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『MEMORIA WAR ―記憶戦争― 信長・武蔵・ジャンヌ――歴史の英雄と名もなき者たち』  作者: 130
第3章 BOND

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第42話 正しい説明に潜む罠

 布を剥がす時が、一番痛かった。


 朝倉湊は右手で椅子の縁を握った。声を飲み込むと、目の前にしゃがんだ女が顔を上げた。


「我慢しても、早く終わらないよ」


 駅から二つの建物を抜けた先に、小さな診療所があった。


 革命軍の参加者が入口を見張り、負傷者を中へ入れている。玲奈が西口で仲間を見つけた時、ここへ運ぶよう教えられていたという。古い診療台には毛布が敷かれ、棚から集めた包帯が机に積まれていた。


 処置をしている女は、現実では看護師だったと名乗った。


 能力で治しているのではない。洗う時も、傷の縁を確かめる時も、触れられれば痛かった。


「指、動かしてみて」


 湊は言われた通りにした。左手の指を曲げると、前腕の傷が引きつった。


「動く。でも痛いです」

「それはそう。しばらく、その腕で物を持たないで」


 女は隣の椅子を見た。


「そっちの人も」


 大地が、吊った右腕を見下ろした。


「まだ何もしてねえぞ」

「今、椅子を動かそうとした」


 大地は左手で椅子を持ち直した。


 湊は笑いかけ、背中に響いて顔をしかめた。破片の当たった場所も、さっき確かめてもらったばかりだった。


「笑うと痛い?」


 黒瀬凛が横から覗いた。


「笑わせないで」

「私、何も言ってない」


 彼女の上着には、脇の縫い目を横切る裂け目があった。中の服がのぞいている。


 湊が見ていることに気づき、凛はそこを手で押さえた。


「こっちは平気」

「本当に?」

「確かめてもらった」


 診療台の方へ顎を向ける。湊はようやく息を吐いた。


 包帯を巻き終えた女が、湊の右手へ水の入った紙コップを渡した。


「血がにじんだら、すぐ言って。動けることと、使っていいことは違うからね」


 言葉が、大地にも届く高さだった。


     *


 救い出した男性は、隣の部屋で横になっていた。首元には赤黒い線が残り、声を出すたびに咳が混じる。女が椅子を引き寄せ、その傍らに座っていた。


 高架から引き上げられた負傷者も、奥の診療台へ移されている。


 全員を運び込んだところで、玲奈が入口から戻ってきた。


「今のところ追ってきてない。見張りは交代で置くって」

「ありがとうございます」


 湊はスマートフォンを膝へ置き、撮った顔を開いた。


 頬の古傷は、耳の下から口元の手前まで走っていた。画像の男は、こちらへ戻ろうとしている。


「見せていいですか」


 ベッド脇の女性に尋ねた。


「ここにいる人に。あの男を知ってる人がいるかもしれません」


 女性は頷きかけたが、すぐには声を出さなかった。


「……何があったかも?」

「話せるところだけでいいです」


 女性は膝の上で両手を組んだ。


「私、最初に疑ったの。橋の向こうに一人で行かせるなんて変だって」


 隣の男性が目を開ける。


「でも、待ってる人がいたから。後ろにも、渡りたい人が並んでて。早くしなきゃって」


 指が白くなるほど、握りしめていた。


「それで、先に行ってって言った」


 男性が身体を起こそうとした。途中で咳き込み、女性が慌てて背中へ手を添える。


「俺も……行けると思った」

「でも」

「俺も決めたんだよ」


 短い言葉の後、男性は息を整えた。


 湊はスマートフォンを裏返した。


 画像を見せて、名前を聞く。それだけのつもりだった。


 誰かに説明してもらうことが、その人にもう一度あそこへ戻ってもらうことになるとは、考えていなかった。


「俺から話します。見たことだけ」


 女性は少しの間、湊の顔を見ていた。


 それから頷いた。


     *


 待合室で画像を見せると、一人の男が椅子から腰を浮かせた。


「こいつ、案内してたぞ」


 入口近くにいた、灰色のパーカーの男だった。


「どこで?」


 玲奈が近づく。


「貨物口。駅の東側に、古い荷物の受付みたいな建物がある。そこで道を聞いた」

「一人だった?」

「若いのがもう一人。紙に矢印を書いて、渡してた」


 湊は顔を上げた。


「紙?」

「ああ。機械よりこっちの方が見やすいだろって。俺たちは橋が混んでたから、別の道にしたけど」


 男は画像へ目を戻した。


「こいつが、何したんだ」


 湊は人質の首に糸が巻かれていたこと、記憶を返させないため端末を奪っていたことを話した。


 聞いていた人々の顔から、先ほどまでの疲れた表情が消えていく。


「じゃあ、戻ってこない連中も……」


 誰かが言った。


 湊は首を振った。


「全部同じ理由かは分かりません。俺たちが見たのは、あの二人です」


 男が画像を指した。


「軍章は?」

「外套で見えませんでした」

「革命軍じゃないのか。あっちで案内してたんだぞ」


 玲奈が口を開きかけた。


 その前に、待合室の奥から声がした。


「私たちを助けてくれたのは、革命軍の人です」


 ベッド脇にいた女性だった。戸口に立ち、片手を扉に添えていた。


「その人がどこの軍かは、知りません。でも、助けてくれた人まで同じだとは思いません」


 待合室が静かになった。


 女性は玲奈を見た後、湊の手元へ目を落とした。


「その写真、貸してください」


 湊は端末を差し出した。


 女性は両手で持ち、顔が皆に見える向きへ回した。


「この人です。この人に、記憶を返してほしければ、別の二人を連れてこいと言われました」


 声が一度、詰まった。


「だから、誰かに呼ばれても……その人だけを責めないで。私も、行かなきゃって思ったから」


 玲奈が女性の隣に立った。


 誰も、すぐには返事をしなかった。


 入口の見張りが、自分の端末を出した。


「顔、撮らせてもらっていいか」


 湊は頷いた。


 男は画面を撮影し、外の交代要員へ見せに行った。もう一人も端末を出す。


 画像が、手から手へ渡っていった。


     *


 湊が廊下へ出ると、蓮から呼びかけがあった。


『朝倉。聞こえる?』

「聞こえる。今、処置が終わった」

『相馬さんが話したいって』


 声が切り替わる。


『こちらから駅へ向かう道は見つかりました。ただ、途中が狭い。合流には少しかかります』

「無理しないでください。こっちは大地さんたちと一緒です」


 湊は貨物口の話を伝えた。相馬は途中で口を挟まず、最後まで聞いた。


『そこへ行くつもりですか』

「俺は、今は走れません」


 答えるまでに、少し時間がかかった。


「でも、調べたいです。顔を知らせるだけじゃ、違う人が同じ案内を続けるかもしれない」


 隣で凛が頷いた。


『なら、先にその紙を探しましょう。現場へ近づかずに分かることがあるかもしれません』


 待合室へ戻ると、玲奈が小さな紙を持っていた。


「捨ててなかったって」


 灰色のパーカーの男が、ポケットを叩いた。


 折り目のついた紙には、四角い建物と、太い矢印が描かれていた。


 上に『西へ』。


 下に、小さく二行。


 受け取った人から先に渡ること。

 渡り終えるまで記憶を返さないこと。


 湊はその文字を見た。


 渡り終えるまで記憶を返さない。それは、壮真たちが渡った時にも必要だった。


 その説明に、一人を先へ行かせる順番が混ぜられている。知っていることが一つ正しいだけで、残りまで正しく見えてしまう。


 凛が紙の端を押さえた。


「この四角、駅?」

「たぶん」


 湊は端末で、先ほど撮った駅の外観を探した。巨影を追って録画していた時、背景に映り込んでいたものだ。


 凛は画像と紙を見比べた。


「矢印の先、私たちがいた裏通りだと思う」


 断定するには、見えていない場所が多い。


 それでも、調べる場所は絞れた。


 湊は紙を灰色のパーカーの男へ返しかけた。


「持っていけよ」


 男は手を出さなかった。


「俺も渡ってたかもしれないんだろ」


 湊は紙を受け取り直した。


「使わせてください」


 外では、見張りが通行人を呼び止めていた。


 顔の画像を見せ、短く説明している。先ほどまで急いでいた二人が足を止め、来た方を振り返った。


 湊はその様子を、廊下の窓から見た。


 今度は、こちらが先に知らせられた。


 だが、紙を配っている誰かには、まだ届いていない。




ここまでお読みいただき、ありがとうございます。


『MEMORIA WAR ―記憶戦争―』は、“記憶”と“歴史”をテーマにした異能バトル長編です。


少しでも続きが気になった方は、ぜひ次話もお読みいただけるとうれしいです。


『MEMORIA WAR ―記憶戦争―』の漫画版をaimangaで公開しています。

小説とはまた違った形で描かれる、湊たちの物語も楽しんでいただけたら嬉しいです。


漫画版はこちら:

【https://a-i-manga.com/series/T0sv47QH】

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