第37話 敵とつながる
《ASAKURA MINATO ⇄ KUROSE RIN》
《PAIR ACCESS PENDING》
朝倉湊は、画面に表示された文字を見つめていた。
「……俺たちもやるか」
隣で黒瀬凛がICカードを握った。
「その前に」
「何?」
「何を預けるか決めてない」
「そこなんだよな」
壮真と真奈は無事に渡り、預けた記憶も戻った。
それを見て、少しだけ安心できた。
だが、自分が同じことをするとなれば、話は別だった。
自分にとって大切な記憶。
そう言われても、湊にはすぐに思いつかなかった。
家族や友人、昔の出来事。
何かはあるはずだった。
ひび割れたスマートフォンには、数え切れないほどの写真や動画が残っている。
それなのに、これだと言えるものが見つからない。
「朝倉」
「ん?」
「また変な顔してる」
「普通の顔」
「普通じゃない」
「黒瀬って俺の顔よく見てるよな」
「見てない」
「今言ったじゃん」
「うるさい」
凛が視線を逸らした。
そのとき、都市全体が大きく揺れた。
「何!?」
光の橋の向こうで、真奈が声を上げた。
渡航を終えた道路に立っていた壮真も振り返る。
ビルや道路、駅。
空中に浮かんでいた街の断片が、一斉に動き始めた。
「街が……」
相馬が見上げた。
分断された街区が、巨大な歯車のように回転している。
《LINKAGE CITY》
《STRUCTURAL RECONFIGURATION》
《UNCONNECTED BLOCKS WILL BE REASSIGNED》
「再配置?」
湊は嫌な予感を覚えた。
白い橋が揺れ、その中央に亀裂が走った。
「壮真!」
真奈が叫んだ。
「走って!」
向こう側の道路も、橋との接続部分から崩れ始めていた。
二人は縁から離れ、街区の奥へ駆けた。
直後、白い橋が消えた。
壮真と真奈のいる街区が、横へ動き出す。
「おい!」
大地が叫んだ。
街区は数十メートル、さらに百メートル近くまで遠ざかっていった。
蓮がイヤホンを押さえた。
「通信は!」
ノイズが走る。
――《ECHO》。
『聞こえる!』
壮真の声が返ってきた。
『こっちは大丈夫!』
「離れた!」
『見れば分かる!』
まだ、声はつながっていた。
そのとき、湊の端末に新しい表示が現れた。
《PAIR DISPERSION PHASE》
《CROSS-FACTION CONNECTIONS ENABLED》
「クロスファクション」
凛が読んだ。
「他の軍とも組めってことか」
大地の端末が震えた。
《KIRYU DAICHI ⇄ SEGAWA REINA》
《PAIR DISTANCE:184m》
「百八十四!?」
大地が顔を上げた。
遠くの別の街区で、瀬川玲奈がこちらへ手を振っていた。
蓮が通信をつなぐ。
『大きい人!』
「桐生だ!」
『今覚えた!』
「遅え!」
『そっち来れる!?』
「道がねえ!」
二つの街区の間には、何もなかった。
その空白を、何かが飛び越えた。
BROKEN LINKだった。
一体、二体と、壁面へ取りついて移動している。
「敵は行けるのかよ!」
大地が拳を握った。
玲奈のいる街区にも、異形が迫っていた。
『こっち三体!』
「そっちの仲間は!」
『二人いる! でも一人負傷してる!』
大地が湊を見た。
「行く」
「どうやって」
「知らん」
「そこ大事!」
「道ならある」
別の方向から声がした。
全員が振り向いた。
隣のビルの屋上に、砕けた鎖の軍章が見えた。
ハリエット・タブマンだった。
その後ろには坂本龍馬が立っていた。
「龍馬さん!」
湊は思わず声を上げた。
龍馬が手を振る。
「また会うたのう!」
「どうやってそっちに!」
「気づいたらここじゃ!」
「説明になってない!」
ハリエットは街区の間を見ていた。
頭上に星のような淡い光が灯る。
――《NORTH STAR》。
何もないように見える空間へ、一本の細い経路が示された。
「完全な道じゃない」
ハリエットが言った。
「でも観測の薄い場所はある」
「渡れる?」
大地が聞いた。
「一人では無理」
端末に説明が現れた。
《CROSSING REQUIRES ACTIVE LINK》
「結局リンクかよ」
『早くして!』
玲奈の声が飛んだ。
その向こうで、BROKEN LINKが仲間の一人を吹き飛ばした。
「大地さん! 記憶!」
「分かってる!」
大地が端末を握った。
《PAIR CONFIRMATION》
《KIRYU DAICHI》
《SEGAWA REINA》
《BOTH PARTICIPANTS MUST CONSENT》
蓮が通信へ呼びかけた。
「玲奈さん、確認出てる?」
『出てる!』
「記憶を一つ預けないと正式リンクできない!」
『さっき説明出た!』
「何預ける!」
大地が聞いた。
玲奈は数秒、答えなかった。
戦いながら、選んでいる。
『私からでいい!』
「何を!」
『高校の卒業式!』
「そんな大事なのか!?」
『今聞く!?』
「大事な記憶じゃないと駄目なんだろ!」
『大事よ!』
一体の異形が玲奈へ迫った。
それをかわしながら、玲奈が叫んだ。
『親友と最後に写真撮った日!』
大地が一瞬黙った。
その言葉の重さが、ようやく伝わった。
「分かった!」
玲奈が端末を押した。
《CONSENT:SEGAWA REINA》
大地も同意した。
《CONSENT:KIRYU DAICHI》
《MEMORY DEPOSIT READY》
『桐生さん』
玲奈の声が震えていた。
「何だ」
『絶対死なないでよ』
「そっちもな」
『私の記憶持ったまま死んだら許さないから』
「死んだら怒られても分からんだろ」
『そういうこと言わない!』
「悪い」
玲奈が《YES》を押した。
光が走り、大地が目を見開いた。
目の前に、春の学校が広がった。
校門の前に、制服姿の少女たちがいる。
泣きながら笑っていた。
『玲奈! 撮るよ!』
『待って、顔ぐちゃぐちゃ!』
『今さら!』
シャッターの音がした。
桜が風に揺れ、友人の笑顔が見えた。
『離れても忘れないから!』
そこで記憶が途切れた。
大地は現実へ戻った。
遠くで玲奈が少しよろけている。
『……あれ』
「玲奈!」
『何で私、卒業証書持ってる写真だけ残ってるんだっけ』
大地は息を詰めた。
「預かった」
『え?』
「俺が覚えてる」
玲奈が黙った。
大地は拳を握った。
「だから来い。取り返しに」
《FORMAL MEMORY LINK ESTABLISHED》
《KIRYU DAICHI ⇄ SEGAWA REINA》
白い光が、街区を越えて二人を結んだ。
ハリエットがすぐに経路を示した。
「今」
《NORTH STAR》の細い線が、空白の向こうへ続いている。
「行ってくる!」
「一人で?」
湊が聞いた。
「ペアは向こうにいる!」
大地が走り出した。
ハリエットの示す経路に、玲奈とつながる正式リンクの光が重なる。
一歩、二歩。
何もなかった場所に、大地が踏み込める足場が生まれた。
「本当に行った……」
湊が呟いた。
大地は街区の間を走った。
途中、BROKEN LINKが壁を蹴り、進路へ飛び込んできた。
「邪魔だ!」
――《ANCHOR》。
大地は足場の上で踏ん張り、異形の胸へ拳を叩き込んだ。
黒い糸が伸び、崩れかけた左右の身体をつなぎ直す。
単独の攻撃では倒せない。
それでも、進路から押しのけることはできた。
『右!』
玲奈の声がした。
大地は異形の腕をかわし、その脇を抜けた。
最後の数歩を走り切り、玲奈のいる街区へ降り立つ。
だが、異形もすぐに追ってきた。
道路へ着地したBROKEN LINKを挟み、大地と玲奈が向かい合った。
玲奈は鉄パイプを拾っていた。
「胸!」
玲奈が叫んだ。
大地が正面から拳を打ち込む。
同時に、玲奈が反対側から鉄パイプを振り下ろした。
二つの攻撃が、同じ異形の胸をつなぐ糸へ届いた。
白い光が二人の間を走る。
《LINKED DAMAGE DETECTED》
「離れててもいいのか!」
互いの手が届くほど近づかなくても、正式リンクは保たれていた。
「つながってればね!」
二撃、三撃。
二人が糸の動きに合わせて攻撃を重ねると、黒い束が切れた。
《BROKEN LINK:DISCONNECTED》
左右の身体が道路へ落ちた。
「遅い!」
玲奈が大地へ言った。
「百八十四メートル走ってきたんだぞ!」
「なら百八十秒以内!」
「基準おかしいだろ!」
二人は負傷した革命軍の参加者を後ろへ逃がし、残る異形に向き直った。
ハリエットが遠くから、次の安全な経路を示している。
玲奈の記憶は、まだ大地に預けられたままだった。
返すためにも、二人とも生きてこの場を抜けなければならない。
湊は、その様子を見ていた。
「軍が違っても」
「成立しましたね」
相馬が続けた。
「むしろ」
凛は、大地と玲奈を見ていた。
「軍が違う方が、この領域では重要なのかも」
「何で?」
「BOND。同じ考えの人間同士をつなぐだけなら、簡単だから」
湊が答えようとしたとき、街がまた揺れた。
今度は、さらに大きかった。
遠くの巨大な建物が割れ、二つの街区がぶつかるように接続した。
屋上にいた龍馬たちのビルも、その回転に巻き込まれた。
建物の側面が革命軍のいる道路へ寄り、途中で切れていた外階段が街区につながる。
龍馬は接続を確かめ、屋上から階段を駆け下りていった。
「まずい」
蓮がイヤホンを押さえた。
大量の声がノイズに交じっている。
「人数多い!」
湊は接続した街区を見た。
片方には王冠軍が十数人。
もう片方には、同じくらいの革命軍がいた。
再配置によって、両軍の距離が一気に縮まっていた。
WARは終わった。
だが、敵だったことまで消えたわけではない。
参加者たちが武器を構える。
「王冠軍!」
革命軍の一人が叫んだ。
「革命軍か」
王冠軍が剣を抜いた。
その中から、一人の男が前へ出た。
黒と金。
織田信長だった。
「信長……」
湊が呟いた。
反対側では革命軍の人波が割れ、階段を下りてきた坂本龍馬が前へ進んだ。
先ほどまで笑っていた顔が、今は違って見えた。
「これはまた」
龍馬が銃へ手をかけた。
「面倒な相手と会うたのう」
信長の口元が上がった。
「面倒? 貴様がか」
刀を抜く。
湊は嫌な予感を覚えた。
「待って!」
距離があり、声は届かなかった。
両軍の空気が張り詰める。
その瞬間、全参加者の端末が震えた。
《FORCED CROSS-FACTION CONNECTION EVENT》
《LOCAL BLOCK COLLAPSE IN:300 SECONDS》
五分。
数字が減り始めた。
「崩壊?」
相馬が画面を読んだ。
《ESCAPE CONDITION》
《TWO HOSTILE FACTIONS MUST ESTABLISH MEMORY LINK》
湊は目を見開いた。
「敵同士で」
「記憶を預けろってこと?」
凛が続けた。
さらに表示が現れた。
《PRIMARY PAIR SELECTED》
王冠軍と革命軍の端末が、一斉に光った。
そこへ、二つの名前が浮かぶ。
《ODA NOBUNAGA》
《SAKAMOTO RYOMA》
数秒、誰も動かなかった。
龍馬が画面を見た。
信長も画面を見た。
そして二人が同時に顔を上げ、目を合わせた。
龍馬が笑った。
「よりによって」
信長は刀を肩へ担いだ。
「気が合うではないか」
「どこがじゃ」
「俺もそう思っていたところだ」
残り、四分四十二秒。
《MEMORY LINK REQUIRED》
龍馬が銃を抜いた。
「その前に」
「ああ」
信長が刀を構える。
二人が同時に前へ出た。
「どっちが相手を信用できんか」
「確かめるか」
「いや、そこ戦うところ!?」
湊が叫んだ。
次の瞬間、銃声と斬撃が同時に炸裂した。
ここまでお読みいただき、ありがとうございます。
『MEMORIA WAR ―記憶戦争―』は、“記憶”と“歴史”をテーマにした異能バトル長編です。
少しでも続きが気になった方は、ぜひ次話もお読みいただけるとうれしいです。
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小説とはまた違った形で描かれる、湊たちの物語も楽しんでいただけたら嬉しいです。
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