第34話 連環都市
第34話「連環都市」
《BROKEN LINK》
《DANGER:B》
切断された道路の向こうから、三体の異形が走ってくる。
「来る!」
黒瀬凛の声に、朝倉湊はスマートフォンを構えた。
近づいてくる姿は、人間に似ていた。だが、右半身と左半身が大きくずれている。本来なら一つだったはずの身体が途中で裂け、その隙間を無数の黒い糸がつないでいた。
腕も、脚も、首も、正しい位置に収まっていない。
走るたびに左右の身体が別々の動きをし、そのたびに糸が引きつれていた。
「気持ち悪っ……」
壮真が顔をしかめる。
「感想言ってる場合じゃない!」
真奈が言い返した直後、一体目が跳んだ。
速い。
大地が仲間たちの前へ出て、両足を踏ん張った。
「来い!」
――《ANCHOR》。
身体をその場へ固定した大地に、異形が腕を振るった。途中で黒い糸が伸び、腕だけが身体から離れるようにして大地の横へ回り込む。
「何だそれ!」
大地は横から来た腕を受け止めた。衝撃で足元の舗装にひびが入ったが、その身体は動かなかった。
「重くはねえ!」
受け止めた腕を、そのまま掴む。
「だったら!」
大地の手から淡い光が走った。掴まれた異形の腕が、一瞬だけ止まる。
「今!」
湊は動画を開いた。
WAR領域で撮影した、BELLUMとの戦闘記録。瓦礫が崩れ、石材が地面へ落下する瞬間が映っている。
これなら使える。
「《REPLAY》!」
再現したのは爆発ではない。崩れ落ちた石材が地面を叩いた、その衝撃だった。
鈍い音とともに異形の胸が潰れ、その身体が後方へ吹き飛ぶ。
だが、湊はスマートフォンを下ろせなかった。
「効いてない?」
地面を転がった異形は、右半身を潰されたまま、左半身だけで立ち上がろうとしていた。黒い糸が張り、壊れた右半身を引き寄せる。
ずれていた身体が、再びつながった。
「再生した?」
凛が呟く。
「違う」
蓮が耳を押さえた。古いイヤホンに指を添え、異形を見つめる。
「戻したんじゃない。つなぎ直した」
言われてみれば、傷は消えていなかった。潰れた部分を残したまま、それでも異形は動いている。
確かめる間もなく、別の一体が凛へ向かった。
「黒瀬!」
湊が走り出す。
凛はICカードを握りしめ、足元へ白い線を伸ばした。
「《ROUTE》!」
線は、先ほど自分が通った路地へ続いていた。凛の身体が、その経路を滑るように移動する。
異形が後を追った。
その途中で、白い線が途切れた。
「え?」
凛の表情が変わる。
数メートル先で、路地そのものが切断されていた。その先にあるはずの地面がなく、建物の壁も途中から消えている。
《ROUTE》の白い線は切断面まで伸び、そこで止まっていた。
「道が続かない!」
凛が急停止する。背後では、異形が腕を振り上げていた。
「《REPLAY》!」
湊が過去の動画から強風を再現した。横から吹きつけた風に異形が流され、その隙に凛が引き返してくる。
「助かった」
「礼は後!」
三体目は、壮真を狙っていた。
「俺か!」
壮真が腕時計に触れる。異形の腕をつなぐ糸が伸び、拳が数メートル先から迫った。
「BACK SECOND!」
カチ、と秒針が鳴る。
拳の動きが一秒分戻った。
壮真は横へ一歩ずれる。直後、同じ軌道を通った拳が、その脇を突き抜けた。
「一秒でも十分!」
笑った壮真の前で、異形は動きを止めなかった。伸ばした腕を戻すより先に、逆の腕を振るう。
「うそ」
避けきれない。
「壮真!」
真奈が横から壮真を突き飛ばした。二人はもつれるように地面を転がり、そのすぐ脇を異形の爪が通り過ぎる。舗装が裂け、破片が跳ねた。
「痛っ」
「傷あるの忘れてるでしょ!」
「今思い出した!」
「遅い!」
相馬が周囲を見回した。
「まとまってください!」
全員が一か所へ集まる。三体のBROKEN LINKは、右、左、正面へと分かれ、湊たちを囲んだ。
「普通に殴っても戻る」
大地が異形を睨む。
「切れてもつながる」
湊もスマートフォンを構え直した。
蓮は耳を押さえたまま、眉を寄せていた。
「なんか聞こえる」
「何?」
「声じゃない」
蓮は目を閉じた。
高い音と低い音が、交互に重なって聞こえているらしい。
「二つ。一体から、二つ音がする」
「二人分?」
「分からない。でも」
蓮が異形の胸を指さした。裂けた身体を結ぶ黒い糸が、そこに集中している。
「左右で、別々の音」
「じゃあ、つないでる糸を切れば?」
凛の言葉に、大地が頷いた。
「やってみる」
正面から来た異形を、大地が受け止める。
湊は横へ回り、スマートフォンから光を再現した。異形の顔が白い光に包まれる。
「今!」
凛が走った。
ICカードはある。だが、糸を切る武器はない。
足元に落ちていた金属片を拾い、その縁を黒い糸へ振りつけた。
一つ、二つ、三つ。
糸が切れ、異形の右半身が地面へ落ちる。
「やった!」
壮真が声を上げた。
だが、切れたはずの黒い糸が、再び左右の身体を結んだ。
再接続。
「駄目か!」
その瞬間、湊と凛の端末が同時に震えた。
《MEMORY LINK TARGET DETECTED》
《ASAKURA MINATO》
《KUROSE RIN》
《PAIRING CANDIDATE》
先ほどと同じ表示だった。
「今それ?」
湊が画面を見ると、その下へ新しい文字が現れた。
《BROKEN LINK》
《SINGLE-SOURCE DAMAGE:INVALID》
「単独攻撃……無効?」
凛も自分の端末を見ていた。
《LINKED DAMAGE REQUIRED》
「リンクした攻撃じゃないと倒せない?」
「どうやって」
「知らない」
「PAIRINGって出てる」
「見れば分かる」
「いや、その先」
異形が動いた。
「後!」
凛が湊の腕を掴んで走り出す。
端末が短く鳴った。
《PAIR DISTANCE:1.2m》
《CONNECTION STABLE》
「近いといいの?」
「知らない!」
背後から振るわれた爪を避け、凛が《ROUTE》を使った。白い線が右へ伸びる。
腕を掴まれたままの湊も、その線へ足を踏み入れた。
今までは、凛だけが使っていた道だった。
湊の足が触れた瞬間、線の光が強くなる。
「え?」
凛が振り向いた。
湊の身体は引っ張られるようにして、凛と同じ経路を進んでいた。
「俺も乗れた!」
「私、許可してない!」
「今そこ!?」
「私の能力なんだから!」
異形が二人を追ってくる。
端末には、さらに表示が増えていた。
《TEMPORARY LINK DETECTED》
《CONDITIONS INSUFFICIENT》
「足りないって!」
「何が!」
「知らない!」
前方で、白い道が切れた。道路そのものがなくなっている。
「止まって!」
凛が急停止した。
湊は勢いを殺しきれず、凛の肩を掴む。二人は道路の縁ぎりぎりで踏みとどまった。
足元の先には暗い空間が広がり、底は見えなかった。
「……落ちたら?」
「試す?」
「やめとく」
数十メートル先には、同じ道路の続きが浮いていた。
そこまでの間には、何もない。
背後からはBROKEN LINKが迫っている。
「最悪」
凛の声を聞きながら、湊は画面を見た。
《CONNECTION REQUIRED》
《ONE MEMORY CANNOT CROSS ALONE》
領域へ入ったときから、表示されていた言葉だった。
「一人じゃ渡れない」
「だから二人?」
「たぶん」
「またたぶん?」
「説明書ないんだから仕方ないだろ」
異形との距離は、あと十メートルほどだった。大地たちは遠い。
「朝倉!」
大地が叫んだ。
「戻れ!」
「戻れない!」
BROKEN LINKが、戻る道を塞いでいた。
凛がICカードを構える。
「戦う」
「単独攻撃は無効」
「なら二人でやる」
「どうやって?」
「考えて」
「俺?」
「スマホ担当でしょ」
「そういう役職じゃない!」
異形が近づいてくる。
湊は動画を探した。
二人で、同時に使える何か。
記録を送る指が、WAR領域の最後に撮影された動画で止まった。
六十秒。
誰も戦わなかった、あの時間だ。
撮影は、無意識のうちに続いていたらしい。
画面の中で、人々が武器を下ろしている。その端に、隣にいた凛の手が映っていた。
自分の手と、触れ合っている。
「……」
「何」
凛が画面を見た。
その顔が、わずかに変わる。
「これ」
「いや」
「撮ってたの?」
「勝手に回ってた」
「消して」
「今!?」
「あとで」
「分かった」
異形は、もう五メートル先まで来ていた。
湊は動画を選びかけ、指を止める。
《REPLAY》で人は再現できない。凛も、自分の手も再現できない。
では、あのとき起きていたことは。
戦場にいた者たちが、六十秒間、攻撃をやめていた。
敵対行動の停止。
違う。
それは、衝撃や風のように取り出せる物理現象ではない。
「朝倉!」
凛の声に顔を上げる。
「ごめん、無理!」
「早く言って!」
BROKEN LINKが跳んだ。
二人は左右へ分かれて避ける。異形がその間へ着地し、湊と凛を隔てた。
湊の画面に警告が走る。
《PAIR DISTANCE:3.8m》
《CONNECTION UNSTABLE》
「あ」
異形の胸で、黒い糸が急に太くなった。
「離れたから?」
凛が湊を見る。
「近づけ!」
二人は同時に走った。
間にいる異形が腕を振るう。湊はしゃがんでその下を抜け、凛は跳んでかわした。
すれ違いざま、二人の肩が触れた。
《CONNECTION STABLE》
黒い糸が、一瞬だけ薄くなる。
「今!」
遠くから蓮が叫んだ。
「何が!」
「音が一つになった!」
湊は異形を見た。
左右で別々に動いていた身体が、今だけ同じ動きをしていた。
「凛!」
「分かってる!」
凛が金属片を握り直す。
湊は、さっき使った崩落の動画を開いた。
「合わせる!」
凛が黒い糸へ金属片を振りつける。
その瞬間に、湊は再生を押した。
「《REPLAY》!」
金属片が糸を切り、同じ場所へ再現された衝撃が重なる。
黒い糸が弾けた。
異形の右半身と左半身が離れ、地面へ落ちる。
今度は、つながらなかった。
「……止まった?」
凛が金属片を構えたまま尋ねる。
左右に分かれた身体から、黒い糸は出てこなかった。
《LINKED DAMAGE:ACCEPTED》
《BROKEN LINK 01:DISCONNECTED》
「倒した!」
湊が声を上げる。
だが、画面の表示はそこで終わらなかった。
《TEMPORARY LINK SUCCESS》
《MEMORY LINK:NOT ESTABLISHED》
「まだ違う?」
「今のは仮ってことか」
二人の前で、切断された道路の縁から白い光が伸びた。
光は数十メートル先の道路へ届き、細い橋の形になる。
「道が」
凛が橋を見つめる。
湊が足を出しかけると、端末が警告を発した。
《CROSSING LOCKED》
《FORMAL MEMORY LINK REQUIRED》
「正式なリンク?」
「まだ何かある」
「話は後だ!」
背後から大地の声がした。
振り返ると、大地たちが残る二体を抑えていた。
「こっちまだ二匹いる!」
壮真も叫ぶ。
湊と凛は、仲間たちのもとへ走り出した。今度は、離れすぎないように並んで進む。
「一・二メートル」
凛が言った。
「何?」
「さっき安定って出た距離」
「覚えてたの?」
「あなたよりは」
「それ褒めてないよね」
「うん」
大地は一体の腕を掴み、動きを止めていた。
「朝倉!」
「二人で攻撃してください!」
「誰と!」
湊は周囲を見た。
真奈と壮真。相馬と蓮。そして大地。
誰とでもいいのか。
それとも、組み合わせに条件があるのか。
答えを探すように、全員の端末が次々と震えた。
《PAIRING CANDIDATES CALCULATING》
《MEMORY COMPATIBILITY SCAN》
「嫌な単語出てきた」
壮真が画面を一瞥する。
「MEMORYって書いてある」
真奈も表示を確かめていた。
相馬は自分の端末を静かに見つめた。
「この領域は」
「何です?」
湊が尋ねる。
「戦わせるだけではなさそうですね」
BROKEN LINKが腕を振るった。
大地がそれを受け止める。
「考察は倒してから!」
「そうですね」
相馬が苦笑したとき、全員の端末に候補が表示された。
《PAIRING CANDIDATES》
《ASAKURA MINATO ⇄ KUROSE RIN》
《MAKINO SOMA ⇄ SAEKI MANA》
《SOMA GENICHIRO ⇄ TAKASE REN》
最後の一組だけ、相手の名前がなかった。
《KIRYU DAICHI ⇄ ––––》
「俺だけいねえんだけど!」
「嫌われてる?」
壮真が言う。
「殴るぞ!」
「敵を殴って!」
「今それどころじゃない!」
真奈の声とともに、大地が押さえていた異形のもう片方の腕が伸びた。
狙いは、湊たちだった。
「黒瀬!」
「離れないで!」
凛が湊のすぐ隣で金属片を構える。
湊は画面を確かめた。
《CONNECTION STABLE》
《TEMPORARY LINK ACTIVE》
仮のリンクでも、攻撃は通った。
なら、さっきと同じことをすればいい。
「大地、そのまま!」
「早くしろ!」
大地が異形の腕を掴んだまま、自分の身体を固定する。
異形の左右の動きがずれ、胸をつなぐ糸が張った。
湊と凛は並んで踏み込んだ。
「胸の糸!」
「見えてる!」
凛が金属片を振り下ろす。
湊も同じ糸を狙い、崩落の衝撃を再現した。
「《REPLAY》!」
金属片が食い込んだ場所へ、衝撃が重なる。
黒い糸が弾け、大地の手に残った腕が力を失った。
《LINKED DAMAGE:ACCEPTED》
《BROKEN LINK 02:DISCONNECTED》
左右の身体が地面へ落ちる。
糸は戻らなかった。
「あと一体!」
湊が振り向くと、最後の異形がこちらへ腕を伸ばしていた。
「右!」
凛が湊の袖を掴む。
二人は同じ方向へ避けた。すぐ横を爪が通り過ぎる。
離れない。
湊は凛の肩越しに、異形の胸を見た。黒い糸は、まだ左右の身体をつないでいる。
「もう一回!」
凛が頷いた。
伸びた腕が戻る前に、二人は異形の懐へ踏み込む。
凛の金属片と、湊が再現した衝撃。
同じ場所へ、同時に叩き込む。
黒い糸が切れた。
《LINKED DAMAGE:ACCEPTED》
《BROKEN LINK 03:DISCONNECTED》
最後の一体が崩れ落ちた。
湊はスマートフォンを構えたまま待った。
一秒。
二秒。
黒い糸は伸びてこない。
三体とも、再接続しなかった。
「……今度こそ、全部?」
壮真が倒れた異形を見回す。
蓮はイヤホンへ指を添えた。
「さっきの音は、止まった」
大地が息を吐く。
「やっと話ができるな」
湊は凛を見た。凛も、こちらを見ていた。
二人で攻撃すれば倒せる。
けれど、それだけでは橋を渡れない。
端末に、次の説明が現れた。
《PAIRING IS NOT MEMORY LINK》
《FORMAL CONNECTION REQUIRES MEMORY DEPOSIT》
「MEMORY……DEPOSIT?」
湊が読み上げる。
「預ける?」
凛が眉を寄せた。
画面の最後の一行が、日本語へ自動変換される。
《あなたの大切な記憶を、一つ、相手へ預けてください》
誰も、すぐには口を開かなかった。
壮真の顔から笑みが消えていた。真奈は自分のノートへ目を落とす。
相馬が目を細め、蓮はイヤホンに触れた。
凛はICカードを握りしめている。
湊も、ひび割れたスマートフォンを見た。
大切な記憶を、一つ。
何を預けるのか。
誰に預けるのか。
考えようとしたところで、それより恐ろしい疑問が浮かんだ。
もし、預けた記憶が戻ってこなかったら。
スマートフォンに、新しい表示が現れる。
《MEMORY LINK TUTORIAL》
《NEXT PHASE》
切断された都市の向こうで、無数の光が点いた。
道路にも、駅にも、ビルにも、橋にも。
誰かと誰かをつなぐように、白い線が走り始めた。




