での救出の後、また何かを庇えば済むとは思っていなかった。包帯の下では、歩くたびに傷が脈打っている。


 窓口から紙が一枚、差し出された。


「こっちの橋を使ってください。受け取った方が先です」


 声は若かった。


 玲奈が通路へ出た。


「ちょっと待って。その先へ行く前に、見てもらいたいものがある」


 並んでいた男女が振り返る。


 湊がスマートフォンを差し出した。


 画面の顔を見た女性が、窓口へ目を戻した。


「この人、さっきいた」

「ここで案内していましたか」

「うん。あっちへ行ったけど」


 駅の裏へ続く道を指す。


 窓の中で、椅子が鳴った。


 若い男が立ち上がっていた。二十歳前後に見える。膝に落ちた紙を拾おうとして、逆に何枚も床へ散らした。


「何ですか」


 湊は画面を若い男へ向けた。


「この人が、橋を渡った人を捕まえていました」


 男の目が、顔から湊の包帯へ動いた。


「知らない」

「まだ何も聞いてない」


 凛が言った。


 男は黙った。


 玲奈が並んでいた二人へ、診療所の場所を説明した。


「そこに、実際に捕まった人がいる。私たちの話だけで決めなくてもいいから、先に聞いて」


 女性は受け取った紙を見下ろし、隣の男性と顔を見合わせた。


 二人は紙を窓の下へ置いた。


 若い男は、引き止めなかった。


     *


「名前は」


 玲奈が尋ねた。


 男は答えなかった。


 窓口の横には、半開きの小さな扉があった。その隙間から見える左足が、何度も奥へ動く。


 凛は扉の前を空けたまま、男を見た。


「逃げるなら、紙は置いていって」


 男の足が止まった。


 湊は凛を見た。


 彼女は男から目を離さなかった。


「追いかけない。でも、また誰かに渡すのはやめて」


「……俺が考えたんじゃない」


 男が言った。


「道も、順番も。渡してくれって言われただけだ」

「誰に」


 玲奈の問いに、男は湊の画面を指した。


「その人」

「名前は?」

「聞いてない」

「何のために配ってたの」


 男が唇を噛んだ。


 湊はスマートフォンを下ろした。


「あなたも、大切な記憶を誰かに預けたままなんですか」


 そうなら、ここで責めても動けなくなるだけかもしれない。


 男は首を振った。


「違う」


 短い沈黙が落ちた。


「紙を配れば、連れていってくれるって。次の場所まで。俺には、ペアがいないから」


 窓口の中の端末は暗かった。


 湊は、候補に一人だけ空白が出ていた時の大地を思い出した。玲奈の名前が出なければ、彼も道の前で足を止めたままだったかもしれない。


「叫び声は?」


 凛が尋ねた。


 男の目が、廊下の奥へ逃げた。


「聞いた。でも、敵も出てるし」

「その後も配ったの」


 男は答えなかった。窓の下に置かれた紙へ手を伸ばし、途中で引っ込める。


 玲奈が窓の縁へ手を置いた。


「橋の先を確かめた?」

「行ったら、俺だって」

「だから、他の人を行かせたの?」


 男は顔を背けた。


 湊は何も言えなかった。


 駅の向こうで声が消えた時、自分もすぐには動けなかった。あの時と同じだとは思わない。それでも、恐怖を理由にした言葉を、簡単に切り捨てることはできなかった。


 凛が、窓の下に置かれた紙を拾った。


「これは預かる」


 男の手が動いた。


 一瞬、取り返そうとしたように見えた。だが、その手は窓へ届く前に止まった。


「どうすればいいんだよ」


 男は湊を見た。


「ここに残ったら、あの人が戻ってくる。ついていったら、お前ら、俺をどうするんだ」


 湊は玲奈へ目を向けた。


 彼女もすぐには答えなかった。


「診療所に来るなら、何をしていたかは話してもらう」


 玲奈が言った。


「なかったことにはできない。けど、あの男に渡すために連れていくんじゃない」


 男は扉を見た。


 湊は窓から一歩下がり、通路を空けた。


 待つしかなかった。


     *


 男が外へ出てきた時、持っていたのは端末と、残りの紙だけだった。


 凛が紙を受け取る。その束は、思っていたより薄かった。


「何組に渡したか、覚えてる?」

「……数えてない」


 玲奈の口元が引き結ばれた。


 湊は束を見た。減った枚数を数えても、誰がどこへ行ったかは分からない。


「他にも配ってる人は?」

「知らない。本当に。俺は、ここにいろって言われた」


 男は自分の手をこすった。


「ここに来る前は、あの人が配ってた。皆、あの人の方へ行くから、こっちは空けるなって」


 湊は駅の裏へ続く道を見た。


 巨影だけを追っても、ここでは別の人が次の参加者へ紙を渡していた。


 受付の壁には、太い矢印が描かれている。


 湊は男に尋ねた。


「書くもの、ありますか」


 男が窓口へ戻り、太いペンを持ってきた。


 湊は右手で受け取った。余った紙の裏へ、ゆっくり文字を書く。


 この先で参加者を拘束する人物を確認。

 橋の先を確かめず、一人ずつ進まないでください。


 凛が読んだ。


「通行禁止にはしないんだ」

「俺たちが知らない道もあるかもしれない。それに、向こうに仲間がいる人も」

「うん」


 玲奈が受付の中から見つけたテープで、紙を矢印の上へ貼った。


 その隣に、男がもう一枚を貼る。


 こちらは玲奈が書いたものだった。


 頬に長い傷。黒い外套。記憶の受取人を先に渡らせ、返却を止める。


 顔の画像は、受付に残せなかった。誰の端末も置いていくわけにはいかない。


 だから、目印と手口を文字で残した。


 湊はその二枚を撮影した。後で見返せるよう、受付の建物も一緒に収める。


「これで全部止まる?」


 若い男が尋ねた。


「分からない」


 湊は端末を下ろした。


「少なくとも、今ここで次の人に渡すのは止められた」


 玲奈がペンを返した。男は受け取ったそれをしばらく見つめ、窓口の内側へ置いた。


     *


 戻り道で、男は一度だけ立ち止まった。


 駅の裏から、何かを引きずる音が聞こえた。


 凛が手を上げる。全員が壁へ寄った。


 屋根の向こうで、黒い糸の束が立ち上がっていた。人の形を作りかけているが、頭はまだ見えない。


 湊はスマートフォンを握った。


 撮れる。


 そう思った直後、左腕が痛んだ。


 前へ出る理由はなかった。顔も、手口も、もう持っている。


 玲奈が来た道を指した。


 湊は頷き、壁沿いに歩いた。


 凛が最後尾に残り、男がついてくるのを待つ。湊は蓮を呼び、帰ることと、駅裏で黒い影を見たことを伝えた。


 若い男は、受付の方を見た。


「あれ、剥がしたら」

「後から来た人には、分からなくなる」


 湊は答えた。


「だから、ここだけで終わらせない。配ってた紙と、あなたの話を持って帰る」


 男は唇を結び、前を向いた。


 走らずに、角を曲がる。


 次の角でも足を止め、背後を確かめた。人影はなく、追いかけてくる足音もなかった。


     *


 診療所へ戻ると、大地が入口に立っていた。


 若い男を見る。玲奈が短く事情を説明すると、大地は扉の前から横へ退いた。


「入口の部屋で話せ。怪我人のいる奥には入るなよ」


 男は小さく頷いた。


 大地が入口の見張りに事情を伝えた。若い男は戸口に近い椅子へ案内され、玲奈がその隣についた。救い出した二人のいる部屋とは、廊下を隔てている。


 待合室で、灰色のパーカーの男が顔を上げる。


「あんた」


 若い男の足が止まった。


 玲奈が隣に立ったまま言った。


「今から、聞いたことを話してもらう」


 湊は廊下の椅子へ座った。膝から力が抜け、思っていたより大きな音がした。


 湊は処置をしてくれた女を呼び、包帯を見せた。


「歩いたので、もう一度お願いします」


 凛は隣の椅子に座り、回収した紙を膝の上で揃えた。湊の腕へ一度目をやったが、何も言わず、書き込みの違う紙を選り分け始めた。


 待合室から、若い男の声が聞こえる。


 最初の一言が出るまで、長かった。


「俺が、紙を渡しました」


 誰かが椅子を動かす音がした。


 玲奈の声が続く。


「最後まで聞いて。それから確認しよう」


 湊は右手に残った黒いインクを見た。


 風も、衝撃も、使わなかった。


 次の二人が橋へ向かうのを止め、紙を配っていた一人を連れ出した。


 あの男が戻れば、すぐに気づく。紙がなくなり、人がいなくなり、自分の手口が貼り出されている。


 次に何をするかは分からない。


 警告を剥がし、別の誰かに紙を持たせれば、受付はまた使えてしまう。


 湊は凛から一枚を受け取り、手口の分かる部分を撮った。顔だけでなく、これも知らせる必要があった。


 廊下の奥で、蓮の声が聞こえた。


 イヤホン越しではなかった。


「朝倉」


 振り返ると、相馬と蓮が裏口に立っていた。案内してきた革命軍の参加者に、相馬が頭を下げている。


 湊は座ったまま、空いた椅子を右手で示した。


「二人とも、座ってください」


 蓮は椅子のそばまで来て、湊の包帯へ目を落とした。


「また増えた?」

「これはさっきの」

「なら、いいけど」


 蓮は腰を下ろし、イヤホンを片方外した。耳の周りが赤くなっている。


「壮真たちとは、ここからつながる?」

「今は届かない。移動してから、声を拾えてない」


 湊は頷いた。別の街区にいる二人の様子は、こちらから見えない。


「こっちが動く時、もう一度だけ試して。それまでは休んで」


 相馬が壁に背を預けた。歩き続けてきたのか、呼吸が少し乱れていた。


「駅の反対側で、王冠軍が人を集めています」

「避難ですか」


 湊が尋ねる。


「そのようです。ただ、通れる道を絞ると言っていました。黒いものを街区の内側へ入れないために」


 大地が廊下へ顔を出した。


「入口を塞ぐってことか」

「まだ、作業を始めたところでした。こちら側にも人がいると伝えてきましたが」


 相馬はそこで言葉を切った。


 湊は膝の上のスマートフォンを見た。


 敵が人を捕まえるために切った道。


 今度は、人を守るために閉じようとしている。


 診療室では、誰かが咳き込んでいた。自分の足で歩けない人もいる。


 大地が入口の外を見た。


「話、通じる相手なんだろうな」


 相馬はすぐには答えなかった。


 湊は画面を開いた。記録した敵の顔と、貼り出した警告。その二枚を順に見る。


 何から逃げているかは、説明できる。


 誰を通してほしいかも。


「まず、ここに何人いるか確かめましょう」


 今度は、知らないまま決められたくなかった。




ここまでお読みいただき、ありがとうございます。


『MEMORIA WAR ―記憶戦争―』は、“記憶”と“歴史”をテーマにした異能バトル長編です。


少しでも続きが気になった方は、ぜひ次話もお読みいただけるとうれしいです。


『MEMORIA WAR ―記憶戦争―』の漫画版をaimangaで公開しています。

小説とはまた違った形で描かれる、湊たちの物語も楽しんでいただけたら嬉しいです。


漫画版はこちら:

【https://a-i-manga.com/series/T0sv47QH】

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。